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17.フレイム

   
         
(17)絶対時間-3(同時進行-3)

  

<王都警備軍一般警備部地下車両庫>

「液化燃料の給油が済み次第、タンデムシートを二機魔導師隊執務棟の前に移動しろ」

「キャリアーに至急観測機材を積み込め」

「ギイル、そう、それよ。そのまま外装ごと本体から引っぺがして、0エリア地下通路開閉口まで届けて。大至急!」

「ジル、待機中の一般警備部一個連隊をよ、すぐに0エリア地下通路に移送しろ。完全武装だ。被疑者拘束任務」

 ありったけのモビールを支度しておけと命令されててんやわんやの一般警備部車両部にその一団が現われ、整備師たちは唖然とした。

 誰かが陣頭指揮を取っているという風情ではなかった。誰もが既に自分の役割を熟知していて、それぞれが猛烈な勢いで誰か、どこかに指示を出しながら、大股でモビールに近付いて来る。

 整然と並んだシングル、タンデムシートのモビールと、小型のキャリアーが一機。開け放たれたキャリアーの操縦席に飛び込んだ電脳魔導師隊第七小隊砲撃手ケインに、目に掛かる真白い髪の下から紅い瞳を覗かせたジュメールとイルシュが続き、急遽運び込ませた観測機材を起動するつもりなのだろうウロスは、後部ハッチから直接カーゴ部分へ滑り込む。

「旦那、タマリ、気がついてあっち向かうって言い張ってるらしんですが、どうしますかね」

 手元の携帯端末で誰かと通信していたデリラが言いながら顔を上げ、後から駆け込んで来たアン少年の背中をとんと叩いて、一機のタンデムシートを顎でしゃくる。それに答えるでもなく、しかし指示されたモビールに飛び付いてステップを足場にひらりとシートに跨った少年は、スタンドを立てたまま始動ペダルをキックした。

 爆音が、狭い車両庫にこだまする。

「無茶すんなつってやりてぇトコだが、いかんせん人手不足だし、ここまで来て仲間はずれもねぇだろ。構わねぇ、好きなようにさせろ」

 殆ど怒鳴るように言いながらボディを跨ぎキックしたドレイクのモビールが吼え、同時に、並べてあったもう一機にも火が入る。こちらにはインカムを装備したアリスが、嫌に様になった格好で乗り込んでいて、ミナミはなんとなく苦笑した。

 どうしよう、結構かっこいいかも…アリス。

「第七小隊のちびどもにゃスゥとエスト卿が付いてるし、タマリにゃガン大隊長、か。とりあえず連中が到着する前に例のモンに極力近付いて、内部観測始められりゃ上出来だな」

 やや遅れて車庫に転がり込んで来たベッカーが、失礼にもイムデ少年を小脇に抱えて持ち上げ、タンデムシートに突っ込む。うわ、暴挙、と手持ち無沙汰に周囲を眺めていたミナミは思ったが、どちらも気にした風ではなかったから、慣れているのだろうと納得した。

「厄介事は第七小隊だけで留めといてくれよな、まったく…」

 ぶつぶつ言いつつも手際よく発進の準備に入る、ベッカー。居るはずのスーシェがいないからか、イムデ少年顔は緊張に引き攣って見えた。

「…大丈夫なのか? ナイ小隊長よ…」

「あ? ああ…なんとかなんでしょーよ」

 ドレイクがイムデ少年を見遣りつつ呟けば、ベッカーが苦笑しながら首を傾げる。

 それらをミナミは、ただ突っ立って見ていた。何をするでもなく、何かに乗り込むでもなく。忙しく走り回る整備班の班員から距離を取り、ただ。

 混在する人と機械の間を悠々と突き進み、黒い長上着の裾を翻してモビールに跨ったヒュー・スレイサーを、ただ、じっと、見ていた。

 整備班の班員がそれぞれに駆け寄ってゴーグルを手渡す。何度も吹かされるエンジン音に車庫内の大気が激震し、鼓膜がイカれてしまいそうだった。

 反響する、音。

 ミナミが暗いダークブルーを振り上げて、意外に近い天井を見上げる。

 十重二十重と音の折る渦巻きが見えそうな気がした。それほどまでに、神経が毛羽立っている。胸の奥の方が酷くざわつき、血液が通常の倍の勢いで心臓から送り出されて、指先に行き渡るのを感じる。

 そうかと、ミナミは思った。

 もう、見えないだけで始まっているのだ。全ては。自分たちは引き返せない所に踏み込んだのだ。既に。悪魔はこの世に戻るため、あの世に在る莫大なデータの再構築作業に入っている。だから、ミナミの気持ち、身体、そういう「ミナミ」全部が、酷くざわついているのだろう。

 繋がっている。

 だから片時も忘れずにいようと青年は、天井に向けていた視線を水平に戻しながら、重ねて思った。

          

        

データの海をゆらゆらと泳ぐあなたを見ている。

あなたの内側に留まるわたしを見ている。

その、あなたの周囲を取り巻くデータが三次元上で再構築された時。

あなたとわたしにもまた。

別の、何かが、訪れるだろう。

        

        

「ミナミ、お前モビールに乗った事は?」

 スタンドを外したタンデムシートのモビールに跨ったままハンドルに肘を置いていたヒューが、短く問いながら手にしていたゴーグルを一つ放った。それを危なげなく受け取って首を横に振ったミナミの妙に落ち着いた様子と、キャリアーに向かう気配がない事をドレイクが訝しむ暇もなく、青年は。

 ゴーグルを頭から被るのと同時に軽い足取りで駆け出し、張り出したタンデムシート用のステップに足を置いて、黒い長上着の裾を翻しヒューの後ろに飛び乗ったではないか。

「…背に腹は変えられないという事か?」

 怯えた空気ではないが相当緊張しているらしいミナミの気配を背中で感じながら、ヒューがわざとからかうような事を言う。その時、まさか青年が銀色の後ろに乗り込むと想像していなかったのだろうドレイクたちは唖然と目を瞠り、にやにやするヒューと、そのヒューの背中を握り拳でひっぱたいたミナミの無表情を凝視していた。

「とにかく、振り落とされないようにしっかり掴まっていろ。俺は、お前が落ちそうになっても、助けないからな」

 掴まないとヒューは言う。手は出さないと。ミナミが彼にしがみ付こうがひっぱたこうが構わないけれど、ヒューは「何もしない」と言った。

「シャッター開放しろ!」

 ミナミの細い指が胴に回ったのを確かめたヒューが、額に預けていたゴーグルを引き下げて声を張り上げる。

 薄暗い車両倉庫の壁面がするすると持ち上がり、それぞれのモビールが壁に穿つ淡い光の円が、暗く深く続く通路の奥に吸われて消えた。

          

       

<同時刻-本丸地下-非常通路エントランス>

「駆動部と機関部の様子はどうだ、ホーネット」

 細長い通路を大股で突き進みながら、王…ウォルはインカムに向かって冷たく言い放った。

『駆動部、現在降下速度は一時的に緩んでいるようですが、不安定な状態が続いています。それと、機関部ですが…』

「なんだ? 何か問題か?」

 肘まである長手袋を引き上げて具合を確かめ、黒いジャケットのジッパーに手を掛けたウォルが眉を吊り上げると、その表情は見えないまでも声の調子で何かに気付いたのだろうジリアンが、慌てて『はい』と答えた。

『炉内の観測機材が次々に機能を停止し、現在、機関部がどういった状態に陥っているのか、外部から確かめる術がありません』

「暴走稼動に付いて行けなくて壊れたのか?」

『いえ…。停止したものと思われます』

 停止、という単語に、思わずウォルが苦笑を漏らす。

「常から物を壊すなと言い続けた甲斐があると思っていいのか? こんな時に、律儀な男だ」

 ジッパーを一気に首元まで引き上げつつうんざり呟いたウォルを、ゴーグルを手渡しながら、ルードリッヒが喉の奥で笑った。

「だが、炉内の状況が判らないのは問題だな…。誰か魔導師を回すか」

 ルードリッヒの笑顔を冷たく睨みつつ呟いてみたが、何もいい案が浮かばなかったウォルが諦め気味の溜め息を漏らす。

 今現在の危機的状況を説明せずに機関炉を観測させる口実が見つからない。観測といえば制御系魔導師の仕事だろうが、手足に使えるタマリとローエンスは医療院から本丸に移動予定で、もうすぐ0エリアに向けて出発するはずだし、何より、今からあちらで起こるだろう不測の事態に備えるため、ここで足止めする訳にも行かない。

「アントラッドもアンくんもダメ、ミラキは問題外…か…。諦めて他の誰かを臨時収監するべきか?」

 別に意見を求めたつもりではなかったが、つい、傍に居たルードリッヒに問うような恰好になった。

「それなら、こちらに向かっているモロウ技師を機関炉の監視に向かわせてはどうでしょう、陛下。彼なら多分、通常の炉内観測機を利用して内部観測出来るはずです」

「モロウ? アレは、攻撃系魔導師だろう」

 支度されていたシングルシートのモビールに跨ったウォルが長い髪を手早く括りながら首を傾げると、並べてあったもう一機に乗り込んだルードリッヒが「はい」と頷く。

「確かに系統は攻撃系ですが、モロウ技師は現在技術職に就いておられます。元より非常に器用な方で、ローエ…、……、エスト小隊長などは、攻撃系魔導師しておくのは勿体無いと言っていましたよ?」

 理屈っぽくて完璧主義者。意外に責任感が強く、任された物事を放り出すのは生き恥だと豪語し、攻撃系魔導師でありながら相当数の制御系プログラムをも使いこなす。

「なんでもいいがお前、いちいちエストの名前を言い直すな。どうせ公の秘密だ。堂々とローエンスと呼べ」

「………。室長に聞かれると叱られます。それ以上に、フラウが怖いので…」

 引き下げたゴーグルの下、ローエンスに似た緑の瞳が困ったように笑った。

「ホーネット、モロウ技師と通信出来るか」

 支度されていたモビールに取り付きスタンドを跳ね上げると、タイヤが床を噛んでボディが軽く沈む。

『繋ぎます』

 目前でするすると持ち上がる非常用通路のシャッター、その向こうの暗がりを黒い瞳で睨んだまま、ウォルはスタートペダルをキックした。

「モロウ、ホーネットからこちらで起こっている事件の詳細を聞き、そのまま機関部へ向かえ。現在都市は……生死の境を彷徨っている」

          

          

<同時刻-本丸最上階-「展望室」前>

 手の届きそうな所で輝いている天蓋を見上げ、少女は感嘆の溜め息を漏らした。

 空が青い。薄く刷いた雲が見る間に流されて、視界を横切って行く。いつも見ているはずの光景が、この時ばかりは酷く神秘的だった。

 しかし、展望室は余りにも無機質過ぎて、そのギャップにルニは面食らったものだ。空は青くずっとずっと広いのに、佇む少女とマーリィを囲んだ室内は鏡面仕上げの平滑な床に八角形の文様が無数に刻まれているだけで、他には何もない。

 透明なドーム型天井を持つ円形の展望室。その丁度中央辺りに他よりやや大きめの八角形を見つけて、ルニはマーリィを振り返った。

「待機室に下がりなさい、マーリィ」

「…ルニ様」

 不安がない訳ではないだろうが、それを微塵も感じさせない力のある黒い瞳を、一瞬だけ心配そうに見つめる、赤色。真白い睫に縁取られたそれがすぐに微笑んで、少女を少し安心させた。

 不安と重責。

 しかしそれは、今、ルニだけの抱えているものではない。

「失敗したら承知しませんよ? 都市も大切です。ここには大勢の人が暮らして居るのですから。

 でも、ルニ様。

 わたしたちはここでリタイアする訳には行かない、もっと大切なものがあります」

 マーリィは、その白い輪郭を無機質な中に際立たせてふかりと微笑んだ。

「ウォル様を、しあわせにしてあげるんです」

 そのために。

 とてもとても個人的過ぎる理由だけれど。

 そのために。

          

 継続を望む。

 ここで、終わる訳にはいかない。

           

 マーリィの笑みに、そこだけいつもの少女らしい溌剌とした笑顔を返したルニは、白いドレスの裾を翻して展望室の中央へと歩き出した。

  

   
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