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13.エンドレス

   
         
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「まったく人使い荒ぇってのよ、ウチの大将殿はさぁ」

 通されて、気安くリビングのソファにどさりと腰を落ち付けたギイルが、固い髪をがしがしと掻き回しながら溜め息混じりに呟く。

「正直、元・第七小隊の連中はすげえよ、マジで。ガリューが何かするつうとね、なんの指示も命令もねぇのに動き出すんだわな。ひめさんなんかはいつでもガリューの欲しい情報一発で出して見せるし、ドレイクもそこに座ってるだけなのに、訊かれた事にゃぁなんでも答えるし、デリは指示を仰いでんだけど、それにしたってあくまでも確認で、大抵ガリューの答えは肯定だ。となれば、ヤツの希望する道筋に沿って行動しようとしてんだよな、これが。

 で、マジで一番驚いたのが、アンちゃんだわ。

 アンちゃんてばさ、普段情っけない事言って誰かの後ろに隠れてたりとぼけてたりすんのによ、いざこれが「仕事」つったら行動ははやかねぇが正確にガリューの指示こなしやがる。しかも、指示がなけりゃ自分で考えて、これでいいのか、つってきっちりガリューに訊いてさ。

 ウチの連中なんぞ、なんべんガリューに「遅い」つわれたか判んねぇつうのによ」

「我侭なのよ、ハルは。面倒だから余計な事言いたくないくせに、自分の思い通りにならないとすぐ機嫌悪くなるんだから。でもまぁ、それが本物の、ただの我侭だったらあたしたちも相当苦労するんでしょうけど、ハルの場合、電算機より正確に「回答」を弾き出す才能があるから、結局、任務の正体さえ掴めていればハルが何を言い出すのか、予想出来るわ」

 愚痴っているのか誉めているのか判らないギイルのセリフを、アリスがくすくす笑う。その口元に当てられた手首には、華奢で華やかな銀細工のブレスレットが光っていた。

「それでも、警備部隊付きになってからは随分指示らしい指示出すようになったわよ、ハル。以前と任務の内容も随分変わったしね…」

 今現在電脳班が何をやっているのか知らされていないミナミは、黙ってお茶を飲みながらアリスとギイルの話に耳を傾けていた。場所は、またまたフェロウ邸。前回の、貴族院から続くグレース・ノックス嬢の一件が解決して、十日ほど経ったある日である。

「こっちゃぁ毎日ぴりぴりしてるつうのに、ひとり暢気にバラ色生活送ってるばかもいるけどな…」

 何かを思い出したらしいギイルが、溜め息混じりに言ってがっくりと肩を落とす。

「誰? それ…」

「ハチ」

「「ああ……」」

 顔だけを上げ、ぼそ、とイヤそうに呟いたギイル。そのうんざり顔から視線を外して顔を見合わせたミナミとアリスが、納得したように頷き合う。

「ハチヤくんね…。確かに、ばら色だわ」

「用事ないのに顔出し過ぎだろ…。おとといついに、ヒューに怒られてたけど?」

「今日のアンさんとか報告しやがんだぜ? おれによぉ。こっちゃぁ忙しくって構ってる暇ねぇっつうんだよ」

 ハチヤ・オウレッシブ…。警備部隊第三班の隊員で、以前ミナミがギイルに頼んだ「それぞれの班に、自由の利く隊員を入れてて欲しい」というのに伴って編成された、…地獄のようなアンちゃんファン、とギイルの言っていた彼。

 いや。まさに地獄のようだったのだ、それが。周囲が地獄なのかもしれないが…。

「見た目ぼーーーーっとしたコよね、ハチくんて」

「そんで小さいコに目がねぇんだから、なんつうかおかしいけどな」

「小さいコって…アンくんが聞いたら憤慨すんだろ、それ」

 確かに、アンときたら小粒でかわいらしく、性格も極めていい。警備軍勤務だった頃はいじめられたりして苦労したようだが、衛視に昇格してからは、特務室の同僚にも警備部隊の部下にも評判がよく、ミナミの次くらいにアイドル扱いなのだ。

………。ちなみに、アリスは部下同僚を問わずかなり恐れられている…。何せ彼女は、警護班班長のヒュー・スレイサーを二度も床に這わせた豪腕なのだ。

「だからってね、ハチの場合さ、付き合いてぇってんじゃねぇからタチ悪ぃんだよな。銀幕のムービースター崇拝するフリークみてぇなもんでさ、ああああああああ、生きてるよぉ! って、それだけで感激しちまうんだわ」

 ソファの背凭れに沈んで呆れたように吐き出すギイルから壁掛け時計に視線を移したアリスが、赤い唇に笑みを載せる。それから、物憂いダークブルーの双眸を向けて来るミナミに一瞬だけ目配せして、彼女は「失礼」と席を立った。

「新しいお茶、支度するわね」

 取って付けたように言い置いたアリスがリビングから出て行くのを横目で見送ったギイルが、ふと身を起こす。

「……おれはなんで今日ここに呼ばれたのよ、ミナミちゃん」

「気になる?」

「ああ、なるね。ミナミちゃんを送り届けたガリューは仏頂面で帰っちまうし、ひめ様は妙に機嫌いいし、レジーさんはおれの顔見た途端に大爆笑だし…」

 レジーナ、意外に失礼?

「すぐに判るけどな。先に言っとくならさ、場所はどこでもよかったんだよ、実は。でも、フェロウ邸なら今後どうとでも言い訳出来る、って、その程度に好都合だっただけで」

 自分の膝に手を付いて身を乗り出していたギイルが、ソファにゆったり座ったまま微かに笑っているミナミの顔をきょとんと見つめ、首を傾げる。

「よく考えれば、言い訳の種類も豊富だよな、ここだと。なるほど、こういう風に立ち回るのが「衛視」風つうのか」

 肘掛に軽く腕を載せて頬杖を突いたミナミが、妙に納得したような事を言った。

「なんの話?」

「うん。今回、「この」場所をどこにすれば先方に迷惑かからねぇように出来るか、俺には判んなくてさ。それで、もしかしたらと思ってヒューに相談したんだよ。そしたらヒューが、室長となんかちょっと相談して、それからアリスんとこがいいだろうって教えてくれて、でも、俺にはなんでアリスんとこがいいのか、まだよく判ってなかった」

 今回、「この」場所を?

「でも、やっと判った。つうか、判んの遅過ぎ、俺」

「てさ、おれにはなんの事だかさっぱり…」

 きょときょとするギイルが言いかけた途端に、リビングのドアがノックされる。それを聞いたミナミはソファから立ち上がり、ギイルにも立てと手で示した。

「俺と、ギイルと、アリスと、レジーナさん…。四人にはそれぞれ繋がりがあって……彼女ともある部分で繋がりがあって、ここでその五人が「偶然」顔会わせても、別に不思議でもなんでもねぇって…そういう意味」

 促されて立ち上がったものの、何がなんだか判らなくて呆然とするギイルをその場に残し、ミナミはドアまで移動しそれを引き開けた。

「ごきげんよう、ミナミさん。お買い物の帰りにアリス様をお訪ねしましたら、「偶然」ミナミさんがいらっしゃっているとお聞きしまして、ごあいさつを」

「こんにちは、ミル=リーさん。「偶然」、俺もアリスとレジーナさんに、友達と一緒に遊びに来ててさ」

 ギイルが、その…いかにも胡散臭い会話…ではなく、柔らかで涼しい声にはっと振り返る。

「…あ…………? ???」

 ぽかんとするギイルに、ミル=リー・アイゼンは朗らかな笑みを向けた。

「ごきげんよう、キース様…。ミナミさんとキース様がお友達でいらしたなんて、「偶然」ですわ」

「ミル=リーさん、ギイルの事知ってんだ」

「はい……、「偶然」。…それは本当に…、銀製の指輪が導いて下さったように偶然、お会いしました」

 言って彼女が、淡い紫色のスカートを摘み、膝を折ってギイルに会釈する。

「さぁ、こんな所に突っ立ってないで、新しいお茶でも頂きましょうよ。折角…顔見知りが「偶然」ここで会ったんだし、ね」

 お茶の支度を運んで来たアリスが意味ありげにウインクし、ミナミは、今だ呆気に取られているギイルを振り返って、小さく笑った。

「ま、ここんとこ実は、偶然つか幸運なんだろうけどさ」

 少し、幸せな気持ちに、なった。

  

   
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