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14.機械式曲技団

   
         
(16)

  

「最後はスタッフにがっちり護衛されたリリス・ヘイワード様ご一行だとさ」

 ジョイ・エリア、目的のサーカスに一番近い警備軍派出所で待機していた電脳魔導師隊第七小隊制御系魔導師、タマリ・タマリがつまらなそうに呟くと、がちがちに緊張した面持ちで小さくなっているイルシュの手を握っていたスーシェが、無言で頷く。

「ぼくとタマリは命令待ちだけど、ウロスとケインはイルくんと一緒に周囲の…」

「………………ひとりで…行けます、スゥ小隊長」

 小さな部屋。白い壁の。その手狭な中にわざわざ運び込んで貰ったベンチシートに腰を下ろしていたスーシェと、イルシュ。タマリは開け放った出入り口を塞ぐように仁王立ちしたまま脳内展開している陣でドレイクからの情報を受けており、事務官のウロスと砲撃手のケインは並んで壁に背中を預け、不安そうなイルシュをじっと見つめていた。

 様々な事情。一旦は、城内監視システム室に移動させられたウロスと警備兵訓練校の砲撃部教官に収まったケインは、揃ってグラン・ガンに呼び出された時、スーシェの階級復帰とタマリの帰還を喜びあったものだった。

 ふたりは、元の上官、ゲイル・スノースが嫌いだった。そう強くもないくせに小隊長だからといって威張ってばかりで、重要な…、例えば失敗したら責任を取らされるような任務は、決まってスーシェに押しつけていたのだ。それでも文句を言わない(タマリはよく影で愚痴っていたのだが)スーシェとタマリがいたから、なんとかかんとか自分を騙し騙し小隊に所属していたようなものだった。

 そのスーシェが階級を復帰して小隊長になり、タマリも戻って来るという。隊に戻るかと笑わないグランに問われたふたりは、どうして自分たち以外の誰かにあのスーシェとタマリを任せられようか、と頼もしい答えを返す。

            

「noiseの発生源として収監されたイルシュ・サーンス少年が、お前たちの上官になるとなっても、その返答に変わりはないか」

           

 グランはそう問い直し、ふたりは…。

「スゥ小隊長は、サーンスの意見を尊重なさるべきでしょう。なぜなら、彼は、志正しく潔い、我らの同朋だからです。ねぇ、スゥ? あなたがサーンスを心配なさるのは、よく判る。しかし彼はひとりで出来るという。では、信じましょう。信じてやるべきだ」

「同じく」

 冷たいくらいの口調で嘘臭くすらすら答えるケインと、いつもそうであるように短く同意する、ウロス。

 ふたりは。

 イルシュ少年の成り行きを事細かに説明された上で、こう答えたのだ。

            

「その少年が魔導師であり、大隊長の「部下」であろうとするならば、なぜ、我々が彼を拒絶できましょうか。スゥは了解を? タマリは納得を? では、少年をなぜ疑いましょう。

 かのガリュー魔導師と渡り合ったというのなら、その上で警備兵となったのならば、否定も反抗も、意味がない」

             

 饒舌なケインの答えを、ウロスは首肯するだけで答えに変える。

「何度もわがまま言って、ごめんなさい。あの、おれ…」

「しかしながら、サーンス。君は第七小隊に所属しているのだから、そう、その行動の責任はつまりスゥ小隊長にある。だから、逐一現在位置と状況をウロスに報告する義務があるのを、忘れないように」

 ね? とケインは、彼にしては珍しく親しげに言い足し、不安そうな表情のイルシュに小首を傾げて見せた。

「右に同じ」

 言って口元に不器用な笑いを載せたウロスを、ケインが目だけを動かして見る。

「君はわたしの右に居るじゃないか。右に同じ、というのはおかしくないか?」

……………屁理屈だ。

「左と同じ」

 言い返し、肩を竦めるウロス。

「あはは。んじゃ、タマリさんは後ろに同じ。それにさ、すーちゃん。こっちだって人手がいるワケだし、なんでもかんでもアリちゃん任せに出来ないんだしさ、諦めようよ、ね? へーきへーき! イルくんはちっこいけどアタシらの部下なんだから、自信持とうぜ」

 イルシュ以上に不安そうな表情のスーシェに顔だけを向けたタマリが、ニコニコと笑う。

 判らない訳ではないのだ、誰も彼も。ここにイルシュが監禁されていた部屋があった場合、少年をひとりにするのは、好ましくない。

 不安になる。思い出す。恐怖に震える。

 ミナミのように、フィードバックするかもしれない…。

「いい? イルちゃん。なんかあったら…怖い事とかあったらさ、ちゃーんとうろんちゃんに助けてーって言うんだよ? それさ、ちっとも恥ずかしい事じゃないんだからね? そしたら、タマリさんが悪いヤツらぶっ飛ばしてすぐ駆け付けたげるからさ」

 黄緑色の髪を揺らしたタマリが、凍り付いてしまった笑顔で言い置き、一歩踏み出した。

「タマリより、わたしの方が早いと思うけれど? 何せ、自由に動けるんだから」

 背中で壁を突き放したケインが、ぶつぶつ言いながらタマリを追いかけて行く。

「まぁ、そういう事だ」

 何がそういう事なのか、ウロスはひとり言みたいに呟いてイルシュにウインクして見せた。

「…イルくん…」

「おれ…は、大丈夫です。助けてって言えます。それにおれには…」

 白い壁の、小部屋。

 イルシュは一度ぎゅっと瞼を閉じ、それから、スーシェの手を放して立ち上がった。

「いつだって小隊のみんなが着いててくれてるって、そう思ってます」

 少年は、あの小部屋と決別するための一歩を、固い笑みで踏み出した。

           

          

 リリス・ヘイワード一行が主天幕を出たのを確認してからデリラは、身を隠していた操作天幕の影からするすると抜け出した。

 足早に主天幕に向かい、明かりの満ちたその場所へ踏み込む。

「デリ!」

「おう、無事かね、ぼう…や?」

 丸盆(ステージ)中央に集められたサーカス・オブ・カイザー・ハイランの関係者と、それを取り囲む警備部隊の兵士、数人。あくまでも歩いているデリラを追い越して数名の衛視がそれに合流するとすぐ、アンは真紅の腕章に腕を突っ込みながら舞台袖へ引き返そうとした。

「おいおい待ちな、お前。どこ行くんだね?」

「機械式の展示天幕です! 向こうにヒューさんとハチくんが!」

 殆ど叫ぶように言って走り出そうとするアンに追いすがり、その細腕を掴んで強引に引き戻したデリラが、渋い顔で首を横に振る。

「索敵命令が出てんだがね、ぼうやにゃぁ」

「判ってるよ! でも、このままじゃ」

「判ってるならちゃっちゃとやんなよ。そしたら、動いてる機械式も停まんだろ?」

「……………停められる訳ないじゃないか!」

 アンは、肘の辺りを掴んだきり解放してくれないデリラの手を無理矢理引き剥がしながら、目つきの悪い同僚を睨んだ。

「索敵は見つけるだけで、停めるには別のプログラムが必要なんだよ! でも…ぼくひとりじゃそれを同時には出来ないんだ!」

 だから。

「近くまで行ってキューブを出せば、停められる…と思うから!」

「そんな自信ねぇんじゃさ、お前。「と思う」なんて不確定なんならね、行っても邪魔になんだから、ここにいな」

 デリラに言われた途端、アンがぎくりと背筋を震わせた。

 他の衛視や警備兵が、デリラの冷たい言い方に一瞬表情を曇らせる。しかしデリラは間違った事を言っているなどと微塵も思っておらず、それどころかこの発言は、第七小隊としてなら、あまりにも当たり前だった。

「出来ねぇ事ぁさ、どうあっても出来ねぇんだろうに。そう大将はいっつも言うよね。だったら出来る事ちゃんとやんなよ。あと少しで大将とダンナがこっち来るだろうからさ」

 袖に近い位置から丸盆(ステージ)中央付近まで引っ張り戻されて、アンは俯いた。確かにそうなのだ。そうかもしれない。でも………。

「でも!」

 アンは、水色の瞳を滲ませてデリラを見上げた。

「出来る事やんなよ、ぼうや。んでさ、言ってやんな。訊かれる前にあのひとらが必要としてるだろうデータを並べてやんのが、お前の役目だろう?」

 それだけ言ったデリラはその場にアンを残し、サーカスの関係者を丸盆(ステージ)から下ろすようにと、衛視に指示を出した。指名と市民コードを申告させてから、取調べのために場所を移すのだ。

 アンは、泣きたい気持ちを噛み締めた奥歯ですり潰し、ぎゅっと唇を噛んだ。ただそこに行って何も出来ず、おろおろと足手まといになるくらいなら、確かに、ここで初期索敵を済ませた方がいい…ようにも思える。

 言い聞かせる。

 きっとあのひとは大丈夫だと。

 言い聞かせる。

 あのひとは、強いのだからと…。

 アンの周囲に直径二メートルの電脳陣がゆっくりと描き出され、次々に立ち上がる、モニター状の自由領域。少年は、精一杯の速度で正確になんらかのプログラムをそれらに読み込ませ、終了と同時に、全てにエンターを書き込んだ。

 脳内でサイレンが鳴り響く。うるさいくらいに。それが幾つも幾つも輪唱して、アンを嘲笑っているかのようだった。

「照合終了順にこちらに移動し、お待ち願います。申し訳ありませんが、サーカスのみなさんは少々拘束させていただくようになります」

 並んだ十名ばかりの演舞師と整備士を見回しながら、デリラが淡々と告げる。それになぜか大した反応が返ってこなかった事を、彼は内心の訝しんだ。

 覚悟していたのか。いつかはこうなると思っていたのか。それにしては自然に不思議そうな表情が、奇妙ではある。

 市民コードなどを聞き取りされているサーカスの面々をつらつらと数えるデリラの視界の隅で、天幕出入り口が翻った。

「アン」

 硬質な声が、短く、鋭く、必要なデータを催促する。

「はい! 機械式遠隔操作を行っている陣影数三。プラグイン領域は逐次更新を繰り返し、計測不能。電速、電素数伴に、上下幅を大きく揺さぶって来ています」

「下限は」

「データ転送しますか?」

「ダイレクトに繋げ」

 一度も歩みを緩める事なく真っ直ぐアンに向かって突き進むハルヴァイトが、言いながら自分のこめかみを指先でこつんと叩く。

「外部接続端子箇所はR32、2コンマ560ダブルコンマ」

 はい。と一旦は答えたものの、アンは思わず「え?」と…目を丸くして訊き返してしまった。

「…領域…右さんじゅうに? …転送速度最高、に…にじゅうごおくろくせんまんんん?」

 素っ頓狂な声を上げてしまってからアンは、判っていたが、このひとは一体どうなっているのかと本気で思った。

 人間じゃない。

 多分、化け物でもない。

 これは…。

「……おめー…脳内領域いくつあんだよ。我が弟ながら、ただモンじゃねぇな…」

 唖然としたドレイクの呟きを受け取ってアンは、ああ、それか。と、無言で納得した。

  

   
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