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17.フレイム

   
         
(14)絶対時間-2(同時進行-2)

  

<電脳魔導師隊地下演習室>

「臨界攻撃系システムの閉鎖(スクラム)解除を確認。ファイラン階層攻撃系魔導師は、魔導機との同調再実行を開始。非接触モードによる絶対時間開始書き込み終了後、臨界側プログラムのエラーチェックに移行。エラーが確認されなければ、システムは自動的にアカウントを認証し、正常に復旧する」

 傲岸に腕を組んだグランが硬い声で報告した途端、彼を支えようとしていたドレイクとアリスが視線を交わし、ミナミへと喜色に彩られたそれを向けた。

 しかし、すぐ、気付く。

 臨界攻撃系システム、つまりハルヴァイトが正常にその役目を再開したのは喜ばしいが、では、本人は「どこ」に居るのか?

 ドレイクがそれをミナミに問うべきかどうか、迷う。

 青年は、皓々としたダークブルーを険しくし、まだ、どこかを睨んでいた。

「ミナミ、特務室から通達。攻撃系魔導師から臨界正常稼動の報告あり。以後の指示は?」

『待機継続 まだ 始まったばかり』

 言ったヒューの端末に短い答えが返り、彼はそれをそのまま特務室に居るジリアンに転送した。という事はこれでハイお終いじゃないのか、厄介だな。と無言で眉を寄せ、瞬間、銀色は咄嗟に、傍らに立っていたアンの腕を掴んで引き寄せながら、「全員床に伏せろ!」と鋭く叫んだ。

 その警告に反応したドレイクがアリスとグランを、タマリを抱いたローエンスにデリラが駆け寄って身を伏せるようにした、また瞬間、床が不安定に波打ち、ひとりじっと佇んでいたミナミの華奢な身体がおかしな方向に跳ね上がる。

「ミナミさん!」

 強引に床に座らせられたアンは、支えるヒューの腕を掴んだまま悲鳴を上げるのと前後して、…これもまた咄嗟にか…、大気中に含まれる塵に変質効果を与えるプログラムを通常の数倍速で立ち上げ、今にも床に叩き付けられそうなミナミの真下に展開した。

 連続して発生する小さな火花。

 消えずに滞空したそれが、青年の身体を柔らかく受け止めた。

 思いのほか少ない衝撃で床に転がったミナミが、小さく頭を振りながら身を起こす。その様子にほっと胸を撫で下ろしつつアリスを抱き起こしたドレイクは、床に片膝を置いて頭上を睨んでいるヒューに顔を向けた。

「何があった、班長!」

「…冗談じゃない…」

 小さく吐き捨て、へたり込んでいるアンをその場に残して素早く立ち上がった銀色は、再度携帯端末を懐から取り出しながら顔を顰めた。

 背中に嫌な汗が流れている。先の一瞬、足元がふと消失したような感覚を覚え、落ちると反射的に思った。ほとんど人間離れしたヒューの身体能力だからこそ、判る。

 都市が、不安定に、揺れている…。

「特務室! 何があった!」

 ヒューは、噛み付くようにして、携帯端末を怒鳴り付けた。

               

          

<同時刻本丸陛下私室>

「きゃぁ!」

 地下施設よりも引力補正機構の強化されている地上部でも、一瞬足元が不安定な状態になった。テーブルに置いた茶器が落ちるまでではなかったが、その異様な揺れにソファに座っていたルニが小さく悲鳴を上げて傍らのマーリィと抱き合い、向かいのウォルが肘掛にしっかりと掴まる。

 振動は一度きりだった。王はすぐさま険しい表情で立ち上がると、不安げなルニとマーリィに短く微笑みかけてから、サイドボードに内蔵されている端末を立ち上げた。普段ならばそれは側近であるクラバインの仕事だったが、彼は今、電脳魔導師隊地下演習室で行われている未確認プログラム稼動の引き起こすあらゆる事象に対処するため、特務室に詰めているのだ。

「クラバイン、どうした」

『陛下、すぐ執務室においでください。非常事態が発生しました』

 応答したクラバインはどこかを走っているようだった。それでも乱れない口調に関心しつつも頷いて、モニターを起動したまま踵を返す。

「ルニとマーリィはここにおいで。大丈夫。すぐに戻る」

 幾分表情を和らげて言った王に、しかし、未来の女王は首を横に振る。

「あたしも行く、お兄様。もし、ミナミさんに何かあったりしたら、傍に居てあげたいの」

 今地下演習室で行われている事を知っているからなのか、ルニもまた険しい表情で言い放つなり、マーリィの手を取って立ち上がった。

 これは、絶対に無関係ではない。

 これがあの悪魔の顕現に関わる事件だという確信のようなものが、少女にもあった。

 じっと睨んで来るルニの顔と、笑顔を収めて見つめて来るマーリィの表情に停めても無駄だろうと思ったのか、それとも無為に時間を過ごしたくなかったのか、王は頷いて王女と女官の同行を許した。

 殆ど走るような勢いで部屋を飛び出し、そう遠くない執務室に三人が到着した時には既に、クラバインが無数の空間投影式モニターを立ち上げ終えている。

「都市駆動部及び機関部責任者から緊急通信が入っております」

「駆動部と機関部? スレイサーからじゃないのか?」

 しかし、三人の予想を裏切るクラバインの台詞に、ルニとマーリィが顔を見合わせ、王が眉を潜める。

「駆動部、報告しろ」

 モニターの群れに囲まれた座席に着いた王の許可を得て、駆動部責任者だという無精髭の中年が早口で話し出した。

「推進駆動系及び浮上重力系の出力が異常低下し始めました。このままでは、都市が停滞してしまいます、陛下。都市反重力値が惑星引力値を下回れば、都市は墜落します!」

 その報告内容に蒼褪めたルニとマーリィを落ち着かせる余裕もなく、王はすぐさま機関部の責任者を呼び出した。

「機関部!」

 細眉を限界まで吊り上げて叫んだ王の鬼気迫る表情に、機関部責任者がたじろぐ。

「駆動部へのエネルギー供給地をすぐさま回復しろ!」

「無理です、陛下! 全機関は現在出力供給レッドラインを振り切ってフル稼働、予備機関まで勝手に動き出しているんですよ! 爆発しないのがせめてもの救いで、もう、誰も制御室には近付けないんです!」

 半狂乱になって叫んだ機関部責任者がモニターの前から退け、背後の機関室内部を王に見せつけた。

「どうなっているのか訊きたいのはわたしたちの方です! これを見てください! なんなんですかこれは! 何が起こってるんですか、ここで! 通常機関と補助機関が合わせて作り出しているエネルギーは、どこへ行ってるっていうんですか!」

 王は、絶句した。

 モニターの中央に映し出された出力計の数字は既に上限を突破して、尚且つ超高速で明滅していた。それなのに、その下に据えられている供給計の数字が見る間に低下していく。作り出される莫大なエネルギー。しかしそれはここからどこへ行っているというのか。

「故障じゃないのか!」

「つい数分前まで正常に稼動していた機関部が、あの揺れの直後に暴走し始めたんですよ。故障なんかじゃない! 絶対に、故障じゃない!」

 泣きそうになりながら叫ぶ機関部責任者の横顔を睨んだまま、王は必死に考えた。

「暴走による爆発の危険性は…あるのか」

「暴走かどうかすら判らないんだ、判る訳ないでしょう!」

 勢い言い返した機関部責任者をクラバインが睨んだ。その、今にも割り込んで叱責しそうな側近を手で制した王は、短く、「すまない」と…。

「機関部、その場の安全が確保されるまで総員を退避させろ。

 駆動部は現状監視を継続。ただし、装置暴走ないし爆発の危険がある場合は、すぐ退避出来るよう、残留人員は最小限に抑えろ」

 興奮し、異常事態に遭遇して気が狂いそうな彼らの気持ちを冷やすほど静かに、微笑んだ。

「「陛下…」」

 二つの惚けた声が、重なる。

「大丈夫だ、都市は、ぼくが、絶対に落とさない」

 言い置いて通信を切断した王が、クラバインを振り仰ぐ。

「市民に外出禁止を告知しろ。この事は絶対に外部に漏らすな。パニックになる」

「承知しました」

 一礼し、部屋の隅に置かれた通常端末に着いて特務室に指示を出すクラバインの背中を、ウォルは見ていた。

 考えていた。

        

        

 あなたは嫌い。

 あなたは嫌い。

 だって「自然」じゃないもの。

 だから嫌い。

 だから嫌い。

 あなたは何も判ってないもの。

           

          

 確かに、とウォルは思う。つい可笑しくなる。どうせ自分は不恰好で不自然で無様だ。

 しかし、それが果たして悪いのか? 都市はどうせ不自然なものだ。

 特務室に通達を終えたクラバインが振り返る。

「…演習室実行班より先の振動に問い合わせが」

「アイリーとスレイサーにだけ事情を説明してやれ、他の連中には…伝えなくていい。それが済んだら、クラバイン、天蓋のハッチを開ける手続きを取れ」

 頭上から逸れた王の黒い瞳。

 クラバインは、銀縁眼鏡の奥の双眸を見開いた。

「……陛下…。お恐れながら、本システムは…陛下の接触を…許可しておりません」

「ああ、そうだ。今日までなんとか擬似システムで騙し騙しやってきたが、もう限界だ。申し訳ないけれど、退位した母上に…地位を返上する」

 沈黙したモニター群の放つ青白い光が、ウォルの目の中で揺れる。

「申請確認の手続きを取っている暇はありません!」

「なら、手っ取り早く、ぼくが「彼女」に謝ればいいだけだ」

 絶対に許されないだろうけれど。

「彼女」は、惑星の「女王」。

 ウォルはそこで顔の前に自分の白い手を翳し、柔らかく握り締め、柔らかく、微笑んだ。

「嘘吐きは嫌いか…。ぼくは、最初から「彼女」に認めて貰えない運命…だったのかもね」

 ずっとずっと嘘を吐いていた。

           

          

 本当は…。

        

        

<電脳魔導師隊地下演習室>

 ややあって、ヒューとミナミの携帯端末に同時に呼び出しがあった。一旦端末を開いたふたりが、表示されたシークレットの文字を目にしてドレイクたちの傍から離れる。

 極秘通達。マルチ送信なのだろう、映し出されたのは難しい顔をしたクラバインだった。

 彼は声を潜めて、且つ手際よく、都市駆動部と機関部から報告されて来た異常事態をふたりに話してから、不意に押し黙った。

 それから、意を決して顔を上げ、続ける。

『この異常事態において、陛下は電脳班及び同行の魔導師への情報漏洩を禁じています。両名にはそのまま電脳班と共に未確認プログラムの実行を継続して頂きますが…』

        

        

<同時刻本丸特務室>

 ウォルに少し一人にして欲しいと告げられ、クラバインは室長室に戻っていた。始めは同行を許されたルニとマーリィも、今は室長室に居る。

 だからこそ一瞬は憚ったものの、ついには取り繕う冷静さを消したクラバインが、悲痛に顔を歪めてモニターから手元に視線を落とした。言わなければならない。告げなくてはいけない。

 彼は、天使に、助けを求めた。

「陛下は本システムの起動をお決めになられました。それにより、都市は自力浮遊ではなく、いわゆる…「惑星の女神」の手を借りて空に留まる事が出来ます。しかしながら、陛下には本システムの接触許可がありません。

「惑星の女神」は酷く我侭で、自分勝手です。そして何より、不自然なものを嫌っています。そのため、陛下に…魔導機を持たず臨界との接触を禁止し、擬似システム稼動時には臨界との応答不能を確約させたのです」

 自らの能力に幾十ものブロックを施し、ウォルはやっと、「女王」の取り巻きの一部と接触する事を許された、とクラバインが言い足す。

 沈鬱な空気が占める室長室。モニターに向かった生真面目な男の俯いた顔を、ルニが黒い双眸で見つめている。

「その…陛下が本システムに接触し「女王」と会話する事は、事実上不可能です。ですので陛下は即時退位し、前女王陛下にシステムの接触許可を返上しようとしています。正式な即位手続きを踏み次期女王を接触者とすれば問題はありませんが、今は異常事態です。すぐにでも「女王」に謁見しなければ、この都市は墜落します」

           

          

<電脳魔導師隊地下演習室>

 俯いたきり、掠れた声で切々と訴えるクラバインの表情に、ミナミは眉を寄せた。

           

          

<本丸特務室>

「退位した前女王へ接触順位を返上するためには、陛下が、この都市に対する全ての権限を放棄する他手立てがないのです」

 消え入るようなクラバインの台詞に、ルニは弾けるようにソファから立ち上がった。

          

          

<電脳魔導師隊地下演習室>

「おい! ミナミっ!」

 携帯端末を握り潰してしまいそうになりながら、ミナミは咄嗟に駆け出した。制止するドレイクの声を無視し、地下演習室のドアに体当たりして外に飛び出そうとする。

        

       

<本丸特務室>

「室長!」

 ノックもなしに開かれたドアから、衛視室で情報を解析していたジリアンが転がり込んで来た。青年は余程慌てているのだろう、モニターの前でうな垂れているクラバインと、今にも食いつきそうな顔でそのクラバインを睨んでいるルニのただならぬ様子に気付いていないようだった。

「機関部で発生したエネルギーの集中供給先が判明しました! 第0エリア地下、閉鎖区画です!」

        

       

<電脳魔導師隊地下演習室>

 繋がったままだった端末から漏れたジリアンの声に、ミナミがぎくりと背筋を凍らせる。

 なぜそれに気付かなかったのだろう。なぜ判らなかったのだろう。見開いたダークブルーに様々な感情が渦巻き、青年は、握り締めた拳で力一杯鉄扉をぶん殴った。

 爆ぜた手の甲から滲み出る鮮血が、白手袋を濡らす。

 全て自分のせいだ。

 判っていたくせに。

 恋人は正しく伝えて行ったのに。

 何をしていいのか判らない。

 どうすれば判って貰えるのか判らない。

 ミナミは苛立って、狂ったように鉄扉を殴り付けながら必死になって考えた。

 青年は、聞いていたはずだ。

 恋人から。

 ミナミは知っていた。

 ハルヴァイトがこう言ったのを。

            

             

<生物、動物、人間も含めた「生き物」は、再生するために莫大なエネルギーを必要とするんですよ。「エレメンタル」と呼ばれる四大元素を基本にして…と、これは……つまり普段「超重筒」のやっている事と同じですから>

           

           

 ハルヴァイトはちゃんと、「出口」がどこで、その「出口」から出るために何が必要なのか、伝えていたのに。

 鉄扉に拳を叩き付け続けるミナミに駆け寄ったものの、まさか腕を掴んでやめさせる訳にも行かず、ドレイクはうろたえた。何がどうなっているのか。苛立ちと混乱に塗れた表情で、ミナミを睨んでいるヒューに助けを求め冷たい銀色に視線を当てる。

「班長…、っ!」

「ミナミ!」

 腹の据わった怒声と共に繰り出されたヒューの握り拳が、演習室の鉄扉の合わせ目に激突。青年の弱々しいものとは比べ物にならない轟音が室内にこだますのと同時に、…ドアが…歪んだ。

 さすがにそれで、ミナミもぎょっとする。

「落ち着け。ひとつずつ考えろ。お前に、解決出来る事はあるか?」

 ドアに肘を預けてミナミの顔を覗き込んだヒューのサファイヤを、ダークブルーが見つめ返す。

 あ・る。とはっきりミナミの唇が動く。

「あるんだな。では、判った。何が出来る? お前に。俺たちは、何をすればいい」

 ヒューは嫌になるほど冷静だった。否。それこそ腹を括ったのか。もうこうなったらナンにでも巻き込まれてやるとでも言いそうな冷たい表情から視線を逸らさず、ミナミは。

 ぜ・ん・ぶ。と薄い唇で告げた。

「…ああ、そうだろうよ。そうでないと困る。

 クラバイン、いつまでもつ? 全部だ、ミナミが解決する。リミットが知りたい」

            

       

<本丸特務室>

 端的なヒューの質問に、クラバインが気を取り直し顔を上げた。それでこその天使か。最早頼るものは彼しかいないのだ。こちらもそう腹を括ったのだろう彼は素早くコンソールを操作すると、モニターに映り込むドレイクたちを考慮して、簡単な文字通信をミナミとヒューの端末に送った。

<<機関部、駆動部=百三十五分から最大百八十分/陛下…早急>>

            

           

<電脳魔導師隊地下演習室>

 文字列を確認したヒューとミナミが目配せし、今度こそドアを開けて演習室から飛び出そうとした、また瞬間。

           

      

<本丸特務室>

 ルニは何かを決心した顔でマーリィに頷いて見せるなり、ソファを乗り越えクラバインに突進すると、彼を椅子ごと向こうに押し遣ってモニターに噛り付いた。

「アイリー、こっちに来なくていいわ! おにーさま…ううん、兄上は、あた…わたしが止めます!」

 それに仰天したのは、言われたミナミだけではなかった。

「わたしたちを助けて、アイリー。わたしも、みんなを助ける。

 わたしはいつか、この都市を預かる女王になる。そのいつかが、今、急にやって来ただけ。

 都市は、わたしが引き受けます!」

 少女は、それまでの少女のような顔をやめ、黒い瞳に力のある光を漲らせて、ミナミを睨んだ。

  

   
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