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デリラ・コルソン(A)

   
         
加害者はいない。

  

 始めて聞いた話だった。

 スライドドアの前から一歩も動こうとしなかったミナミとヒューも、さすがに顔を見合わせる。

「アタシね、いわゆる「突然変異」ってヤツでさー、ある日突然電脳陣の立ち上げ現象起こっちゃって、スラムのアパート一棟丸ごとふっ飛ばしちゃったの。その時巻き添え食って死んだのが三十ニ人。うち半分はアタシのばかデカイ電脳陣に接触して、一瞬で灰よ、灰」

 なぜかそこでタマリは、いやに明るい声で笑ったのだ。

「なんかアタシのずーーーっと前に、片親が魔導師だったのが混ざってたらしいんだけどさ、そんなのもう一族郎党覚えてねーんでやんの。なのにね、遺伝子はそれを忘れてなかったらしくてさ、魔導師とも軍とも関係ねぇつうのに、なんでかアタシにその才能が発現しちゃったんだねー。迷惑な話だよ」

 空虚で陽気な声で笑い続ける、少女の風貌。

「三十ニ人の犠牲で魔導師になって、だからなんだつう感じだけどさ。アタシの望んだ事じゃない、って言っても、事実アパートは崩壊したし、デリの家族は死んだし、アタシは生き残って魔導師になった。

 そんだけの事じゃん。

 ハルちゃんだって、そんだけじゃん。

 ハルちゃんは生き残った。ふたり死んだ。ワケあってヘイゼンは魔導師辞めて、あんたは正式に魔導師になった。

 そんだけじゃん。

…………………。何言ってんだろ、アタシさ。それこそヘイゼンでもあるまいし、説教なんか性に合わねぇっての。

 ばっかみたい」

 きゃらきゃらと陽気に言い捨てたタマリが、スライドドアに向かって来た。記憶してしまった笑顔。少女のように可憐で愛らしい笑顔。

 それ以外の表情を忘れてしまったかのような、笑顔。

「どいてよー、みーちゃん。でないと抱きつくよん」

「…そう出来たらいいなと思うよ、俺はね」

「……………。やん! ハルちゃんに内緒でタマリと浮気希望かな?」

 突き進むタマリを無表情に出迎えたミナミが、あっさりと頷く。

「あのひとだって許してくれると思うけど?」

 ミナミがタマリを「抱き締めてやりたい」理由。

「こういう時さ、…最近妙に多い気すんだけど…、俺は少しだけ俺を怨んだりもする」

「…やめなよ、そういう事で自分イヤになったりすんの。

 みーちゃんは悪くないよ」

 誰にも触れられない。

「みーちゃんは悪くないよ」

 タマリはそこだけもう一度呟き、通りすがりにヒューのハラに「てやぁ!」とか弱いパンチをお見舞いして、フィールドを出ていった。

「誰も悪くない…。そうなんだろ? デリさん」

「ああ。悪かねぇね。確かにおれの家族は死んだけどね、その時タマリの家族も死んだし、あいつはね、自分の家族が木っ端微塵に吹っ飛ばされんのを、何も出来ないで見送ったんだよ。だから、誰もタマリを責めちゃ行けねぇよね」

 驚愕に呆然自失のブルースとイルシュを残して、デリラもその場から離れようとする。

 まるっきり当事者同士でありながら、デリラがタマリを怨んだ試しはなかったのだ。家族をいっぺんに無くしてしまった事はデリラの生活を劇変させたが、しかし彼は、被害者会という名目で王城に召集された時、なぜ、タマリが軍幹部の後ろで小さくなっているのか判らなかった。

 グルジット・タマリという少年は被害者でないのかと訊いた。

 誰も答えてくれなかった。

 他の被害者はタマリに死んで詫びろと詰め寄った。

 タマリは答えた。

          

「…死んだ人の分まで、何を言われてもどう思われても、生きようと思います。

 死ぬまで、魔導師でいようと思います」

         

 責任の所在をはっきりさせろと誰かが声高に言った。

 誰かが答えた。今思えば、あれが「ダイアス・ミラキ」だった。

         

「事の発端となった「魔導師」を責めて気が済むなら、百年か二百年前に遡って頂きたい。それが出来ないのだから、王が責任を肩代わりしてくださる。

 少年を責めてはならない。

 彼は、家族を無くした被害者だ」

 そしてタマリは、両親の付けてくれた「グルジット」をいう名を棄てて「タマリ・タマリ」と名乗り、まだ釈然としない顔つきの遺族に深々と頭を下げて、こう付け足す。

       

「魔導師として生きようと思います…。

 幸せにはなりません。

 救われたいとも思いません。

 ただ……最期まで生きて行くだけで…いいです」

      

 最期まで。

 三十ニ人分の人生を。

「そういう事情も知らねぇで無責任にヘイゼン小隊長を哀れんでやるようなガキなんぞにさ、タマリだとかウチの大将だとかがああやってんのがどんなに辛いのかってのは、判りっこねんだろうね。

 残念だけど」

 救って貰った命を。

 滅ぼしてしまった三十ニの命を。

「ねぇ? ミナミさん」

 囁くように言いながら、デリラがミナミの前を通り過ぎる。

 それでミナミは、ようやく全て判った気がした。

 なぜ、あの医療院で偶然見かけたミナミに、ハルヴァイトが恋をしたのか。どうしてそのミナミを、ハルヴァイトが四年半もの間探し続けたのか。

 彼はあの日、失望さえ出来ない文字列の世界と自分に永遠の別れを告げ損ねてから生き残った事を後悔し疲れ果て、しかし、救われた意味を悟ってしまったのだ。

 だから、意味を。

 生き続けてもいい意味を。

 自分を許せる理由を。

 許してくれる人を。

 懇願するように。

「それが偶然ミナミだった、のではなく、ミナミだからそうなれたんだと、俺は思うがな」

 助けを。

「うん。…俺も、そう………信じてるよ」

 求めた。

        

 柔らかい陽射しの指し込む医療院の中庭で、

 楕円の陽光に暖められた芝生と白いベンチに座り、

 そのひとは、

 ふわりと…笑った。

         

 胸を打つような悲しさで。

 全てを溶かすような優しさで。

 脆く儚い強さで。

 全てを許すように。

       

 だから、彼は、恋をする。

        

 溜め息のように答えたミナミに少し固い笑みを向けたヒューがスライドドアに手をかけると、それまで一歩も動こうとしなかったミナミも、不安げに見つめてくるイルシュに微か笑みを見せ、すぐに踵を返して演習フィールドから出て行ってしまった。

 最後に残されたのは、イルシュとブルース。

 最後は。

 イルシュ。

「友達、欲しかったんだ、おれさ。「サラマンドラ」にも友達作ってあげようと思ったのに、どっちも失敗しちゃったな。

 これからは同僚? としてだけど、よろしく、ブルース。おれが言うのはそれだけ」

 イルシュは素っ気無くそう言い置いて、ブルースをその場に残し歩き出した。

「…サーンス………」

「みんな勇気あったよ。タマリ魔導師もアンさんも、みんな言い難い事平気で言ってたし、誰もそれ、停めなかったし、文句も言わなかったし。

 だからおれもブルースにはなんにも言わないよ。だって失礼だもん。

 おれのせいでガリュー小隊長もドレイクさんも入院したし、エスト小隊長もだし、みんな迷惑したけど、何も言わないのにさ、おれだけごねてるなんておかしいし。

 でも、ブルース」

 イルシュは、スライドドアの前で一度立ち止まり、振り返って、琥珀色の瞳で佇むブルースを見つめた。

「お前、間違ってるよ」

 判ってくれればいいなと思った。

「魔導師になりたくなかったのは、お前だけじゃないよ」

  

   
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