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14.機械式曲技団

   
         
(39)

  

 対峙する相手を明確にする事は、絶対ではないが必要。と付け足したハルヴァイトの涼しい顔に、さすがのドレイクも呆れる。

「相手の姿見んのにこっちも姿みせようなんてなぁよぉ…」

「俺には、それが果たして「捨て身」なのかどうか、判らないがな」

 第七小隊という手駒。一般警備部隊という手駒。それまで必然的に隠匿されていたアン・ルー・ダイという隠し球まで披露して、確かに相手の戦力はある程度計れたかもしれないが、こちらの情報漏洩も痛い、と言いたそうな顔つきのドレイクに答えたのは、ハルヴァイトでなくヒューだった。

 しきりに腕が痛いと言いつつも、この報告会議(?)に同行すると言って聞かなかった警護班の班長が、不思議そうな表情で何かを待っている電脳班の面々と、薄笑みのハルヴァイトに向かって小さく肩を竦めて見せる。

「確かに乱暴な方法だとは思う。もっと上手く効率的に立ち回り、第七小隊の被った被害を最小限に抑える事も、出来たかもしれない。

 ただし、ガリューが始めから「次」を狙っていたんだとしたら、姿は見せたが「手の内は」見せないというやり方は、まるで無謀だったとは言えないだろう?」

 言われて、アンは気付く。もちろん、ドレイクやギイル、アリスも、気付いている。

「今日ここで完全に戦力分析されたのは、つまり、この俺だけだ」

「……………」

 少し面白くなさそうなヒューの呟きに、さっき目を通したばかりの行動報告を記憶から呼び出したミナミも、判った。

 アドオル・ウインからの情報、いいや、ファイランのほぼ全ての人間が知っている事実として、ハルヴァイトとドレイクが任務中にそれぞれ単独で行動するのは、おかしい。だから今日、ハルヴァイトはドレイクの傍から殆ど離れず、ドレイクだけを移動させるような指示も出さなかった。しかし、本来ならばふたりの上官と伴に行動すべきアンは逆に、殆ど別な場所にいたし、あまつさえ、「魔導師」とさえ同行していなかった。アリスもそう。デリラもそう。おまけに。

「第七小隊も解体された状態だったんだよな? ギイルたちだって、シネマ・エリアの警護任務に当たってたし」

 正常に自らのフィールドに上がっていたのは、ハルヴァイトとドレイク、それから、機械式と魔導機と組み手した、ヒューだけという事に?

 だから、電脳班は電脳班として、第七小隊は第七小隊としての力を、全くといっていいほど発揮していない。

 と、言う事か?

「でも、個別には分析されたろ」

「あくまでも「個別」にだ、ミナミ」

 一足す一が二とは限らない。

 それは、重なり合った真円(サークル)。

「とりあえず、今後の事は城に戻ってからだな、やっぱ…さ」

 溜め息のようなミナミの呟きに、誰もが無言で同意する。ハルヴァイトに至っては今日の発言は終わりとばかりに、倣岸に腕を組んで室内を見ているばかりで口を開こうともしないし。

 任務中なんだからもうちょっとやる気出せよ、と言いたいのを飲み込んだミナミが、携帯端末を取り出してルードリッヒに何か告げると、程なくして、愛想のないドアが短く二回ノックされる。

「失礼します」

 応えも待たずに開け放たれたドアの横に退去したルードリッヒの後ろから姿を見せたのは、命令違反でジョイ・エリアに忍び込んだ(?)にも関わらず、一連のムービー公開に貢献してしまったローエンス・エスト・ガンだった。

「内緒で来たのにまさか狩り出されるとは思わなかったよ、ガリュー班長。わたしの働きはお気に召したかな?」

「ええ。エスト小隊長が隠れていてくださったおかげで、王都民に被害が出ないで済みましたよ」

「では是非、その感謝の気持ちを行動で表してくれたまえ。例えば、城でわたしの帰りを待ち構えているガン大隊長に口添えし、命令違反をなかった事にするとかね」

「つうか、このひとに感謝の気持ちがあるかって基本問題は無視かい」

 思わず突っ込んだミナミに、これまた無言で室内が同意する。ハルヴァイトにあからさまな感謝の気持ちがあるとは、ちょっと思い難い。

「? この静けさは一体なんなんですか…」

 憮然とするハルヴァイトを笑ったローエンスの視線が、傷だらけのヒューに流れる。

「しかし、かの「リリス・ヘイワード」が変装の達人で、実はスレイサー班長の弟だったとは、意外だね」

「……ほっといてくれ…」

 ローエンスのにやにや顔から視線を逸らしたヒューが、疲れたように呟く。この数時間で半ば公然の秘密になったとはいえ、ヒューにとってもセイルにとっても、あまり言いふらされたくない事実なのだ、それは。

 しかも。

「……………って事は!」

 アリスがそこで、何か思い出したように悲鳴を…上げる。

「班長の片親って、あのアリシアなの?!」

 それに今度こそ大仰な溜め息を吐いたヒューが、椅子の中で腕を組み直す。

「リリス・ヘイワードがアリシア・ブルックの養子なんだから、当然、そうなるだろうな」

 これは任務とまるで関係ないだろう、と思いつつ諦めて、ヒュー・スレイサーは偉そうに開き直った。

「リセル・スレイサーというのが、アリシアの本名だ」

 そこでようやくアンは、今日、アリシア・ブルックのシネマを見た事がないと言っていたヒューが、彼の引退に驚いていた訳を知る。

「あたし、「アイロン」の大ファンなのに…」

 なぜか釈然としないアリスの呟きを、ミナミが小さく笑った。考えてみれば、色の薄い金髪と半透明な藍色の瞳の派手な顔立ちの二枚目役者が演じる、皮肉ばかりの二枚目半、という役柄は、色の濃さを変えればヒューに似ていなくもない。

「今度会ったら伝えておいてやるよ。ナヴィ家のひめさまが、大層お褒め下さったってな」

 というかだからこれは今ここでする話じゃないだろう! と本気でイラつくサファイヤ色の瞳を真っ直ぐに見つめていたローエンスが、笑ったような印象の顔に微かな影を落とし、呟く。

「秘密は得意かな? スレイサー班長。やめたまえよ、そんな茶番で人生を棒に振るのは。嘘を吐き通すつもりなら、今すぐ墓へ入るといい。その勇気がないのなら、胸を張って告白するのだ。その告白を非難されようとも、喉に痞えた冷たい固い凝りは、二度と班長を責めたりしないさ」

 告げて、薄い笑みを残し退室するローエンス。彼の翻した緋色のマントが室内の空気を掻き混ぜた、瞬間、ドレイクとルードリッヒは、奇妙に苦い顔でローエンスから視線を逸らした。

 ミナミはそれに気付いたが、あえて何か問うような事はなかった。ただ椅子から立ち上がり、去っていくローエンスの背中に小さく会釈する。

 微妙に重い空気の降りた室内に、「あの?」と戸惑うような少年の声。それでドアに意識を戻した面々は、佇むイルシュとブルースを目にして、押し黙った。

 微かに探るような気配の室内を無視したミナミが、ふたりの少年に座れと椅子を勧める。

「事前通達なんだけどさ、第七小隊は一時魔導師隊の指揮下を離れて、特務室の出向扱いになんだよ。で、それにゃぁちょっとした理由があんだけど、な? 城に戻る前に、そこんとこイルくんとブルースくんには判ってて貰わねぇと都合悪ぃんだよな」

 誰かに聞かせるような、ひとり言のようなミナミの呟き。果たしてそれは何を意味しているのか、と視線を動かしたドレイクに頷きかけてから、ミナミは改めてふたりの少年に向き直った。

「本来なら、ブルースくんは執務室待機を言い渡されてた。でも君は、それが命令違反だって知ってて」

 ミナミのダークブルーが、緊張した面持ちのイルシュを見つめる。

「……イルくんを「助けに」来たんだよな」

 助けに。救いに。あの部屋からイルシュを連れ出しに。

「それで、間違いねぇ?」

「はい」

 問われたブルースは、赤銅色の瞳でミナミを見つめ、それから、傍らで俯いているイルシュを見つめ、迷いなく答えた。

「俺はそれを命令違反だなんて思わねぇし、ひととしてさ、ブルースくんが間違ってたなんても思わねぇし、何より、君が居てくれたおかげで、イルくんだけでなく、俺たちも助けられたし…」

 それから。

「ジュメール・ハウナスは「出口」に気付いた」

 始めて聞く名前に、ドレイクとアリスが首を傾げ合う。

「だから、命令違反は不問。この件については、結果オーライ方式を採用する」

 誰かのように乱暴な方法でその場をやり過ごしたミナミの無表情に、しかし、ドレイクは渋い顔のまま。

 ハルヴァイトは相変わらず涼しい顔で、どこか明後日の方向を見ている。果たしてこの恋人が今後どう振る舞うのか、と思ってからミナミは、どうもこうもねぇかと自分を納得させた。

 どうもこうもない。この恋人は、多分、ミナミの思うように答えるだろう。

「ただし、問題は残ってる。俺は君たちに重要な任務を与えてぇと思ってるけど、信用するには、まだ、足りてない」

 ミナミにしては珍しい言い方に、ヒューは内心首を傾げた。

「でも、さ。俺は、勝手にだけど、ブルースくんに期待してるよ。君は、この問題の解決方法を知ってるって」

 命令を振り切ってイルシュを助けに来た、今のブルースならば。

「……………」

 無表情に見つめてくるミナミのダークブルーに緊張した表情を向け直したブルースが、衣擦れの音だけを纏って立ち上がる。ミナミは聞いた。ルードリッヒも、イルシュも…。だから少年はすでに、孤独と反抗で身を守る必要がなくなったのだ。

「ガリュー班長」

 呼ばれたハルヴァイトが、冷え切った鉛色をブルースに向ける。

「先日は、申し訳ありませんでした」

 その視線に臆する事なく毅然と言い切ったブルースが、深々と頭を下げる。それに、一体いつどこで何があったのか、と目を白黒させる周囲をよそに、空気を読むなどという面倒には注意さえ向けないハルヴァイトの、あまりにも場違いな返答が続く…。

「どういたしまして」

 いや、それは。

「つうか、もうちょっとなんか他の対応ねぇのかって…。多分、アンタが思ってるより、ブルース君はかなりの覚悟でここに来てんだぞ」

 予想通りのすっとぼけた答えに、ミナミはわざと普通に突っ込んだ。

「でもですね、ミナミ」

 椅子に座ったまま弱ったように眉を寄せたハルヴァイトが、組んでいた腕を解いて鋼色の髪をかきあげる。

「実際わたしは、ああ言われても仕方がないんですよ? ただ、彼がわたしにここで謝ったのは、「自分が間違っていると判っていたのにわたしを糾弾した」事……」

「つうか待て」

 いやいや。

 ぎょっとしたブルースとハルヴァイトの顔を見比べていたミナミが、無表情にハルヴァイトを睨む。

「なんでアンタが、「それを知ってる」よ」

 そう、なぜだ?

 なぜハルヴァイトは、ブルースが自らの卑屈さを隠すために孤独と抵抗を選んだと知っているのか。

「えーーーーーー……」

 ミナミ、ハルヴァイトから目を離さず。

「それはですねーーーーーー」

 ハルヴァイトのほうが、ミナミの視線から逃げた。

「ひとりよがりの孤独と頑なさは頑健な鎧に見えて、そう長く保てるものではない。愚かしくも、少年時代の殆どをその灰色で覆い辺りを遠ざけて来たハルヴァイトだからこそ、ブルースの鎧った孤独と頑なさが脆く、戸惑いに満ちており、理想と現実との違いを埋められないままお前たちのような化け物連中の最中に放り出され、その鎧を解く暇も与えられなかったのだと判ったのだろう」

 その、恋人たちの間に蟠った奇妙な膠着状態を砕いたのは、抑揚もなく冷たい声。

「だが、その結果に至るには膨大な情報を処理しなければならない、というのを付け加えておこう。つまり、この場合ハルヴァイトの弾き出した答え、ないし間違った答えに至る道筋は幾百通りあったが、幸運にも、ハルヴァイトには「ズル」する要素がひとつだけ残されていた」

 唖然とするブルース。見開いた赤銅色の瞳に短く笑いかけたそのひとは、クリーム色の長上着にスラックスという柔らかな印象を、灰色の髪と剃刀色の冷たい瞳、削いだように鋭角的な容貌で全て台無しにしていた。

「ヘイゼン!」

 ようやく回転し出した頭で相手を認識した少年が悲鳴を上げると、ハルヴァイト、ドレイク、アリスが椅子から立ち上がり、その場で敬礼する。

 ヘイゼン・モロウ・ベリシティ。現在第七エリア制御室をひとりで監視している、元電脳魔導師隊第五小隊小隊長。グランの「ヴリトラ」に並ぶ臨界第一位の魔導機「オロチ」を操る、攻撃系魔導師。

「わたしが留守の間に、王城の規則は様変わりしたのか? わたしの記憶通りなら、衛視は技師どころか、陛下にも敬礼などしないものなのだが」

 判り難い苦笑を含んだ呟きとともに室内へ踏み込んで来たヘイゼンは、漆黒の制服に身を包んだハルヴァイトたちを一瞥してから、その、まったく感情の読めない色の薄い瞳をミナミに据えた。

 何か、緊張に似たもの。

 剃刀に似た鋭利な視線。

 それを真っ向から受け止めて無表情に、ミナミは「はじめまして」と短く言ってぺこりと頭を下げた。

「特務室からの緊急要請につき、第七エリア制御室より当ジョイ・エリアサーカス・ブロックの通信網を臨界式で復旧した旨のご報告を差し上げたいのですが? …」

「王下特務衛視団準長官のミナミ・アイリーです」

 ほんの刹那の探るような空気を察したミナミが答えると、ヘイゼンの口元に申し訳程度の笑みが降る。儀礼的な愛想笑いで承知した、といういかにも取って付けた表情だったが、ミナミはそれを不快だとも不愉快だとも思わなかった。

 なぜなのか。

「……………………」

 さすがのミナミもここで、迷った。

 申し訳ないが、と自分に前置きしたミナミが、微かに戸惑うようなダークブルーの瞳を傍らの恋人に向け無言で小首を傾げる。それを笑みもなく受け取った恋人は一度だけ室内を見回し、それから、諦めたように短く溜め息を吐いた。

「私事で失礼なのですが? モロウ技士」

 そう、申し訳ないのだが、ミナミには、ヘイゼンにこうまで探るよう見つめられる覚えがないのだ。確かに彼の資料に目を通したりしてミナミはヘイゼンを「知って」いたが、ヘイゼンは、余程王城エリアの情報に明るくなければミナミの名前さえ知らないだろうし、証拠に彼は、真紅の腕章に黒い線を入れた青年の名を自ら問うたし。

 なのに、探るような視線。

「何か? ガリュー衛視」

 剃刀色の瞳が旋廻し、ミナミから離れてハルヴァイトを捉える。

「あまりミナミを脅かさないでくださいませんか? ヘイゼン小隊長の質問には、報告が終わったら即刻わたしがお答えしますから」

「…………そうか」

 ハルヴァイトからまたも旋廻しミナミの頭上に戻る、冷たい視線。しかし、答えて、瞬間だけ、その冷え切った瞳に微かな笑みが浮かんだ事を、全てを観察し尽くそうとする青年は見逃さなかった。

 なんとなく、笑いたい気持ちになる。

 今日までの色々な事を思い出す。

 その上でミナミは、気付いた。

「………………………結局アンタもさ、自分で思ってるほど世の中と無関係じゃなかったし、無視出来なかったし、そういう…フリ? つうのかな、それさ、続かなかったんだよな…」

 呟いて薄く笑んだミナミに視線を流す、ハルヴァイト。

「だからアンタは切り替わる必要があって、だから、ブルースくんにもそういうきっかけが必要だったって判ってて、………ズル…」

 不透明な鉛色の中で、金と青とに彩られた綺麗な青年がふわりと微笑む。

 全てを、許し…。

「ヘイゼンさんからの情報…。

…つうかさ、それ、アンタにしちゃぁまともな行動過ぎ」

 すかさず突っ込んだ。

「………なんでこうここのひとたちは、いい雰囲気持続しないんだろう…」

 と。ここでは純然たる第三者のルードリッヒが、嘆息混じりに肩を落とした。

  

   
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