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ドレイク・ミラキ

   
         
今更どうしろと?

  

 もっと無責任になってもいいと思いますよ。と、数日前ハルヴァイトは言った。

「…てか、おめーは程よく無責任キャラで通ってっからいいんだけどよ、俺ぁそうも行かねぇだろ」

 性格的にねぇ。などと、やっと辿り付いた訓練校演習フィールドのバックルームで疲れた溜め息を吐き、それだけでなんとか気分を変える。

 さっきまで居たリーディーが何やら喚きながら飛び出して行ったのを確かめて、そっと校舎の方から忍び込んだバックルーム。別に人目を憚る事はないのだろうが、昇格試験を前にして堂々とイルシュの様子を見に来るのは、ちょっと気が引けたのだ。

 そっとドアを開けて滑り込み、手近な場所に放置してあったパイプ椅子を引き寄せて入り口付近に腰を据える。もっと窓に近寄れば肉眼で下の様子が見えるだろうが、出来れば誰にも見つからないで帰ってしまいたかったので、姿を見られそうな行動はわざと避ける。

 だから、フィールド監視カメラに通常電波受像専用の電脳陣を割り込ませて、映像だけで下の様子を窺った。「サラマンドラ」が出てすぐ、こちらもイルシュを心配したのだろうスーシェとアン、アンの「監視」任務中のヒューが現れたのも、ドレイクは見ていた。

 何か話している。音声を拾うつもりはなかった。

 知りたい事を知ったら、すぐに帰ろうと思う。

「余計な事なんか知らない方が…」

 幸せになれる。とは思わない。だた、不幸にはならないと思った。

「………………それだって、なんだか判んねぇけどよ」

 フィールドでは何らかの会話が続いているようだったが、ドレイクは面倒そうに白髪をかき上げただけで、それには少しの興味も示さなかった。もしここでもう少しだけドレイクに…なんたるかの気力? …があれば、見覚えのある少年がひとり混じっているとすぐに気付いたのだろうが。

 だからその日、彼は迂闊にも見落としてしまった。

 重大な失態。しかし彼がそれに気付けるのは、今日ではない。

 パイプ椅子の背凭れに身体を預け、ぼんやりとフィールドの天井を見つめる。さすがにここは魔導師隊施設地下にある演習室より天井が低く、狭苦しく、息苦しい感じがした。

 数日前、ドレイクはグランに呼び出されて本丸へ赴いている。その時彼は、「魔導師隊最高決定機関第一位」という権利を剥奪されるのだと思い込んでいたのだが、執務室で待ち構えていたグランがドレイクに言ったのは、「衛視になっても階級第一位は返上させない」という内容だった。

 もうそんなものは必要ないからいらない。とドレイクは答え。

 お前は大隊長になるのだ。とグランは言った。

 だからドレイクは、「親子二代で大隊長? そいつぁ、なんとも不名誉な事だな」と肩を竦めて言い返し、グランの返答を待たずに大隊長室を辞した。

「…………。反省ってのは、後に活かされてこその反省だろってんだよ…。俺ぁ、いつからこんなに頭の悪い人間になったんだ?」

 その後、ハルヴァイトが屋敷を訪ねて来た。晩餐以後、顔を見るのは始めてだった。

 あの弟は黙ってドレイクの前に座り、長い間飽きずに黙り続け、何もせず、何も期待せず、何も責めず、瞬きと呼吸、それだけを繰り返し、長い時間、黙り続けた。

 ドレイクが、短い失笑を漏らすまで。

 静寂に疲れたのか、ハルヴァイトの意図が判らなかったのか、とにかく、ドレイクが短く自分を笑った直後、ハルヴァイトは「もっと無責任になってもいいと思いますよ」とだけ言い残し帰って行った。

 何しに来たのか、とは思わない。

 ハルヴァイトは、それを言いに来たのだ。

 あの弟の流儀に則り、多くを語らず、言葉を尽くさず、理由も告げずに、答えるだけ。

 それは、回答。

「……ま、ちったぁマシになったんだろうがよ」

 鬱々と考えていた物騒な事柄を見透かされたような気になって、ドレイクは一旦それを諦め、現実に持ち上がっている問題に意識を戻した。

 監視モニターではなく、肉眼で見ているフィールド天井付近を素早く機影が掠める。それで、必要なくなったモニターを切断して正面の大きなガラス窓に目を向けたドレイクは、いつものように横柄に腕を組み、舞い飛ぶそれらを曇天の瞳で見つめた。

「四機の「フィンチ」…、三機の「ジェリーフィッシュ」…、五機の「ビートル」…。ま、この辺はいかにもポピュラーで扱い易いんだろうが、目新しさがねぇな」

 これらにあの「サラマンドラ」を組ませれば、「そこそこ」戦えるようにはなるだろう。だが、イルシュは基本的な戦略訓練を受けていないのだ。連盟ステーションで行われる「試合」だとか、演習の模擬戦闘だとかなら「そこそこ」でいいのだろうが、これが「着陸警護」などになると話は変わる。

「…モデリングの変更目的は話した。それをイルシュがどう受け取ったか、俺にゃぁ判らねぇ。けど…わざわざこの三種類をチョイスする必要はねぇな…」

 自分の他には誰もいないバックルームでドレイクがそう呟いた刹那、視界からその三種、十二機が、臨界へ帰還し消えた。

「………いいね。じゃぁ残るは…、三機の「ブルーバード」と…、五機の…「ドラゴンフライ」か」

 面白いなと思った。憂鬱な事は忘れた。フィールドに下りないでフィンチでも出し、ちょっといたずらしてやろうかとも考えた。

 半攻撃系索敵機「ブルーバード」は、三機一対。姿はフィンチと同じだが色が見事な空色で、常に正三角形の飛行位置を崩さずに移動する。

「ありゃぁ悪くねぇかもよ、イルくん」

 そしてこの三機の作る三角形の空間には、異常電波が流れているのだ。

「通信有効範囲と電速次第じゃ、「見てる」だけの「ドラゴンフライ」よりゃ手助けしてくれんじゃねぇの」

 にしても。

「この「ドラゴンフライ」は…よく出来てんな」

 完全補助系索敵機「ドラゴンフライ」。棒状の細っこい胴体に巨大なカメラアイを二つ備えた、移動する監視カメラ、というところか。胴体から水平に生える四枚の羽根には、無理して出来の悪いモデリングを施し実体を持たせる事が多く、結果、不恰好で動きもぎこちなくなりがちなのだが、今ドレイクの目前を飛び回っている「ドラゴンフライ」には、その羽根がなかった。

 ない。と言ってしまうと語弊がある。確かに、出力の弱いプラズマ翼が四枚ばらばらに動き、器用に旋回と滞空を繰り返しているのだから、羽根はある。

 ただし、モデリングされたものではない。

「……動作のスムーズに重点を置いて、わざと羽根のモデリングを取っ払ったのか、もしかして? イルシュの「サラマンドラ」も同じタネ使ってんだから、驚きゃしねぇけどな」

 だからその「ドラゴンフライ」は、きらきらした燐光を撒き散らす幻の羽根を羽ばたいて飛ぶ。下手にモデリングして動きを制約、または、実体を持つ事によって操作を複雑にするよりも、極めて自由の利くプラズマ翼剥き出しで扱い易くし、更に電脳内に領域の余裕を作っておくのは悪くない選択だと思えた。

 が。

「どこのぼっちゃんだろな、こんな…年寄り臭ぇモデリング変更なんかしやがんのはよ」

 魔導機顕現後一年も経たずにそれを見抜く若いものは、まずいない。

 イルシュも同様の…というか大幅変更だが…モデリングの書き換えを行っているが、こちらはドレイクとハルヴァイト、グランまで首を突っ込んで助言し、「やれ」とうら若いイルシュに笑顔で命令してやらせたのだから。

「悪かねぇが……「ドラゴンフライ」じゃ攻撃の補助は期待出来ねぇ。

 さ、イルくんはどうすんのか………。あとは明日のお楽しみだな」

 呟いて口元に薄笑みを刻み、ドレイクはパイプ椅子から立ち上がった。

  

   
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