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11.ホリデー モード      

   
         
(22)

  

 少女は、ルニ=ルニーニ・アリエッタ・ファイラン「W世」だと名乗った。

「ここに居るのはみんなお母様とお父様とおにーさまのお友達の方? じゃぁ、ルニを「ルニ」って呼んでもいい事にする。

 ルニにおにーさまが居るって知ったのは十歳のお誕生日で、ルニ、プレゼントは何がいい? ってお父様が訊くから、おとうとが欲しいって言ったの。そしたらお父様とお母様がすごく笑って、残念だけどルニにはもうおにさーまが居るからおとうとはダメだよって言った。欲張っちゃダメなんだって。

 ルニ、ホントはすぐ泣いたりルニのお母様をひとり占めしたりするおとうとより、ルニに優しくしてくれるおにーさまの方が良かったからすっごく嬉しかったんだけど、でも、お母様もお父様もちっともおにーさまには会わせてくれなくって、ルニが怒って何日も口きいてあげなかったら、会うのはまだだけどっておにーさまの写真を見せてくれたのね? そしたらそこにびっくりするくらいキレイな人が写ってて、それでルニ、やっと、おにーさまが今ファイランで一番偉い「陛下」なんだって判ったの」

 キャレとアイシアスの間に座ってピーチエードのグラスを両手で包んだルニが、ひとりうきうきと話し続けるのを、誰もが唖然と見守る。さすがのミナミもこの勢いに、なのか、それともこの展開に、なのか着いて行けず、突っ込み放題というチャンスをわざとのように見逃しまくっていた。

 キャレの説明によると、ルニは今年で十三歳になるのだそうだ。イルシュが十四歳になると思うと、少女はいささかよりもはなはだしく子供っぽい感じがする。

「…いろいろ思い当たる連中もいると思うが、ルニはそういう…「お前たち」とは違う意味で「貴族」というものから隔離されて育ったからな。普通の友達が居て、普通に学校へ行き、普通に中等科に上がるはずだったんだが、少々事態が変わってしまった。

 おかげで、きちんと躾る前におにーさまに引き合わせるハメになったな」

 と、そこだけは母親みたいな顔で優しげに言う、キャレ。

 誰も彼も茫然自失。

 言葉も出ない。

 下手をすると、頭も働いていない…のかもしれない。

 普通に育った少女…。

 ふとミナミが、ぽかんとしているイルシュやアン、それから、気合でふかふかと微笑んでいるマーリィに視線を馳せる。例えばひとつしか違わないイルシュでさえ、時折子供っぽい事を言ったりやったりするが、こんなに曇りも屈託もない笑顔で楽しそうに自分の話をする姿は見た事がない。

 隔離されて幻の文字列に浮かされ、訓練に明け暮れていた少年。

 兄弟の中で唯一「魔導師」だったために、兄達と折り合いが悪かったらしい少年。

 家族からもないもののように扱われていた、真白い少女。

 それから。

 翳ったダークブルーの双眸から視線が注がれていると気付いて、ハルヴァイトが傍らのミナミに顔を向け、小首を傾げる。それに無言で首を横に振ったミナミは、その…複雑な心境を映し込んだ瞳を、壁際のソファに座ったまま渋い顔をしているギイルに向けた。

       

「おれが始めてガリューを見た時、あいつぁ十三か十四だったと思うのよね」

         

 普通に育てば、同じではないにせよこういう風に屈託なく笑えるものなのだろう、子供というのは。

 ハルヴァイトは、憎み切って、疲れ果てて、何もなく、空っぽだったが…。

「もしかしてさ、微妙に気まずい雰囲気なのかな?」

 ここまで来ても軽薄なにやにや笑いを引っ込めようとしないアイシアスがウォルに問いかけると、それまで呼吸さえ忘れていた「おにーさま」が、やっと、ようやく、仕方なく、口を開いた。

「気まずいとか気まずくないとかじゃないだろう! 訳が判らないんだ、このバカ親父!」

「ウル、父親に向かってなんて口の利き方をするんだ」

 で、おにーさまはまたおかーさまに額をひっぱたかれた。

「お願いです、母上…。ここにいる全ての者がいつもと同じに振る舞える程度に、このコのことを説明してくださいませんか…」

 殆ど溜め息みたいなウォルの懇願にキャレがさも愉快そうに声を立てて笑うと、ぴかん! と人差し指を顔の前に立てたルニが、わざと怒ったような顔でウォルを睨んだ。

「ルニだよ、おにーさま」

「……はい」

 それでもまだ何か納得いかないらしいウォルが困った顔をルニから背け、アイシアスとキャレが盛大に吹き出した。

「いや、笑ってる場合じゃねぇだろ、そこ」

 ようやく理解力の復旧したミナミが小声で突っ込み、室内の緊張した空気が微かに和らいだ。アイシアスもさっき言っていたではないか、ミナミには、是非「突っ込んでくれ」と。

 そういう役目?

「ルニが産まれたのはお前が十六になってすぐだ。国王としての英才教育真っ最中のお前とはその頃が一番顔を合わせていなかったし…………」

 なぜかそこで、キャレは口篭もった。この強烈な物言いの母にあるまじき反応だ、と周囲は思ったが、ファイラン家の男たちにだけはその理由がすぐに判った。

「…どんな無茶苦茶言ってもアチェは君の母親だよ、ウルくん。

 判るだろう?

 国王になるために必死で勉強して、必死でいろんな事を覚えようとして、本当に…「ひとり」でこのファイランを支えようって躍起になってる君に、アチェはね、「言えなかった」んだよ。

 女の子が生まれた、って」

「…言わなかった、じゃねぇんだ」

 ミナミが、…さっきからずっとキャレに見つめられていたミナミが、呟く。

「そうだよ、アイリー。

 本来ならルニが産まれた時点で、ウルくんは「ファイランW世」の称号を剥奪されるはずだったんだから」

 その素っ気無いアイシアスの返答に、しかし、室内は無言の騒然に包まれる。

 つまりルニが産まれたところで、ウォルには…王位継承権がなくなった、という意味なのだ。

 室内の当惑した…更に、か? …雰囲気を読み取ってなのか、短い溜め息とともに呟く、ウォル。

「…………驚く事はないよ。

 表向きファイランの頂点に立っているのは歴代の「王」であったし、政治的な実権も「王」にあった。けど、実質ファイラン王家は…………女系なんだ」

 淡々と告白するウォルに集まる視線。

 しかしまだ、キャレはミナミを見つめている。

「王位の継承は「女子に限る」ってのが慣わしなの、ウチはね。しかも、まるで判を押したように何代も第一子は女の子と決まってたから、正直、僕が産まれたとき当時の貴族院は悲鳴を上げて頭を抱えただろうしね」

 そう、女王陛下でなければならない理由が、この都市には、あるのだ。

「無理を通した手前、ウルに王位をやらない訳には行かなかったしな。…ミラキ」

「何か」

 なんとか平静を保って答えたドレイクにミナミから外した視線を流し、キャレがちょっと意地の悪い笑いを口元に浮かべる。

「ウルの身体にある臨界占有率表示(プライマリ・テスト・パターン)は何行だ」

「……………………九行ですが?」

 かなり引きつった表情で答えたドレイクににやにや笑いを突き付け、キャレが「ほう」と肩を竦める。

「わたしでさえ忘れている息子の「秘密」だというのに、よくご存知だな。まるで「見て来たように」言う」

 痛烈なキャレの言い回しに、ドレイクが笑顔のまま言葉に詰まった。

「今更じゃねぇ? ミラキ卿…。朝帰りでウチ訪ねて来て食事するくせに、なんでそこで恥らってみるよ」

「俺のどのへんが恥らってるように見えるってんだよ、ミナミ…」

「じゃぁ、あれですね。朝帰りしたところで相手の両親に見つかったような顔」

「つか、それまんまだろ…」

 ああ、そうか。と…相変わらず緊張感なくハルヴァイトが笑う。

「とまぁミラキをいじめるのはこれくらいにしよう、大の男が恥らっても面白くないしな」

「…その大の男いじめんなよ……」

 既にこちらは口を挟む余裕もないウォルはアリスの隣りに収まり、小さくなったきりで俯いてしまい、全くもって戦力になってくれそうにない。

「九行だ。臨界に九行分の領土を持っている。つまりウルは「電脳魔導師」であり、しかし、電脳魔導師ではこのファイランを「浮かし続ける」事は出来ても、「持ち上げる」のには限界がある」

 それは…。

「はっきり言うか? ウル。…お前は、無駄にアイリーを人前に晒した。

 お前だって薄々感付いていたはずだ。ウインの隠匿していた「施設」を解体してファイラン自体の重量を軽減しても、お前では、この都市を「奇跡的に十七メートル持ち上げられたとして、所詮、十七メートルが限界」だ」

 キャレの容赦ない宣告に、ウォルは「そうですか」とだけ、静かに…落胆の欠片さえ見せずに答える。

「薄々感付いていた、というより、その可能性は十分に考えられたけれど、僕は卑怯にもそれをアイリーに教えなかっただけ。

 それの何が悪い?

 僕は王で、父上と母上は姿を消したきりで、都市は毎年下がっている。それで、もしも今の回遊航路から外れたら、それこそ………」

 そこで一度言葉を切ったウォルが、ふとルニに視線を向けた。きょとんと見上げて来る黒くて大きな瞳に微笑みかけ、その華やかな笑顔に少女が頬を紅潮させると、陛下は…今度こそ落胆の声音でこう呟いた。

「…ルニなら、せめて今の航路に都市を戻す事が出来るだろうね。でも、僕には出来ないよ。無理なんだ。

 だからそもそも、十七メートル上空の航路にファイランを戻すなんて、本当に夢みたいな話だったんだよ…」

 伏せられた長い睫を見つめていたドレイクは、思う。だからウォルは、ミナミと「友達」でいたかったのかと。

 ドレイクだけではなかった。

 誰もが判っていた。

 だからあのウォルがミナミにだけは気安く接し、どんな時でもミナミの言う事には渋々ながら頷き、本当に晴れやかに笑って見せていたのだと。

 誰も動かなかった。

 誰も口を開こうとしなかった。

 まるで全員がハルヴァイトになってしまったかのように、黙して全てを受け入れた。

 陛下はそれでも、陛下でなければならなかった…。

 重苦しい空気のいっぱいに詰まった室内で、ルニだけが不思議そうにしている。まだ十三歳の少女には、どうして大人達がそんな難しい顔をしているのか、本当に判らなかったのだ。

「…ファイラン王家は、今まで一度も電脳魔導師を排出した事がないんだよね。

 あの議会の時ウォルが言ったのをみんな覚えているかな? 浮遊都市というのは、魔導師の「魔術力」で浮いているものなんだ。電脳魔導師はデータに置きかえられた「臨界」という異次界にアクセス出来るけれど、実際都市を浮かせるエネルギーを駆動炉には供給出来ない。

 その辺りは企業秘密なんで詳しくは説明しないけどね、簡単に言うなら、男は消費するものであって、生み出すものではないんだな」

 魔導師が浮遊都都市の「システム」に組み込まれて数を減らした、と確かウォルは言ったはずだ。

「産み出す事が出来るのは、いつでも女性だけなんだよ」

 感慨なく呟くアイシアスは、笑っていない。

 ただ、そのサファイヤ色の瞳で、じっとミナミを見つめているだけ…。

「ウルくんにもし都市が十七メートル持ち上げられたとしても、天候なんかの自然条件を考慮して安全な高度を保とうとする場合、理想航路が十七メートルでもプラスマイナス十メートルは余裕がないと行けない。と、結果的に四十メートルは上下幅を取って、しかも都市の大きさを考えるなら、実に数百メートルの幅でこの巨大な円盤の高度を微調整しなくちゃならないんだよ。

 面倒な話で悪いんだけど、つまり…数百メートル以内で上げたり下げたりを繰り返さないとダメなんだね。

 でも、ウルくんには…もう…そんな余裕はない。

 ハルくんは、その辺…判るかな?」

 アイシアスの意味ありげな問いかけに、ハルヴァイトは肘掛に頬杖を突いたまま小さく溜め息を吐いた。何か答えなければならないようだが…面倒。とでも言いたそうな顔だった。

「判りませんよ。わたしはあくまでも「電脳」魔導師であって、いわゆる「魔術師」ではありませんからね。

 ただし、単純に「電脳魔導師」と「魔術師」のスペックの違いでエネルギーの供給量が変わるのだとすれば、判りますが」

「……どう違うっての?」

「まぁ、ファイラン中の電脳魔導師を掻き集めても、魔術師ひとり分…この場合は猊下の奥様ひとり? と同じだけのエネルギーなんて供給出来ない程度です」

「程度って…言い方間違ってねぇか?」

 それだけ聞いても、電脳魔導師と魔術師がまるで別物だと判る。

「つまりそういう事だよ。ウルくんはもうスペックいっぱい。ファイランの重量が軽くなった分くらいは都市を浮かせられても、それ以上は持ち上げられないんだ」

 今までウォルが重ねて来た努力など微塵も役に立っていない、とでも言うようなアイシアスのセリフに、ドレイクが不快そうな顔をする。しかし俯いたきりのウォルは黙って頷き、キャレは…。

 やっぱり、キャレはミナミを見つめていた。なぜなのか、アイシアスもそうだった。

 その意味が判らないまでも「見られている」と知って、ミナミは内心首を捻る。

 なぜなのか。どうしてなのか。アイシアスとキャレは、ミナミに何を…求めているのか。

「どう話せばいいんだろうな。

…代々ファイラン王家、その前身である「ティング王家」…これは本筋も枝もほとんど絶えてしまって今は子孫も残っていない…と言われている…は、どちらも女系だった。

 今のファイランを見ればおおよその見当は付くだろうが、男ばかりの都市で確実に「自然分娩による家系の継承」を行おうとするなら、単純にだ、「産む方」を押さえればいいからな。しかも、電脳魔導師と違って魔術師というのは自然の理を基礎とした「魔法」を使う。実際、浮遊都市を浮かせているのが「何」かと言ったら、それは」

 難しい話に飽きていたのか、キャレがそう呟いた途端、アイシアスの指で遊んでいたルニが急に顔を上げ、満面の笑顔で大きく手を挙げた。

「それルニ知ってる。

 ここはねー、たっくさんの風霊が囲んでて、落っこちないようにしてくれてるの」

 風霊?

「…妖精だよ。大気の妖精。浮遊都市システムというのは、外部に居る妖精たちに接触し、協力を乞う機関なんだ。

 さて、果たして「データ」としか付き合えない電脳魔導師たちにそれが出来るか? 自然現象もくそもなく、物理的にデータで構築された機械を扱うのには長けているが、そのデータを強制的に改竄して「擬似魔法」を使うお前たちに、自然の中で自由に暮らす妖精たちが手を貸してくれるか?」

 果たして、どうなのか。

「無理だな。惑星に傅いて存在する妖精たちは、自然の理を「無視」して漂う民には非協力的なんだ。だから結局、何百人電脳魔導師を集めたところで、魔術師ひとりには敵わない。

 そして自然の理を厳しく護り通して都市を護る魔術師は……そうだな、魔女たちは、の方がいいだろう…、魔女たちは、自分のハラの中の子供に自らの魔力を授けて「魔女」を創り出す魔法を受け継いでいた」

 そこでふとミナミは、キャレから俯いたきりのウォルに視線を移した。

「…じゃぁ、なんで……ウォル?」

「わたしがその魔法を…無視したからだ」

 キャレの視線もウォルに移る。

「ちょっと我が侭が言いたかったんだよ。都市を護るためでなく、愛する夫との「子供」が欲しかった。わたしはね、どちらが産まれても、精一杯育てようと思った。

 しかし、わたしが儲けたのは、事もあろうに妖精の嫌う「電脳魔導師」の男の子だった」

 それをどう受け取ればいいのか困惑する数多をよそに、なぜかハルヴァイトだけが小さく笑う。

 笑う、鉛色の瞳。何かを知っているのに口に登らせない、まるで…そんな顔で。

「僕がね、出来そこないの電脳魔導師だったのが悪かったみたいなんだよ。三代前まではなんとか魔導師隊に所属出来る程度だったんだけどさ、じーさん以降はまともな才能もなくてね、すっかり「領域」が無くなったものだと安心してた」

「ウルが「普通」の子供だったら問題はなかった。しかし、電脳魔導師だった。さすがにそれでは問題がある。まず、どうあがいても都市を浮かせる事も出来ない…かもしれない…。だからわたしは次の子供を産む事にしたんだが…、…………。

 ウルとルニの間にあとふたり居るはずだった子たちはみな、産まれてすぐに…自壊して果てた…」

 つまり、死産だったとキャレは静かに言う。

「やっとルニが産まれて、しかしウルはその時既に十六になっていて、都市を浮かせるのにも成功していた。正直それさえ無理かもしれないと思っていたのだから、ウルは十二分によくやったと言えるが、それが限界だというのをわたしはずっと前から知っていたよ」

 限界だった。

「非常事態で急激に都市の高度を変える。わたしからすればなんでもない、いっときシステムに入って妖精たちを呼び寄せるだけの作業だが、ウルはそのあるのかないのか判らない非常事態のために、毎日妖精たちの機嫌を取り、無駄話に付き合い、時に罵られても、蔑まれてもそれに耐え、悪天候で都市の高度を保たなければならないときには必死に助けを求めた…。

 毎日だ。

 毎日………。

 来る日も来る日も…。

 毎日」

 だから、ウォルは「システム」に入るのを嫌った。

 それでも彼は笑って、「結局僕は陛下なんだよね」と諦めた。

 ウォルがゆっくりと顔を上げる。その黒瞳が捉えているのは、キャレでアイシアスでもルニでもなく、浅黒い肌に白髪を煌かせた、秘密の恋人。

 諦めた。

 そのひとがいるこの都市を、地表に叩き付ける訳には行かないから。

「でもね、おにーさま。もう今日からは、ルニが居るから大丈夫だよ。

 ルニはたくさんの風霊とお友達になって、ちゃんとおにーさまの力になってあげるの!」

 そこで、やっと気付く。

「あ、そっか。

 ウォルに妹が居て、それでその子が「システム」を受け持ってくれるって事はさ、つまり、ウォルはもう「システム」の面倒見ねぇでいいって、そういう事?」

「まぁ、つまりそういう事かな。

 今日まで僕らがルニの事をウルくんに教えなかったのは、まず、ルニが小さ過ぎてそもそも「システム」に接触する訓練さえ出来てなかったとか、ウインの件があってこっちも手が塞がってたとか、どのタイミングで出ていったら狙い通りに愕いてくれるかな? とか、そういう理由だったんだけどね」

「つか、いたずらすんなっての…そんな事で」

「何を言うんだい、アイリー。こんないたずら一生に一回仕掛けられるかどうかなんだから、チャンスは最大限に利用しないとだめだろう?」

「ダメとかじゃねぇし…」

 やっと判り始める。

 これは、重大発表だ。

「……ルニが、システムに、入る?」

 アリスの手を握ったまま硬直していたウォルが、ぽつりと呟いた。

「うん。もっといっぱい訓練しなくちゃならないけど、ルニなら大丈夫だっておかーさまが」

「僕は、システムに入らなくてもいい?」

「王室の方はウルくんに任せるけどね。都市の駆動系は、そのうち全部ルニがやってくれるようになるよ」

 にこにこと…こればかりは、軽薄な、ではない笑みで、アイシアスがウインクする。

「僕は……じゃぁ…」

 どうすればいい? いいや、何を…しなくていいのか。

「お前は都市を治める。ルニは都市を護る。兄妹で仲良く、だな」

「じゃぁ……」

 不安げに握り締められた手を握り返したアリスが、ウォルに笑って見せる。

「まずは、妹姫様に挨拶する所からじゃないの? ウォルにーさま」

 そう告げられてやっとカウチから立ち上がったウォルが、ルニの明るい笑顔を見つめた。

  

   
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