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14.機械式曲技団

   
         
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 その「機械式曲技団(サーカス)」は、「海藍皇帝演舞団(サーカス・オブ・カイザーハイラン)」といった。「海藍(ハイラン)」は、まだ人間が地上に暮らしていた時、ファイラン浮遊都市の前身であった国が、どこまでも澄み切った海にぽつぽつと点在する島々を統合していた頃に呼ばれていた名前で、現在は言語の形態が変わり「ファイラン」となった。

 「海藍皇帝演舞団(サーカス・オブ・カイザーハイラン)」の設立者は、王だった。

 つい百五十年ほど前まではファイラン国内にも内紛があり、それを制圧、沈静化させた時王は、荒廃した浮遊都市を十二(王城、第一から第十、そして0エリアである)に分割、統制する現在のシステムを確立した。数代に渡って続いた内乱と、それまでファイランを統制していた「ティング王室」の消滅。一族郎党まで消された(と文献は語っている)過去の覇者は絶対独裁主義の暴君であり、その独裁主義に叛旗を翻した「ファイラン家」(これは、「海藍」を文字って立ち上げられた一族であり、出自は定かでない)が民衆を味方に付け自由を勝ち取った。

 その時、当時の王はそれまでの圧政や内乱を「愚かな王室の責任であった」と潔く認め、消滅したティング家所有の占有地を全て公共の建物とし、安価で楽しめる娯楽施設として提供したのだ。

 政治学者は分析する。

 王は「娯楽」で民衆の気を逸らしたのだ、と。子供騙しだ、と。しかし、良案であった、とも言う。所詮「これしかない」浮遊都市なのだ、ここは。やっと終わった内紛を蒸し返すよりも、子供騙しに引っかかって面白おかしく人生を暮らし、それで何が悪いのか。

 その、ティング一族の所有地であり、全てが公共の娯楽施設に生まれ変わったのが、、現在の第十エリアである。

 時間を掛けて宿泊施設、保養施設、カジノ、映画館などを整備し、ちょっとリッチな気分を味わえるようになると今度は、商人たちがエリア内に出店を希望し始める。それで巨大なショッピング・モールが出来、遊園地が出来、内紛から数十年経って人々の生活に余裕が出来た時、最初の「絶滅動・植物園」がオープンする。

 最早見る事さえ叶わない生き物が闊歩する、咲き乱れる、囀り舞い、人々はこぞって「リゾート」に出掛けるようになる。

 そして、年老いて「王」である事から解放され、生きる事からも解放されようかという最初のファイラン王は「機械式曲技団(サーカス)」をひとつ遺し、空の彼方へ旅立って行った。

「…で? 王室の持ちモンだったはずのサーカスとアイツに、なんの関係?」

 機械式曲技団(サーカス)、と聞き一瞬でファイラン史を検証し終えたミナミが、相変わらずの無表情でハルヴァイトに問いかけると、しかしなぜか、渋い顔で答えたのは鋼色の恋人ではなく、特務室室長のクラバイン・フェロウだった。

「ファイラン家が、商家であった頃のウイン家に譲渡したんですよ、サーカスの運営権を。キャレ様がまだお小さい頃だったと聞いています。先々代は娯楽よりも学術に力を入れておいでで、収入はいいもののメンテナンスに莫大な時間と人員を費やす十エリアの維持管理が面倒になったんでしょうね、王室所有の施設運営権を入札で商人に売り渡し、税徴収という形で利益の一部を還元させる方法に管理体制を切り換えたのです」

「つまり、ほったらかしかよ」

 素っ気無いながらも微かに呆れた響きを含むミナミの呟きに、まぁ、そうですね。などと苦笑いのクラバインを、ドレイクとハルヴァイトが笑う。

「サーカスの名前が変わらなかったのは、譲渡条件のひとつだったからです。由緒正しいサーカスからファイランの名前を消す訳にはいかない、だから、利益の一部を税として収め、名前を残せば、あとは好きにしてもよい、という事だったようです」

「…それがこんな形で利用されるなんて、まさか王様も思ってなかったろうがな」

 自分のせいでもないのに申し訳なさそうなクラバインに、失笑交じりのセリフを返す、ドレイク。

「偶然だろ」

 しかしミナミはそれを、あっさりと否定した。

「俺にゃぁさ、アイツが、名前の効果とか、そういう事考えてサーカスを利用したって、思えねぇよ」

 ダークブルーの双眸が、室内を巡る。

「生まれた時から手の中にあったもん。それだけを使って行き当りばったりに何かしでかしてたのに、運がアイツに味方してたんじゃねぇのかな、って…。なんとなくさ。そういう、なんつうか「不確定的な話」つうの、アンタらにすんのもおかしいけどな」

 魔導師たち。ここにいる、ハルヴァイト、ドレイク、そしてアンでさえ、そういう「不確定要素」を最大に設定して未来を見透かしているのではないか、とミナミは思う。

「立ち回るのが巧かったとは思います。偶然や運という言い方も出来ますが、ウインは自分でも言うように、芸術家であった、というのが正解でしょうね」

 薄笑みのハルヴァイトが、溜め息のように呟いた。

「全ては「パーツ」だった、ウインにとって。それをどう配置し飾り立てれば思い通りのオブジェが出来るのか、彼にはそれを見極める才能があったんですよ」

 しかしこの恋人には。

「もしもここに偶然があるならば、わたしの世界が剥き出しのデータだった事でしょうか」

 通用しない。

 全てはデータだった。オブジェも死体も、芸術も学術も、兄弟も…。ハルヴァイトにとってデータで「ない」ものは唯一「恋人」だけであり、その恋人が「居る」から世界は構築されデータ崩壊を起こさないだけで、彼の意識が「これは恋人に必要ない」と判断すればそれは、瞬間でデータに…包み隠さず赤裸々に…変わるのだ。

 文字列の増殖する、乱数だらけで打ち消し定数の固定化しない「生体関数群」が、「アドオル・ウイン」であるように。

「それで? そのサーカスとウインの関係を調査する? でもおかしいじゃないか、ガリュー。お前、ウインの「記憶」を閲覧してるんだろう?」

 ならそんなもの判るんじゃないのか? とでも言いたげなヒューのセリフに、ハルヴァイトが頷いた。

「ええ、判っていますよ。「わたし」はね。しかし、わたしが勝手に納得してそれで踏み込めるかどうか、というのは、常識としてどうでしょう。一応わたしも衛視な訳ですし、確証もなく、ウインの記憶にあったから、というそれだけでは、手入れ出来ないんじゃないですか?」

 判っている。とハルヴァイトは言った。

 割っている。何もかも。答えさえも。結末も? データとしては、理解出来ている。

「だから裏付けを取るんですよ、班長。誰もが納得するようにこの「犯罪」を、わたしが、立証してみせる」

 判っているのだから。

「室長は慣れてるでしょうからいいとして、スレイサー班長のために言うなら、これが「魔導師」の遣り方、とでも言うのかしらね。魔導師は誰だって「そう」よ。アンだって、イルシュだってね。みんな、あたしたちには理解出来ない「方程式」を解いてるの。イコールの先に、答えはもう書き込まれてるわ」

 あまりにも淡白なアリスのセリフ。ミナミは、ヒューの瞳を見つめ返し、ゆっくりと頷いて見せた。

「……データを構築すんだよ。これは調査じゃなくってさ、臨界式記号を、現実面に顕現させる作業だ」

 それでヒュー・スレイサーは、とんだ上官と同僚を持ったもんだと、ちょっと呆れた…。

              

           

 今までに調べたサーカスとウインの関係はこうだ、と説明するのは、アリスとデリラの役割らしかった。

「サーカスの、収入に対する納税状況は良好。ただし、アレは特殊施設の認定を受けてて、寄付に対する納税義務はないの。ああいう特殊施設の寄付に報告義務がないのは、ちょっと都合悪いわね、正直。特殊施設の所有者が大抵どっかの貴族で、それで寄付の報告が必要ないってのは、あんまり良くないわ」

「そりゃぁ議会で討論して貰う事なんでしょうから、ここじゃ見逃しますがね」

 言いながら円卓に着いたアリスに続き、デリラとアン少年も椅子に座った。それでクラバインに目配せされたヒューがミナミの隣りに収まると、デリラが飄々とした口調で報告を開始する。

「この場合の「サーカス」はですね、幾つもある「サーカス」ん中でも、ウインの所有する「機械式曲技団・海藍皇帝演舞団」を指す事としますんで。

 で、このサーカスについて「人員」方面から調査した結果、曲技団の演舞師十七名、これに機械技士は含まれてんですが、第十エリアの管理局から派遣されてる「電脳技士」は含まれてねぇです。

 演舞師にも二種類あって、みなさんお判りなんでしょうが確認て事で言いますがね、ひとつが丸盆(ステージ)に上がる「演舞師」で、もうひとつがステージ上で動き回る「機械式」の「整備師」ですね」

 曲技団の構成は、「機械式人型(きかいしきひとがた)」と呼ばれる十数体のロボットと、それを操作する「演舞師」、整備専門の職人「整備師」。ファイランで言うサーカスとは、人が曲技を見せるものではなく、良く出来た「機械式」が空中で分解し着地までに再生されるような、つまり、実写特撮映画みたいなものなのだ。

 グラフィック技術の発達した昨今、素晴らしい立体映像や本物そっくりのコンピュータグラフィックスなどは、日常的に使用されていて目新しさがない。その反面、その「グラフィックスと同じに動く機械式」は様々な技術の粋を集めた高等な見世物であり、ムービースターはアクションシーンに吹き替えなしが人気の秘訣なのだ。

「機械式十三、演舞師五、整備師七。他に、下働きの小僧っこどもが五人、てのが、そこの内訳っスね」

 演舞師五名にそれぞれ助手と、整備師は多い人間でひとり三体の整備を行う。

「内訳としてはいかにも「普通」ですね。何も問題ないように思えます」

 デリラの説明にクラバインが相槌を打つ。それを聞き終えると今度は、今までブラックアウトしていたモニターに十七名の顔写真が映し出された。

「これが今の構成人員全部よ。氏名、年齢、経歴の詐称はなし。市民コードの確認も取れてるわ」

 優雅に足を組んでつらつらと卓上の制御盤を操作する、アリス。肩を滑り落ちる長い髪は今日も血のように赤く、薄っすら弧を描いた唇も、美しい。

 亜麻色の瞳で無言の男たちを見回す顔つきさえも、か。

「すり替わってる、って事実がなければ、何も怪しくない」

 そこでアリスは、まるでおもしろがっているような顔で、そう甘く囁いたのだ。

「すり替わってる?」

「…………………」

「誰が誰とですか?」

 ヒューが眉を吊り上げて呟き、ミナミは無言で電脳班の連中を見つめ、クラバインが誰ともなしに問いかける。

「すり替わりの結果に行く前にですね、室長。まずは、連中の経歴、見て貰えますかね」

 デリラの目配せでアリスが操作盤を叩くと、居並んだ十七名の経歴、その補足事項欄が青く瞬き、刹那でズームアップする。

「……ゼロエリア特別年少者矯正施設より更正指導委託?」

 独り言のように口の中でぶつぶつ言ったミナミは、問う視線をクラバインに向けた。それを受けて頷いた室長が、テーブルに置いた指先をこつこつ鳴らしながら話し始める。

「いわゆる犯罪者予備軍といわれる少年法規違反者が収容される「年少者矯正施設」は、それぞれのエリアにあるものです。が、中には、エリア内の矯正施設でも手に負えない者も居ます。そのエリアの犯罪組織…と言いましょうか、そういう団体の手先になって組織的に犯罪行為を繰り返す年少者は、大本となる「組織」から隔絶しなければ更正「出来ない」のです。ですが現在のファイラン法では、同一エリア内で年少者を安全に確保するのは無理です。しかも、エリア間の移動には厳しい検査がありますし、組織的に犯罪を行う人間というのはどこにでも居るものですから、移住したところでまた新しい組織に繋がりが出来、逆に、以前関係のあった組織と新しく関係の出来た組織を繋ぐ役割になってしまう事もあります」

 銀縁眼鏡の奥、やけに印象の薄いブラウンの瞳が、鈍く光る。

「それを回避するためにゼロエリアゼロイチ地区に設けられているのが「特別年少者矯正施設」で、そこからは恒常的に、十エリア内の様々な施設に「更正指導」という形で模範的な収容者を引き受けて貰い、一般市民生活に戻す訓練をさせているのです」

「……つまりさ、なんらかの組織に与してた未成年をその組織に戻さないため、なんだかんだで遠回しに移住さして、保護しとこうってハラ?」

「正直なところ、その通り、です。預けられる施設の管理人は大抵貴族ですからね。矯正施設からの「預かりもの」をまた堕落させるような失態を犯したがる貴族は、ほとんどいません」

 貴族としてこの浮遊都市でそれなりの栄華を収めたいなら、陛下に逆らわず、品行方正であるべきだろう。…表面上だけ、でも。

「ま、いいや。うん、判った」

 軽く手を振って話の先を促す、ミナミ。それ以上訊きたい事はない。というより、とりあえず今は保留、という態度が気になったが、デリラは構わず話を再開した。

「サーカスはですね、その「更正指導委託」って認定を受けてまして、頻繁に特別矯正施設から小僧っこどもを受け入れてたんですね。その後の報告も良くて、経過良好につき他エリアへの移住許可ってのも、随分出してます。

 委託先の施設へは、定期的な報告の義務と合わせて管理員の訪問もあんですが、この管理員は元衛視が多い」

 そこでデリラが探るようにクラバインを見つめ、彼は頷いた。

「ウイン前衛視長時代の衛視も「居た」と申し添えます」

「居ましたね。今じゃみんな他の役職に移っちまって、現室長に降格された連中だとか、警備軍から派遣された連中だとかしか居ねぇですけどね」

 小さく肩を竦めたデリラが、にやにやと笑う。調査で訪れたゼロエリアで何があったのか、何を聞いたのか、だからといって普段と変わらない彼のやる気ない態度に、クラバインも思わず苦笑を浮かべた。

「そんな訳でですね。

 サーカスはゼロエリアから随分な数の「少年」を受け入れて、今度はそれを他のエリアに送り出してたんですね。……ここで、最初の「すり替え」の答えが出ます」

「すり替え……。合法的に、市民コードのない人間に市民コードと「新しい名前」を…」

 挿げ替える。

「でもさ」

 一度俯いてから顔を上げたミナミは、ハルヴァイトを見つめていた。奇妙な違和感。

「…なんだろな、判るんだよ、漠然となんだけどさ…。

 ゼロエリアの年少者矯正施設から送り込まれてきた「普通の」子供たちと、アイツの隠してた王都民をすり替えるんだってのは。でもさ、それ…無理つうか…絶対どっかで…」

 辻褄が合わなくなるはずだ。ボロが…出るはずなのだ。

「特別矯正施設側に問題はありません。管理員も体制も、非の打ち所がないとまでは言いませんが、この件に関してはシロです。

 では、どこに問題があるのか。何がこの罠を巧く作動させているのか、回しているのか。なぜどこにも綻びが見つからないのか」

 ハルヴァイトの声は静かだった。

「ミナミ」

「…………………。ああ…、うん、判った…。順番が…問題なんだ。

 成果は上がってた。だから上手くやれる。捨て駒はゼロエリアから調達した。「挿げ替え」た残りは、どうすんだ?」

「どうにでも出来ますよ」

「どうにでも?」

 ミナミとハルヴァイトだけが会話する、会議室。答えはそこにある。だからミナミはそれを受け入れ、ハルヴァイトは分析する。

 それ。は。データ。

「出来ますよ。イルシュでもお判りになる通り、ウインの隠匿していた「魔導師」たちは、わたし以上に優秀なようですからね」

 それが何を意味するのか、ヒューには判らなかった。しかし、受け取ったミナミが一瞬薄い唇をぎゅっと噛み締めたのに、何か、その回答が不吉な結果なのだとは思う。

 物質の分離分解。攻撃系魔導師で、ある程度の電素を要していさえすれば出来るという、データ破壊行為。

「……………でも誰も、「アンタ」じゃねぇ」

 睨むような顔つきで呟いたミナミに、ハルヴァイトはいつもと同じに穏やかな笑みを見せた。

 ハルヴァイトは、破壊する。完膚なきまでに。見えている「データ」を粉々に。

「そうです。だから「わたし」は、誰にも劣ってなどいない」

 しかしハルヴァイトは、「再生」する事も出来ると言わなかっただろうか?

 伝説の悪魔を従えた。

 鋼色の。

 ディアボロ(悪魔)。

 悪魔は、漂う都市最強最悪の守護者。

「ミナミとハルに決着着いたトコでよ、こっから先は親切な俺が説明すっかな」

 短い溜め息で気分を戻したドレイクが、テーブルに頬杖を突く。どうしてこう電脳班は行儀がなっていないのか、とヒューは思ったが、ふと、彼らは誰もが見えない「緋色のマント」を羽織っており、陛下さえ、それを承知し許しているのだと判った。

 彼らの誰も、陛下に傅かない。

 しかし誰も彼らの行いを咎めない。

 なぜなら彼らは、その時この都市に必要ない「正義」にも「悪」にも、関心を示さないのだから。

 翻るのは、緋色のマント。

「今ミナミとハルが言ったみてぇによ、つまり、サーカスに預けられたヤツらは支度された「ニセモノ」とすり替えられちまって、「ホンモノ」は分解される。残った「ニセモノ」には市民コードもあるからよ、大手を振って各エリアに移住してく、って寸法だ。

 ここでさっきミナミが「無理」だと思ったのは、施設に預けられて登録されてた連中がどうして安易にニセモノと入れ替われるか、ってのなんだろうがよ、別に、「最初から居るヤツを後から来たヤツに見せかけて送り出す」訳じゃねぇんだよ、サーカスは」

 そこで、ヒューもはっとした。思わず、無表情にドレイクを見つめているミナミの顔を見てしまい、クラバインにじろりと…睨まれたが。

「…サーカスが、例の「超重筒(ちょうじゅうとう)」の隠し場所でもあるってんならさ、受け入れたヤツの外観遺伝子をコピーして、同じ顔した別のヤツ、作んのなんかワケねぇよ」

 成果は上がっていた。だから、上手くやれる。

 何せ彼らは、議事堂の「天使」さえ作り得たのだから。

「その限りでないのが、ウインの隠匿していた「魔導師」たちです。

 彼らはその、サーカスで行われるすり替えに荷担しています。超重筒の操作、制御、特別矯正施設から送られてくるデータと用意した「替わり」のデータの照合、最終的には、残った「本人」を消す役割も担っていた、と思って差し支えないでしょうね。

 とにかく、「彼ら」が実行犯であり、ウインは命令する「主人」だった。

 彼らは従順です。

 外の世界を全く知りません。

 この都市のどこかで息を潜め、今も、ウインの「命令」を待っています」

 情けを、掛けるか?

「だから。

 今更データに成り下がったアドオル・ウインを待ち続けるだけの連中を少々脅かしてやろうというのが、わたしの目的なんですが?」

「…やっぱそう来るのか…、さすがアンタだ」

 溜め息交じりに言い放ったミナミを、ドレイクが鼻で笑った。

「見ようと思えば見られる世間を見ようとしねぇ連中に掛ける情けなんてもんはよ、ハルの担当じゃねぇからな」

 では過去のハルヴァイトはどうだったのか。

 世界を見ようとしなかったのか? それとも、見ようとして挫折したのか?

 否。

 世界は、データで、出来ている。

「詳細をちっとばかし説明すんならよ。まず、「ニセモノ」を超重筒で意図的に作れるか、ってのは問題ねぇ。……ミナミがどうこうってんじゃねぇけどよ、実際、そいつは無理な話じゃねぇんだよ、俺達にとっちゃぁ。結局「外観決定遺伝子」ってのもデータなワケだしよ、干渉しようとすれば観測するのは簡単だし、観測出来れば、割り込んで書き換えんのだって夢みてぇな話じゃねぇ。まぁ、まさかこればっかりは俺にだって試せねぇからな、どのくらいの確率で成功すんのか、失敗すんのか、そいつは不確定だけどよ」

 それが制御系の領域なのか、ドレイクがしきりに真白い頭髪を弄り回しながら言う。

「それからですね。

 矯正施設のデータ改竄については、ほぼ全ての魔導師に出来ると思ってくれていいですよ。王城内に設置されてるネットワーク・ホストなら話は別、っていうか、城内ファイアウォルの管理責任者がウチの班長なんで、ホストへの侵入は九割以上「無理」なんですけどね? それ以外の、エリア派出所に置かれているエリアネット・ホストへの侵入は、所要時間だとかを無視すれば、ぼくでも出来ましたし」

「つか、黙ってやんなつってんだろ…電脳班。犯罪者揃いだ、マジで…」

 思わず突っ込んだミナミに、なぜかアン少年は「えへへ」と照れ笑いを向けた。

「それと、人体のデータ崩壊を起こせるか、という問題は、これも、でしょうか? 攻撃系の魔導師ならば、八割以上の確率で可能だと言えます。必要な絶対条件は保有電素数ではなく一時的なプール領域であり、その下限はそう高くないんですよ。分解したデータを保存しておいてその後再構築しようとするなら話は別ですが、この場合、データが上書きされて過去の物質情報に不足が出、再構築出来なくなっても構わないんですからね」

 ハルヴァイトは、冷たく言う。

「データが消えてしまうのを躊躇わなければ、単純に上書きし続ければいい」

 しかし、判っている。ここに居てその発言を聞いた者も、そうでない、理論として知り得ている者も。

「でもそれは、人殺しだ」

 殺人者だ。

 一滴の血も肉片も遺さずそのひとの存在を消し去り、人生を終わらせ、二度と呼吸する事も瞬きする事も許さないのは。家族の、恋人の、全てのひとの前からその「ひと」を奪い取るのは。

「犯罪です。躊躇わなければ。躊躇っても。それは、犯罪行為です」

 コロス。

 クラバインの呟きだけが、会議室を押し潰そうとする。

 重圧する。

 許してはいけない。

 それは。

「陛下は、ひとがひとを殺め憎しみと寂寥がこの都市に降りる事を、望んではおられません」

 それは。

「平和とささやかな幸せを。過分な高望みは必要ない。ひとは、この世でひとを生きる権利を誰もが等しく持っています」

 人生を。ささやかでもいいから。

「電脳班には捜査の続行を許可。それに伴う行動を不問。必要な申請の許諾は、アイリー次長に一任します。

 最後にひとつだけ確認しておきたい事があるのですが、ガリュー班長?」

 とここでクラバインは、いかにも真面目腐った顔をハルヴァイトに向け、小首を傾げた。

「それで、なぜヒューとアンさんがデートなんです?」

「……忘れてなかったのな、室長。このまま解散したらどうしようかと、実は、俺も思ってた…」

  

   
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