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14.機械式曲技団

   
         
(35)

  

「ジュメールの「サラマンドラ」が消えた」

「…やっぱ、外界と接触させ過ぎてたのがマズかったのかな」

「まぁいい。ヤツが向こうに連行されても、こちらの戦力に影響しない。それよりも、向こうであの方の拘置先を調べさせてはどうだ?」

「……………。予想通り、「天使」は手強いだろ…。下手に接触したら、こっちの居場所が向こうにバレ兼ねねぇ」

「なら、どうする」

「ジュメールは切り捨てる。どうせあの姿だしさ、向こうに行ってもいい事なんかありゃしねぇよ。上手くすれば間者。そうでねぇなら、そのうち始末すればいい」

「幸い、ジュメールはこの場所を知らない。もう暫く泳がせるか。しかし、なぜあの方はジュメールにあの姿を与えたのか…」

「……あの方は、ただの一度だっておれたちに本当のコトを話しちゃくださらなかった…。天使の事も、悪魔の…事もさ」

           

            

 臨界式でサーカス・ブロックの電力供給が正常に復帰してから少しの間に、待機するドレイクたちの元には様々な報告が飛び込んでいた。

「スゥは?」

 思い出したように顔を上げたハルヴァイトを曇天の瞳で見つめ返し、ドレイクが短い溜め息をつく。

「神経系にも脳にも異常はみられねぇらしいが、意識が戻らねぇってよ。デリ付けて、一足先に王城エリアに帰還させるか?」

 逡巡というほどの時間もなく、ハルヴァイトが自らデリラに通信を入れる。

「デリ、スゥはどうですか?」

『まぁ、なんともねぇつうにはちょっと問題あるんスけどね…。おおむねなんでもねぇですよ』

 まさか心配していない訳でもあるまいが、デリラは意外にもそう言って退けた。

「では、待機中の移動車両にスゥを移して、タマリと一緒にこちらに急行してください」

『了解』

 伴侶としてよりも先に、衛視として職務を全うしようとするデリラの心情が如何なものなのか、残念ながら、ハルヴァイトとドレイクにはイヤというほど判り、だからデリラの素っ気無い受諾の声を、ふたりの上官は黙って受け止める。

 所在不明のミナミを探しに行けないハルヴァイトだとか、全てを切り捨てるしかなかったドレイクだとか。

「ところでよ、ハル。「ヴリトラ」と「アルバトロス」はどこに消えたんだ?」

「真相はまた闇に潜み息を詰めて、反撃の機会を狙っている、というところじゃないですか?」

「闇ねぇ」

 ハルヴァイトにしては珍しく抽象的な物言いに、ドレイクが微か苦笑いを漏らす。正直、そういう風に言いたくなる心境は、判らないでもないが…というところか。

 端的に確実に現状を示す言葉をもう少し楽しめ、そうすれば気の利いた言葉の使い方を覚える。などと勝手な事を、過去に言われたのをハルヴァイトは思い出した。

「闇か。闇っつうのは、一体何色なんだろな、ハル」

 他意のない、謎かけみたいなドレイクの呟きを聞きながら、ハルヴァイトはがらんどうで薄ら寒いサーカス主天幕を見回した。円形のステージを照らすライトの光と、客席に注ぐややオレンジかがった柔らかな光。整然と並ぶ座席の間を忙しく歩き回る数人の衛視たちは、時折憔悴し切った顔のサーカス団員に笑顔で声をかけ、暖かい湯気の立ち昇る飲み物を手渡したりしている。

 闇は、一千六百七十七万色だとハルヴァイトは思った。

 真相を覆い隠す闇は平凡な色彩でその身を偽り、いつも傍らに寄り添っている。

「……アリスたちはどこまで来てます?」

「あ? ああ、あと数分でこっち着くぜ。今…」

 パイプ椅子の背に腰を下ろして腕を組んでいたハルヴァイトが、すぐ左横の椅子に反対に座り背凭れを抱え込んでいるドレイクに顔も向けず問う。直前までの穏やかなものではなく、微かに刺を含んだ険しい声音に何を感じたのか、問われて答えたドレイクもそこで続く言葉を切った。

「……来たな」

「ええ」

 スーシェの遭遇した「ヴリトラ」と「アルバトロス」が撃退されたと聞いた時から予想出来ていた事が、現実に起きようとしている。正直、脳内の記憶領域を強制的に書き換えられたサーカス団員をこの場に置いてあまり派手な行動は取るべきでないと思っていたハルヴァイトとドレイクだったが、向こうは待ってくれないつもりらしい。

 組んでいた腕を解いて椅子の背から腰を浮かせるハルヴァイトを横目で見ながら、ドレイクは近くを歩き過ぎようとしていた衛視を呼び止め、サーカスの団員を丸盆に上げろと命令した。いつものように気安い口調で言うドレイクに朗らかな笑みに会釈を返した衛視が自分の元を離れるのを見送って、ハルヴァイトの見つめている主天幕客席後方に視線を戻した瞬間、ドレイクの人好きする笑みが拭ったように消え去る。

 同時に翻る漆黒の長上着。手の甲で叩くように捌かれたそれがふわりと空気を払って沈黙した刹那、三メートルばかりの距離を取って佇む背格好のよく似たふたりを一気に立ち上がった電脳陣が囲んだ。

 見つめる誰もが吸い込んだ息を吐くまでの短時間ですでに、八機の「フィンチ」が臨界を振り切ってこの世にましまし、十六角形の天幕内部を縦横に飛び回っていた。流線型の胴体に生えた湾曲する羽根の先端から空気の尾を引いて飛行する真白い小鳥を唖然と見上げる、衛視やサーカスの団員たち。始めて目にする本物の魔導機に言葉もない彼らが本当の衝撃を体験するのは、その数秒後の事だった。

 何もない空間を引き裂くように激光瞬き、対峙する二個の電脳陣。ハルヴァイトの正面に現れた垂直のそれは青緑の燐光を吐き出して爆裂し、そのさらに向こう、客席に隔てられ天幕壁面近くに現れた一個は流れ出す血のように真っ赤な文字列を吹き上げて爆縮した。

 眩い二色の光を認めて反射的に視線を投げる、観客(ギャラリー)。瞬き一回を挟むか挟まないか、という瞬間でありながら、二つの陣をすり抜けてこの世に顕現した二つは白と黒の残影だけをその場に取り残し、既に中間地点で激突していたのだ。

 整然と並べられていたパイプイスが羽毛のように宙を舞い、固さのないもののように無残に捻れて床に叩き付けられる。何かが高速でぶつかり合い、飛び離れ、回り込んでまた激突し弾き飛ばされていると判っても、それが何なのか理解出来ない。

 薄明かりの天幕内部を三次元で構成される透明なカンバスでもあるかのように、掃き散らかされる黒と白。残影が消えるよりも速く次の残影が生まれて火花を散らし、滅茶苦茶な前衛芸術のように残光が折り重なる。

 捻れた黒が垂直に跳ね上がった白に水平な斬撃を見舞い、折れ曲がった白から分離した白が自由落下する黒に打ち下ろされる。轟音と衝撃で天幕内部の気圧さえ変化させそうな勢いのふたつがそれぞれ後方と下方に弾丸のごとく勢いで弾き飛ばされて、ついにふたつは距離を取り睨み合い、停止した。

 そしてそれらは………。

  

   
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