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ヒュー・スレイサー(@) |
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平凡が一番難しい。 | |||
「以前スレイサー衛視たちが見た、モデリング変更前の「サラマンドラ」は、完全単体戦闘系だったんですよ。で、それが今とどう違うかって言うとですね、見た通り…です」 とかじゃダメ? と茶目っ気たっぷりに笑うアン。 「ぼくが以前見た時とも微妙に違うよ、アンくん」 スーシェが以前「サラマンドラ」を見たのは、あの臨時議会の日。その時は確か…。 「熱線砲の射出口が、球体で付随してたはずだけど」 そう。それが今は、どこにも見当たらない。 以前を知る者ならば、「サラマンドラ」が劇的に変化している事にまず驚くだろう。…リーディが悲鳴を上げる程度には、か。 「サラマンドラ」は、そのサイズが縮んでいるのだ。 「現在の「サラマンドラ」は全長が七メートル二十センチ、胴体の直系は八十センチで、主砲はやっぱり「追尾式熱線砲」です。あ、これは別にぼくが適当に言ってるんじゃなく、えと…不可視モードの索敵陣で確認してるので、間違いないですよ」 「前は十メートル近くあったろう? それがなんで…縮んでるんだ?」 魔導師ではないヒューの素朴な疑問に、リーディーは心底感謝した。電脳技士といえども臨界の理論に精通している彼では、迂闊な…つまり平凡な? …質問は出来ないのだ。 まさか、アンやスーシェがそんな意地の悪い事を言う訳はないが、「知らないの?」などと言われたら教官の面目丸潰れである。 「前は「完全単体戦闘系」で、制御系魔導機のサポートを受けない事を前提にモデリングされてたんですよ。だから、見た目の威圧感を出すために直線を使用して、サイズも限界まで大きく設定されてたんです。ただ、これでは動作系プログラムに割ける占有率が少なくて扱い難かったので、逆にサイズを縮めて必要のない部位(パーツ)を取り払い、領域に余裕を作って「プラグイン・クラスタ」…ってー、なんて言ったらいいんでしょう、スゥさん」 説明するのが難しかったのか、そこでアンがスーシェに助けを求めた。 「なんだろうね…。ぼくらにとってはふつうの「自由領域」なんだけどな。…。あー…。作業中のウインドウみたいな感じだと思ってくれればいいか」 こちらもちょっと考え込みながら、なんとかヒューに説明しようとする。 「ロードとリライトを繰り返してる場所か?」 「まぁ、おおむねそんなところかな。実際は…もっといろいろやってるけど」 「ああ…そっか。ヒューさん見た事ありますよね、ガリュー小隊長が「ディアボロ」出してるとこ」 そこで、周囲の空気が凍り付いた。 「あるよ」 それさえヒューたちは気にもかけない。今更あの「ハルヴァイト」がどうこう言われても、関係ないのだ。 だから、だろうか。彼らはひとりとして、ブルースが一瞬だけぎゅっと唇を噛んだのに気付かなかった。 誰も。 誰も。 ………………。 「その時、小隊長の周りにモニターみたいなの立ち上がりました?」 「…点滅してるのなら見た」 言いつつ、ヒューが苦笑いする。あまりにも速度が速くて、立ち上がって終了するまで瞬き一回しか要しないのだ、ハルヴァイトの場合。 「現実面で観測出来る「プラグイン・クラスタ現象」があれです。要領に余裕があればあんな風にいっぱい使えて、なければ、プラグインの動作も遅いし数も少なくなると思ってくれればいいです」 さっぱり判らない。とヒューはぶつぶつ言ったが、アンは構わず話しを続けた。 「イルくんは「サラマンドラ」を派手に顕現させるためだけに調整されてたみたいなんですよね。でもそれじゃダメなんで、ドレイク副長がモデリングの変更したらどうかって言い出して、ガリュー小隊長と大隊長とも相談した結果、「サラマンドラ」を現在の形に変えたんです」 そこで、しん、と静まり返ったフィールド。 「サラマンドラ」だけが、ゆらゆらと長い尾を揺らしている。 「…で? 形が変わると、何が変わるんだ?」 ヒュー・スレイサー、本気で生徒の気持ち。しかも教授はアンくん。 「つまり、サポートを受ける事によって戦略的効果が十分に得られるようになるんです」 「浮いてたのが消えて?」 「はい」 「角が延びて?」 「はい」 「……………どう見ても赤いゴムホースに短い手をくっつけたみたいになった、アレでか?」 ヒューが空中を指差しそう言った途端、「サラマンドラ」がひらりと身を翻し……。 「あっ! ダメだってば!!」 佇むヒューに突っ込んで来ようとした。 「いや、悪かった。俺としては、久々の正直な感想だったんだが……」 引きつった苦笑いで一歩後退したヒューが、「サラマンドラ」に向き直り改めて「すまん」と真顔で謝る。それで機嫌が直ったのか、全長七メートル二十センチの真っ赤な龍は、またも上空でとぐろを巻いて滞空した。 スーシェとアンはそれを死ぬほど笑っていたが、リーディを含む訓練校サイドはまたも呆気に取られた。何せ、魔導機というのは「命令」してやらなければ「ならない」ものというのが常識で、話しかけたりからかったり、本気で謝ったりするものではない。 と、思われている。 「以前より複雑になったところもあるんですが、モデリング使用電素数は十分に減らしたので、今じゃすっかりAIがやんちゃに育ってるそうです。あまりからかうと尻尾で吹っ飛ばされちゃいますよ、スレイサー衛視」 くすくす笑うアンの視線に引き寄せられる恰好で、その場に居る全員が、上空でゆったりくつろいでいる「サラマンドラ」を見上げた。 それは、真っ赤な炎を纏った、龍。 頭と胴体は同じ太さで首がなく、蛇に似てはいるが角張った印象のある顔には口がない。アーモンド型の目は真っ黒で、それ以外の全身はとにかく真っ赤で、頭から一メートル五十センチほどのところに短い手が生えている。ゆらゆらと陽炎のように燃える「文字列」を纏わりつかせた尾の方の足はなくなっており、先端は細って終わっていた。 燃える「文字列」は、尾の周りを取り囲んでいるだけではない。不恰好に見える両手(?)の先にもそれは揺らめいていたし、何より、その頭部、鞭のように自由に動く細長い角(?)の周囲にも、まるで、なびく鬣(たてがみ)のように揺れているのだ。 「熱線砲の射出口は、外観は球形でしたがノズル自体は八箇所しかなかったんです。だったらそれを球体にしておく必要はないので…」 「取っ払ったのか?」 「いいえ」 付け足すように言ったアンに問いかけ、しかし薄い笑みできっぱりと否定されて、ヒューが首を捻った。 「主砲は変更ないんだったか」 「…出来ないんですよ、スレイサー衛視。モデリングの変更は簡単だけど、AIコアの「機能」は変えられない」 では? 「……………続けていい? リーディー教官」 不思議顔の一同を電脳陣の中から振り向いたイルシュは、そう言って、笑った。
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