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タマリ・タマリ(A)

   
         
だから何?

  

 グランからの戦闘停止命令を受けて、すぐに「サラマンドラ」が臨界へと帰って行く。「ドラゴンフライ」の方は何か名残惜しそうに、というよりも恨みがましく「ディアボロ」と「フィンチ」の上空を旋回したが、結局、ふいと軌道を変えて中空に浮かんだ接触陣に飛び込み、この「訓練」は終わった。

 監視ブースからフィールドに降りて来たグランはアリスとデリラを背後に控えさせ、ミナミとヒューは整列した電脳魔導師隊と少し離れた場所にひっそりと佇んだ。

 さて、ドレイクとハルヴァイトが何をしたのか。

 この質問に対してドレイクは、答えるつもりはない、ときっぱり言い、ハルヴァイトも「答えてやる必要もありませんからね」と穏やかに付け足す。

 これは、「ディアボロ」と「フィンチ」の戦術であって、だから彼らは詳細の説明を拒否し、グランもそれには頷いた。

「タマリの観測結果は?」

 教えてあげる、などといかにもな言い方をしたタマリに緑色の目を向けたグランが彼の発言を促すと、タマリは敬礼もせずに一歩進み出て、こほん、とわざとのように咳払いした。

「ヴィジョン系の魔法を「フィンチ」にプラグイン。同時に「ディアボロ」を含む一定空間を制圧し、「ディアボロ」に付随した「フィンチ」の観測情報を上空の「フィンチ」経由で空間に「投影」、実際の「ディアボロ」は、「ドラゴンフライ」の布陣から抜け出た場所で、データだけを頼りに「幻とじゃれてる「サラマンドラ」をいかにも「そこに居るように」躱わして見せていた」のではないかと」

 つまり?

「つまりねー、「ドラゴンフライ」が支度終わってから「サラマンドラ」と組んで攻撃に入る前に、もう「ディアボロ」は布陣を抜けてたって訳。しかも、残影? 違うか、おっそろしく出来のいい立体映像をもと居た場所に残して、本体は見張られないように「フィンチ」の手ぇ借りて、偽のデータ相手の索敵系にわざと観測させて、ね」

 にやにやするタマリの顔から視線を外さず、アリスは「だからなのね」と呟いた。

「だから「ドラゴンフライ」と「サラマンドラ」はずっと、「何もない」空間を攻撃し続けてたって訳なの?」

 監視ブースの観測機は、本物の「ディアボロ」を追い続けていた。だから、「ドラゴンフライ」が五角形の布陣を組み、外側から「ディアボロ」に直接打撃を加えようとする「サラマンドラ」は、…タマリの言う通りなのだとすれば、だが?…。

「何もない?」

 呆然と呟く、ブルース。

「そうよ。「ドラゴンフライ」が「サラマンドラ」とリンクした直後から、「ディアボロ」は君たちから見て左に五メートル以上離れた場所に居たわ」

「そ、そ。つまり君らはねー」

 ね? とタマリが、ドレイクに向かって小首を傾げて見せた。

 肯定も否定もしない、イヤな感じのにやにや笑い。やけに涼しい顔のハルヴァイトに比べて、ドレイクはあからさまに面白がっているように見える。

 同じ制御系として。

…………………徹底的に叩きのめして、スタートラインに上げる…。

「幻影と戦わされたワケなのね」

 ドレイク・ミラキは。

「……………………ぜってー他人じゃねぇって、あのふたり」

 呆れたミナミの呟きに、ヒューは苦笑いさえ浮かべず大真面目に頷いた。

「まぁ、幻影出すだけなら「アゲハ」にだって「ドラゴンフライ」にだって出来る。つうか、そっちの方が得意だろうよ。「フィンチ」で幻影出すにゃぁそれなりの下準備が必要だけどよ、完全補助系ならその準備段階の殆どは最初に終わってんだからな」

「んー。でもねー、レイちゃん。「ディアボロ」と組んで、しかも相手にバレないように「完璧」にダマす手まで出すとなったら、易くないよぉ」

 大きな瞳をくるくるさせて笑う、タマリ。その視界の中、イルシュはじっとハルヴァイトを見つめ、ブルースは、唇を噛んで俯いていた。

「俺にゃぁ出来るけどな」

 それにドレイクは、平然と答えたのだ。

 出来る。だからやった。相手がひよっこだろうがなんだろうが、徹底的に、やる。

 叩きのめす。

 追い付くか、追い越すか、それは…これから先の話。

「…観測、出来てたんだ」

 ブルースが呟いた。

「おれはずっと、「ディアボロ」の動きを「見て」たんだ」

「ああ。途中で俺が嘘のデータを返したのにゃ気付かなかったけどな」

「割り込み痕なんかなかった」

「あるワケねぇだろ。そんなモン残せるほど、俺ぁ迂闊じゃねぇ」

「防衛プログラムだって動いてた!」

 ムキになって叫んだブルースに視線を移したイルシュが、小さく溜め息を吐く。

「そんなもの何になるのさ、ブルース。

 間違いなくおれらは、ドレイクさんとガリュー小隊長に騙されたんだよ?」

 どうしてお前はそんなに落ち付いてるんだ!

 そう言いたいのを堪えて、ブルース・アントラッド・ベリシティはイルシュを睨んだ。

「勝てないって言ったよ、おれは。でも、がんばるっても言った。おれは「サラマンドラ」と「ドラゴンフライ」がリンク出来るかどうか知りたくて、それは判ったから、今日の訓練に満足してる」

 そう言ってから笑顔を作ったイルシュは、改めてハルヴァイトとドレイクにぺこりと頭を下げた。

「ありがとうございました」

 それでやっと、ずっと硬い表情でイルシュとブルースを見つめていたスーシェがほんのり微笑み、ドレイクは軽く手を挙げ、ハルヴァイトが穏やかに笑みを返す。

「…なんでお前は、そんな風に…」

「アントラッド」

 尚も何かを言い募ろうとしたブルースを、グランが鋭く遮った。

「みっともない姿を晒すな。何があろうとも「負けは負け」であり、今のお前たちの実力は、所詮それまでなのだ」

 冷たく言い放つ、グラン。

「お前たちの訓練は終わった。追って通達あるまでは訓練校に戻り、精進するがいい」

 力ない敬礼でグランの言葉を受け取ったブルースと、そのブルースの横顔を不安げに見つめる、イルシュ。

「ゴッヘル並びにタマリ魔導師にも負って通達がなされるだろう。それぞれ…身辺の整理を怠らず、辞令交付後は速やかに職務に着けるようしておけ」

「…引っ越せ?」

「うむ。タマリ、お前はさっさと官舎に行け。でないと、ウチの女房が笑い死んでしまう」

「むー。官舎行くと自分でご飯作らなくちゃなんないけど、だいたいちょーんとこだとママちゃんが美味しいお食事作って待っててくれんのにー」

「つか、ガン卿んとこに居候してたのかよ、一晩」

 タマリ、何者?

 唇を尖らせてぶつぶつ文句を言うタマリに小声で突っ込む、ミナミ。何やら不穏な空気を察して大人しくしているのかと思っていたが…。

 不穏な空気。

 いつもと同じようでいてどこか空々しい空気。

 微かに張り詰めたそれにミナミが気付けたのは、やはり、彼がいつ何時でも静謐な観察者だからだろうか。

「では。ルー」

「…はい」

 呼ばれて進み出る、アン少年。こちらが今までやたら大人しかったのは、緊張していたからだろう。

「始めろ」

 短く言ったグランの、微かにほころんだ口元。それに固い笑みを向け、それからドレイクとハルヴァイト、ミナミに頷いて見せて、少年は背筋を伸ばし、真っ直ぐフィールドを睨んだ。

「はい。やります」

 言って少年は、今だ見たことのない自分の「分身」を呼び出すべく、一歩踏み出した。

  

   
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