■ 前へ戻る   ■ 次へ進む

      
   
   

15.赤イ、毒ニ濡レタ月

   
         
(5)

  

 呼び出されたミナミが電脳班執務室に現れたのは、デリラとアリスが会議で使用するディスクの整頓を終え、第ニ会議室に臨界式ディスクの投影システムを設置に行っていたアン少年が戻って来てすぐの事だった。

「つうかさ、俺はなんで呼ばれたワケ?」

 開口一番不満げにでもなく、つまり無表情に言い放ったミナミに婉然たる笑みを向けた赤い髪の美女が、無言でお茶を差し出す。

「………怖いんだけど? アリス」

 微かに頬を引き攣らせながらも、示された応接セットのソファに腰を下ろす、ミナミ。

「まぁ、単純な話としてね、ミナミに教えて貰いたい事があるのよ」

 あくまで朗らかなアリスの表情とは裏腹に、デリラとアンの気配は冴えない。アンの気分が重い理由はなんとなく判っていたものの、デリラは? とミナミは一瞬戸惑ったが、すぐに、ハルヴァイトとドレイクが医療院に呼ばれたのを思い出し、解決した。

 電脳魔導師隊に所属していた頃、正直、彼らの存在は抑止力みたいなものだっただろう。しかし今の彼らは間違いなく、未知の魔導師と実戦を交える前線に投入されたようなものなのだ。ここに来て理解しなければならない事、知っておかなくてはいけない事が各段に増えたというのは、ミナミにも判る。

 そう思ってみてからミナミは、ここでも一抹の不安に駆られた。

 まるでこういう事態を以前から想定していたかのように、ミナミの手に渡ったあの…赤い表紙の本。創世神話の元になったという原本は、ミナミという魔導師でない者に臨界の全てを教えようとしている。

 そしてハルヴァイトもまた、全てを読み解く権利と責務がミナミにはあると言った。

「うん、判った。で、何が知りてぇの?」

 意外にも面倒な質問などせずに頷いたミナミの無表情を見つめたまま、アリスも頷く。多分、訊きたい事は山ほどある。判らないまま不安がりたくない事も。

 核心から突くか、それとも遠回しに行くか、と数瞬思いを巡らせるアリスに目配せしたデリラが、ソファの中で居住まいを正す。

「まずですね、ミナミさん。おれが一時報告でも提出したし、第七小隊の方からも出たと思うんですけどね? あの「ヴリトラ」と「アルバトロス」は、どうやって移動してたんスかね」

 座った濃茶色の細い目に見つめられたミナミが、うん、とひとつ頷く。

「自分と魔導機を直接繋いで命令系のプログラム省くって方法が、実はさ、存在すんだよ。ただしそれって…正直、すげー危ねぇ事だし、魔導機と魔導師の間に特別な契約も必要だし、原理自体は結構知ってる人いるらしいんだけど、制約とか、危険度とかの関係で、今ファイランでそんな無茶してんのはあの人くれぇ」

「そんな危険なのに、でも、彼らは当然のようにその方法で移動してたわよね?」

「ジュメールくんも使ってるってさ」

 ミナミの無表情が室内を見回す。

「……。あの方法、直結開門式ってんだけどさ、普通に操作陣で魔導機動かすより、お互いの脳が感じるストレスは少ねぇんだって。ただし両者が常に通信してて、こう、全部繋がってる訳だから、例えば魔導機が破損した場合は…」

 破損、という言葉は、なんだか現実味がなかった。

「魔導師も「壊れる」」

 わざとなのだろうか、ミナミはその時、まるで魔導機も魔導師も同じ「機械」のような扱いをした。破損する「魔導機」。壊れる「魔導師」。しかしそれは両者を「物」に振り分けたのではなく、そういう風に扱わなければこの無表情を保てないからなのではないかと、デリラはまっすぐにミナミの物憂い表情を見つめ、思う。

 なぜならば。

「あの「noise」騒動ん時、大将の「ディアボロ」、その直結状態で「サラマンドラ」の体当り食らってましたよね、ミナミさん」

 あの時、広場内で暴れるイルシュの「サラマンドラ」をハルヴァイトとドレイクが停めたのに立ち会っているのは、デリラとミナミだけ。アリスは本部にいたし、アンに至っては防電室に放り込まれていたのだ。

「………………」

 酷薄とも取れるデリラの質問に、ミナミは答えなかった。ただ無言で肩を竦め、首を横に振っただけで答えに変えようとする。

 言いたくないのか。

 思い出したくないのか。

 ミナミに、忘れられる訳などないのに。

 それ以上意地の悪い質問を繰り返すつもりはないデリラも、無言で肩を竦めこの話題に終止符を打つ。あの時、ハルヴァイトに目立った外傷がなかった事は誰もが知っていたし、全治四日の打撲はヒューの責任だったし、と心の中でだけ納得しようとしたデリラの耳朶に、溜め息のようなアンの呟きが弾ける。

「…だからガリュー班長、サーカスの天幕内で「ディアボロ」を出した時は、ずっと陣を張ったままだったんですね」

 どこで、何を、どう使うか。

 ハルヴァイトは判断する。

「俺はその時の事見てねぇから報告でしか知らねぇんだけどさ、あの「アンジェラ」って魔導機は恒常防御圏てのに守られてて、一定のダメージは本体に届かねぇようになってたんだよな」

 ミナミの言葉に、厳しい表情で頷くアリスとデリラ。

「あの「アンジェラ」? を攻略するつもりなら、相当大掛かりな観測機材と特別な装置が必要みたいね…。向こうの目的がアドオル・ウインの奪還だとしたら、相手はまた来るでしょうし」

「一緒に出てきた赤い「フィンチ」にしてもね、一筋縄じゃ行かねぇんだろうしね。もしかしたら、特殊ジャマーでねぇとダメなんじゃねぇのかね」

「しかも向こうが開門式で動いてるとしたら、行動範囲は無限に近い訳じゃないですか? ガリュー班長はどうにかなるにしても、ぼくには手も足も出ませんよ」

 それぞれが何気無く感想を述べ、俄かに、室内に思い空気が満ちた。

 口を閉ざし何事かを考え込んでしまったアリスたちを観察者の双眸で見つめ、しかし、ミナミはそれを否定する。

「だからこそ、さ、あの人とミラキ卿には、アリスとデリさんのサポートとアンくんが必要なんだと、俺は思うよ」

 一足す一を、ニ以上にするために。

「まぁ、その件についちゃぁ、ここで俺たちがどうこう言ってもしょうがねぇよ、今は。あの人とミラキ卿は絶対退かないし、押すからには、負けるつもりねぇんだろうし」

 言ってミナミは冷えきったコーヒーを一口飲み、吐きそうになった溜め息を無理矢理押し戻した。

 苦い液体が喉に痞える感じ。不安。それを払拭する理由が見つからなくて、ミナミは長い睫を伏せる。

 見えない敵というものがこうも人を不安にさせるものなのかと、アリスもデリラも思う。

「…でも、勝機がないとは言えませんよ」

 しかしアンはそこで、唯一この場に居る魔導師としてきっぱり言い切った。

「ガリュー班長は、全て「判ってる」はずですから」

 何がどう判っているのかとは言わないまでも、固い笑みで室内の杞憂を振り払おうとする、アン少年。彼は魔導師として、ひとつの可能性に思い当たっていた。

 躊躇いはあったが。

 口には出せなかったが。

 ハルヴァイトは、臨界ファイラン階層攻撃系システムなのだ。

 だから何が出来るのか、それはアンにも判らない。しかし、以前ローエンスがやって見せたように、通常の魔導師では考えも及ばないような奥の手を、ハルヴァイトは持っているはずだ。

 そうね。と崩壊しそうな笑みで小首を傾げたアリスから、無表情に見つめてくるミナミに視線を戻したデリラが、またも口火を切る。

「それとですね、ミナミさん…。あの日、スゥが意識を失ったのに「スペクター」が動いたのは、なんでなんスかね」

 関係ない。という冷たい声が、デリラの耳の奥でこだまする。

「それ、なんだけどさ」

 言ってミナミは、ちょっと困ったように眉を寄せ、軽い溜め息を吐いてから金色の髪をかき上げた。

「俺さ、実は、まぁいろいろあって、魔導師しか知らねぇ「臨界の理」っつうの? それをさ、普通のひとよか少しだけ多く知ってんだけど…。

 その上で言うんなら、なんで「魔導機」は勝手に動かないってみんなが信じてんのか、不思議なんだよな」

 その、微妙に誰かっぽいミナミのセリフに、アリスたちが顔を見合わせる。

「って? ミナミ…。もしかして君、動いて当然だと思ってるの?」

「いや、当然、とまではいかねぇけど、「スペクター」なら可能性あるくれぇは、思ってる」

 意外にも素っ気無い肯定に、誰もが当惑した。確かにミナミときたらどの魔導機にも平気で触ろうとするし、命令するし、突っ込むし、しかもそういう意味不明な行動に対して、魔導機たちの方も反応を示すのだから、何かこう、感覚的に自分たちと違っているとは薄々感付いていたが…。

「あたし、結構今悩み事多めなんだけど? ミナミ」

「? ああ、そう?」

 テーブルに身を乗り出したアリスに下から睨まれたミナミが、無表情ながら後退り、どさ、とソファの背凭れにぶつかった。

「だからせめて、気持ち的にクリアになりたいなー、なんて思ってるの」

「…………精神衛生上いい心がけじゃねぇ? それってさ」

「そう思う?」

 迫力のある笑みで切り返されて、ミナミはこくこくと頷いた。

「じゃぁまず、君、その………」

 言いながら身を起こしたアリスが、真っ赤な髪を盛大にかき上げてからいかにも不愉快そうに、言い放つ。

「ハルみたいな言い方やめてくれない?」

 言われたミナミは硬直し、唖然とし、言った途端にアリスは相好を崩してにやにやし、デリラとアンが…吹き出した。

「いや、おれもね、実は思ったんスよ。でも、言ったら悪いかなとですね」

「う、あ、いえ、すいませ…ん…」

 謝っているらしいがどうにも笑いの堪えられないデリラとアンを無表情に睨み、ミナミも唸る。

「つうかさ、俺も言ってからまずいなとは………思った」

 それでいっとき朗らかな空気が室内に戻り、アリスはくすくす笑いながら「新しいコーヒーでもどう? ミナミ」と青年に訊き立ち上がった。

 思いましたよ、どうせ。と微かに拗ねた顔つきを笑い続けるデリラとアンから逸らして、自分の膝に頬杖を突く、ミナミ。

「てか、ヒューだって似たような事言う時あんじゃん」

「でも、ミナミの口から出るとハルしか思い浮かばないわよねぇ」

「連想ゲームじゃねぇっての」

 一旦は引っ込められたカップが戻って来て、ミナミはアリスたちから顔を背けたままそれを手に取り、薄い唇を寄せた。

 思わず、自分でも笑いが出そう。

 でも、だから、か。ハルヴァイトの反応の意味が、少し判る。

 目の前に顕現する事柄が理論と理解の途中であった時、何も知らない者には不思議に見えても、その最初と経緯を知っている者にならばそれは、不思議でもなんでもないのだ。

 一息ついて、アンとデリラの笑いも収まったのを見て取ったミナミは改めて三人に向き直った。

 アンはミナミの左向かい、壁際に座り、両手で包んだマグカップを膝の上に載せていた。第七小隊時代からの愛用品である、薄い黄緑色に桜色の花が描かれた可憐なデザインのカップは、清潔でまっすぐな少年のイメージにとてもよく似合っている。

 アンと肩をぶつけるように、寄り添うようにしてミナミのほぼ正面に座っているアリスは丁度、華奢な淡い藍色のカップをテーブルに残したソーサーに戻すところだった。こういう時に育ちの良さが出るのか、かつんとも騒音を立てない丁寧な手つきでカップを置き、眩しいほどに赤い髪を揺らして小首を傾げる。

 そのふたりに背を向けるようにしてソファの肘掛に軽く腰を下ろしたデリラは、相変わらず座った目つきで正面を眺めているだけで、応接セットの内側には興味がないように見えた。愛想のない黒いコーヒーカップに回されたごつごつした指には、射撃訓練で出来たのだろうマメが浮いている。

 そしてミナミは。

 ミナミは、地味なベージュのソファにゆったりと降りた影のよう。綺麗な面差しを飾るダークブルーと金色の髪。長い睫。漆黒に緋色の制服が当たり前になってしまっても尚、こんな時、青年を見つめる誰もがふと思う。

 取り巻く空気さえ大きく揺るがない、貫き通す無表情。

 しかし彼は誰よりも強く脆く、綺麗。

 危うい均衡。

 そのダークブルーはそして、全てを見透かす、観察者の瞳。

「魔導機に「命令」が必要なのはさ、魔導師がそう思ってるからなんだよ」

 全てを、見透かす。

「つっても、全部の魔導機が自由に動き回るかつったら、それは判らねぇ。

 まず、さ。

 基本的な話として、魔導機ってのは「AI」の種類で階級が決まってる。これは絶対。階級は一位から九位まであって、魔導機は必ず、どれかに分類される」

「じゃぁ、「ディアボロ」もどの階級かに属してるって事?」

 誰から出てもおかしくない質問をアリスが代表して口にすると、ミナミは小さく頷いた。

「俺が間違ってなきゃ、「ディアボロ」は九位だ」

 ミナミのきっぱりした言い方に反比例して、アリス達は顔を見合わせた。

「一位じゃないんですか?」

「うん。あのさ、アンくんの「キューブ」って、何位?」

 問われたアンが、「七位です」と即答する。

 臨界第一位の代表的な魔導機といえば、グランの「ヴリトラ」か。大型ながら流麗で精緻な動きを実現出来る、高等魔導機。そしてアンの、あの白い立方体の群れが「第七位」。だとしたら、単純に考えても、「ディアボロ」は一位なのではないか? という室内の空気を一蹴するように、ミナミは首を横に振った。

「「AI」の階級を決めるのは、その理解力と知能の高さなんだよ」

 これもまた意外。

 魔導機の「AI」に、そんなものが…あるのか?

「だからさ、魔導機ってのは頭いいんだよ、ホントに。

 もしイルくんの「サラマンドラ」に会ってなかったら俺だってちょっとは疑ったかもしんねぇし、ジュメールくんの「サラマンドラ」の前に立つなんて怖い事出来なかったかもしんねぇけど、魔導機ってのにはちゃんと意思があって、目的があって、魔導師の呼びかけに応答して、…………、臨界からこっちに来てんだから」

 そこでミナミは、何か、言いかけた「何か」を口にする事を躊躇った。それがなんなのかアリスやデリラ、アンには判らなかったが、彼らはあえてその飲み込まれた「何か」に対する質問をしなかった。

「でさ、じゃぁなんで「ディアボロ」が九位なんだ、って事になると思うんだけど。ミラキ卿の「フィンチ」が八位だって、知ってた?」

 今度こそ驚愕に近い息を飲む気配に、ミナミが肩を竦める。

「信じられねぇ? そうかもな。でも、間違いねぇんだよ、これも」

 正直、もしかしてそうなのかと思ってドレイクに「フィンチ」の階級を問い、「八位だ」と聞いた時は、ミナミにもすぐには信じられなかった。

「階級を決めるのは知能の高さと理解力。ところがそれに自己判断力と命令の受諾能力…まぁ、早い話が従順さなんだけどさ、それが絡んで来ると、階級ってのの正体が判り難くなんだよ」

「つうか、おれにゃぁもうさっぱり訳判らねぇんですがね、ミナミさん」

「単純に言うなら、「ヴリトラ」と「サラマンドラ」は頭が良くて素直。知った名前使うなら、「スペクター」とか「ダコン」とかもそう。学習知能領域とかいうのに差があるからそこで多少階級は変わるけどさ、だいたい、五位くらいまではそんな感じみてぇ。

 で、六位にエスト卿の「アルバトロス」がいんだけど、それは、他に比べて知能が低いから階級も低いだけじゃなくて、「アルバトロス」ってのは、比較的自由を好むから、時々さ、命令無視すんだよ」

「従順さが低いから、階級が低くなるって感じなの? それじゃぁ」

「そう。一応、「AI」の機能で魔導機の基本形態が決まってるとすると、ナイ卿の「クラウド」が五位なのに、エスト卿の「アルバトロス」が六位、ってのも、モデリングからみたらなんか変じゃねぇ? どう見ても、「アルバトロス」の方が複雑っぽく見えんじゃん」

 一概に外見だけで判断出来るものでもないが、確かに、言われてみればそうだ。

「………………あの、ミナミさん? 今の話から言うとですよ? ぼくの「キューブ」が七位なのは、知能が低いからっていうのは判りました、けど、タマリさんの「アゲハ」は…」

「「アゲハ」も、アンくんと同じ七位なんだよな?」

 それにまたもや、アリスとデリラが目を剥いた。

 最早何がどう基準なのか、さっぱり判らない状況。

「七位ってのは、際なんだよ、階級のさ。一位から六位までは素直さみてぇな要素があんだけど、七位には、それがない。ない代わりに、七位の「AI」は全て命令通りに動いて、絶対に裏切ったり間違ったりしないし、魔導師のスペックとかってのを百パーセント転嫁する」

 そこで、アンが「あ!」と声をあげた。

「だからなんですか? 同じ七位でも、ぼくとタマリさんにスペックの開きがあるから、「キューブ」と「アゲハ」があんなに違うのは」

「そもそも「AI」の機能が違うってのもあるけどさ、つまりはそういう事。もしもタマリとアンくんが同じ魔導機を操っても、ふたりに同じ事は出来ねぇんだ」

 徐々に判って来る。思考の薄靄が晴れていく。

「一位から六位までは知能がある程度高いから、逆に魔導機が命令を利いたり利かなかったりする。でも、七位は知能が低い代わりに、命令してやらなくちゃその機能を発揮できない」

 確かめるように呟いたアンに、ミナミは頷いて見せた。

「その、命令を利いてくれようとする気持ち? の高いのが一位で、低いのが六位って訳ね」

「そうなるとですね、ダンナの八位と、大将の九位ってのは?」

「知能だけなら、ミラキ卿の「フィンチ」は第二位の「スペクター」並なんだけどさ、とにかくあれは気紛れらしくて、制御が難しいらしい」

「「「…………………それでか!」」」

 とこそで、アリス、アン、デリラが顔を見合わせ、同時に叫んだ。

「何が?」

 その奇妙な一致に首を傾げる、ミナミ。

「いや、ね。ダンナが時々ぶつくさ言うんですよ、今日は機嫌が悪ぃとかなんだとか」

「そういう時はきまって、「フィンチ」にかわいいとかいいコだとか話しかけるしね」

「それでもダメなら叱りますし」

 理由が判らなければ奇異な行動にも映るが、我の強い「小鳥」を調教しているのだと思えば、少しも不思議ではない。

「まぁ、それ含めて考えても、知能も自己判断能力も高いのが第八位。その判断力のせいで言う事利き難いのが、特徴らしいけど」

 となると問題は?

「じゃぁ、九位は?」

 三人の視線が、苦笑いのミナミに突き刺さる。

「知能の高さは全階級中一番だけど、命令されるのを極端に嫌う」

 それは?

「事実上、操作は不可能」

 つまり?

「「ディアボロ」は、魔導機の範囲外にいると思っていいんじゃねぇ?」

「じゃぁ、ハルはどうやって「ディアボロ」を動かしてるっていうの?」

 殆ど悲鳴のようなアリスのセリフにも、ミナミは無表情なままだった。

「それは判らねぇ。あの人、それだけは教えてくれなかった」

 本当は。

           

「いや、まぁ…、話し合いの結果、ですか?」

        

 などと曖昧な笑みで、ミナミの質問には答えてくれなかったのだが。

「とにかくさ、こっからが本題なんだけど、今までの話を前提にするなら、意識を失う前にスゥさんが、もし、「スペクター」…つうか、あれの実体は「バロン」って四足歩行型の魔導機らしいんだけど、その「バロン」に「何か」を伝えてたとして、「バロン」がそのスゥさんの言葉? 意思? をやり遂げようとしたなら…」

 知能が高く。

 従順に。

 スーシェを悲しませないように。

「バロン」が行動したとしたら?

「……………………動いてもおかしくはない。かもしれないけど、ねぇ、ミナミ…」

 戸惑うアリスの視線が、黙り込んだデリラの背中に向けられる。

「術者に意識がなければ、エネルギーの供給は…」

「アリスさん」

 とそこで、アン少年がアリスを振り向いた。

「短時間なら、術者に意識がなくても魔導機は動けます」

 ミナミのダークブルーが、アンの横顔を見つめる。

「接続不良時、ぼくらはほとんど意識の定かでない状態でも陣を立ち上げるでしょう? あれと同じ原理だと思います。意識ではなく、無意識に、臨界との接続を解放する状態です」

「臨界第七位以外、事故判断能力を持つ魔導機には、「禁則解除」って機能があんだよ。魔導機と魔導師の間になんらかの契約が成立して、特定コマンド割り当ててやれば、魔導機が自己判断で動き回ってくれんだって」

 ではもしそれが、偶然、「バロン」に起こったとしたら?

「…………偶然……なのかね」

 アリスとアンに背中を向けたまま難しい顔で腕を組んでいたデリラが、独り言のように小さく呟く。

「偶然って言い方は、適当じゃねぇと俺は思う」

 ミナミは、アリスとアンに向けていた視線をデリラの横顔に移しながら答えた。

「ホントはさ、他にもいっぱい色んな要素があんだよ、俺が「これは偶然なんかじゃねぇ」って思うまでにはさ。でもそれは、ホントに、膨大な情報と少しの想像力で出来てて、俺は、それをデリさんたちに上手く説明出来ねぇから、でも、デリさんと、アリスと、アンくんには判って欲しいと思うから、結果だけはちゃんと言う」

 青年はいつもそうであるように無表情に、しかしクリアに真っ直ぐに、対峙する三人を見つめ返した。

「スゥさんが「バロン」を、やっと、受け入れたって事だよ。だから「バロン」はスゥさんのために、臨界を………振り切った」

 その時スーシェに何があったのか。

 その時「バロン」に何があったのか。

 明白なのは。

「そういう事があるってのは、デリさんたちだからこそさ、判ってるって、俺は思ってる」

「ディアボロ」が臨界を振り切って。

「サラマンドラ」が臨界を振り切って。

「スペクター=バロン」が臨界を振り切って。

 彼らは、付き従うだけのものではなく、人を。

「人が人だから、さ、弱くて脆くて情けなくって臆病だからさ、魔導機たちは、臨界って異世界を身近に感じて怯えてる「人」のために、こっちに来てんだよ」

 だから。

 不意にデリラがソファの肘掛から腰を浮かせ、手にしていたコーヒーカップをアリスの手に押し付けた。

「…すぐ戻る………。ミナミさん……」

「なに?」

 どこへ行こうというのか。しかしアリスもアンもデリラに何も問わず、ミナミだけが、呼ばれて彼に顔を向ける。

「おれぁ、ダメですかね」

 意味不明の質問。ミナミは、微かに笑った。

「ダメじゃねぇよ」

「…ありがとうございます」

 薄笑みの唇で少し照れたように呟いたデリラが、長上着の裾を翻し執務室を風のように飛び出して行く。

「何がどうダメで、なんでダメじゃないんですか? ミナミさん」

 消え去ったデリラの背中を探すようにきょときょとしていたアンが、小首を傾げてミナミに視線を戻すと、ミナミは、少年にふわりとした笑みを向け、小さく肩を竦めた。

「いつかアンくんの恋人が同じ事で悩んだら、教えたげるよ。つうか、まずその恋人を作るトコから始めねぇとな、アンくんの場合」

「………。意外と酷いこと笑顔で言わないでくださいよぉ、ミナミさん!」

 少年の悲鳴が電脳班執務室から特務室に漏れ、居残りの衛視たちは目を白黒させて、首を捻った。

  

   
 ■ 前へ戻る   ■ 次へ進む