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    4.内緒の生活    
       
(3)

  

 一説によれば、ドレイク・ミラキというのは相当な暇人らしく、下城許可が下りても自宅には帰らず、城に隣接した警備軍の保養施設でよく目撃される…らしい。

 大柄ではないが、長身。浅黒い肌と、対照的に真っ白い頭髪。暗い灰色の瞳を埋め込んだ顔は男臭く、どこか野生的な精悍さを持っていた。

 肩書きは、ファイラン王都警備軍電脳魔導師隊第七小隊副長。制御系ジャッカーと特に称される、ハッキングの専門家である。

 通常電脳魔導師隊というのは、攻撃系と制御系の魔導師が対になっていた。攻撃系魔導師が魔導機を起動するまでの間に、制御系魔導師が敵対象のスペック、攻撃形式等の検索をある程度行い、戦闘に突入してからはめまぐるしく変わるそれらを更に解析して、味方を優位に導く。しゃにむに機械同士を戦わせるだけの原始的な戦闘は、とうの昔に廃れたのだ。

 いかに攻撃系魔導師が強力でも、この制御系魔導師がおたついていたのでは負ける。逆に制御系魔導師がいかに手際よくても、攻撃系魔導師がその情報を活用出来なければ、やはり負ける。

 そういう意味でドレイク・ミラキは、ハルヴァイト・ガリューにとって最高の、それ以外、ちょっとデキる程度の攻撃系魔導師にとっては最悪の制御系魔導師だった。

 先に述べる。ハルヴァイトとドレイクは、父親の違う兄弟なのだ。電脳魔導師として由緒正しいミラキの血を引くドレイクと、その母親がスラムに産み捨てたとされる、父親の知れないハルヴァイト。一見するとミラキ家の血統を継いで居ないはずのハルヴァイトだが、しかし、そこには他言出来ない事情があり、結果的に、ハルヴァイトもまた「婉曲的にミラキの血統を受け継いだ電脳魔導師」という……「ある意味有り得ない」出生の秘密を持っている。

 それは、詳しく語られていない。だがドレイクとハルヴァイトは、全く同じ「資質」を持っていたのだ。

 ドレイクの検索速度は、通常値の数倍。つまり、情報の伝達速度がバカみたいに早い。そしてドレイクはこの速度を落す事無く暗号化し、攻撃系魔導師に指示を出す。

 三十行の指示を読み込み、解析、行動を開始。少々実力を鼻にかけていた攻撃系電脳魔導師はこれをコンマ二十六秒で実行し、ドレイクにこう言われて…ノイローゼになった。

      

「…たった三十行の命令にコンマ二十秒も掛ける馬鹿いるかよ。十秒切れなかったら、階級返上して訓練校戻れっての」

       

 ちなみに、普通は無理な話である。ドレイクだって、そんな数字を叩き出す化け物がいるとは思っていなかったそうだ。

 ハルヴァイト・ガリューが、現われるまでは。

 とにもかくにも、ドレイク・ミラキというのも相当なエリートであるのに間違いない。普段はハルヴァイトの陰に隠れて、目立たないのだが。

 そして彼はまた、下城許可が下りたにも関わらず、本丸内にある電脳魔導師隊本部執務棟の中をのんびりと歩いていた。

「穏やかじゃねぇなぁ…、大隊長室に出頭命令とはね」

 通り過ぎる警備兵たちが、どこか複雑な意味合いを混ぜ込んだ視線をドレイクに注いで来る。そんなものには慣れているし、これに毎日晒されている大隊長のお膝元で、不快だ、などと贅沢も言っていられない。

 三階の大隊長執務室まで、エレベーターではなく非常用の階段を使う。道すがら、連盟府ステーションに接岸するのと、第七小隊に下された命令と、この呼び出しに繋がりがあるのかどうか少し考え、ねぇ訳ねぇだろ…、と溜め息で締めくくって廊下へ出る。

「あるとすりゃ、なんで俺なんだ? 普通ハルだろ、ここで出頭命令食らうのはよ」

 などと言いつつも、心当たりはある。ドレイクは仕方ないので、苦笑いしながら大隊長室の大扉をノックした。

「ドレイク・ミラキ、出頭しました」

「…入り給え」

 応答が秘書でなくグラン・ガン大隊長本人だったのにドレイクは、ますます持って穏やかじゃねぇ…、とひきつった笑いを浮かべた。

       

   

「? エスト小隊長殿は、一体何をしでかして呼び出されたんです?」

 奥の私室に通されて、途端、高級そうな応接セットでいかにも上品に紅茶を楽しんでいるローエンス・エスト・ガン第六小隊隊長の背中を見つけ、ドレイクがからかうように問い掛ける。

「グラン・ガン大隊長は見た目より小心でおまけに優柔不断だからね、困った事が持ち上がると幼なじみに頼る癖が抜けないのだよ、ミラキ」

 そういって、インテリっぽい顔に皮肉な笑みを貼り付ける、ローエンス。色白で細面、軽くウエーブの掛かった淡いブラウンの髪をきちんと撫で付け、一部の隙もなく制服を着こなす姿は、下手をすると目前のグラン・ガン大隊長よりも数倍…恐ろしく見えた。

 目尻が微妙に下がった表情は、ともすれば笑っているようでさえある。薄い唇から零れる、静かで耳障りの良い声が結ぶ穏やかな口調。どこから見ても品のいい紳士だが、内情を知るドレイクに取ってみれば、これほど詐欺な人間もいない。

「…そうですか…」

 はは…、と乾いた笑いを漏らすドレイクに自分の隣りを勧めながら、グラン・ガンも苦笑いを浮べた。

「命令で警護小隊に招集されたのが、余程気に食わないと見える」

 高い鷲鼻に鋭い眼光の双眸。黙っているとかなりの恐面だが、グランはローエンス程毒舌でない。大柄で、いかにも軍人然とした立ち居振る舞い。なるべくして電脳魔導師の頂点に立った、絵に描いたような王者である。

 髪と目の色以外はあまり似ていない二人だが、ガン家とエスト・ガン家は最も近しい親戚筋に当る。年齢もそう変わらない二人は、幼少の頃から組んで悪さをしてきた大の仲良しで、現在も、「エスト小隊長はガン大隊長の失脚を狙っている」というかなり笑えないからかいを、警備軍全体に仕掛けている最中だったり…する。

「一時的とは言え、同じ隊に所属したらあからさまに陰口も叩けないだろう? そうは思わないか? ミラキ」

「つうか…、同じ隊じゃなくっても普通は言いませんって」

「そうか、じゃぁ、護衛任務中にちょっと派手なケンカ、というのはどうだ? グラン」

「そうか、じゃないばか者…。それ所じゃないと言ったろうに」

 などとローエンスをたしなめつつも、にやにや笑いのグラン・ガン。なぜ自分の周りにはこう緊張感のない連中ばかりが集るのか、と泣きたい気持ちで溜め息を吐いたドレイクに、グランとローエンスが同時に突っ込んだ。

「「真面目にやれ、ミラキ」」

「俺かい!」

 これでくだらない話題だったら即刻退室してやる、と真白い眉を吊り上げたドレイクに、グランはひきつった笑みを、ローエンスはあくまで穏やかな笑いを向けた。

「そろそろ本題に入ろう」

「…つか、さっさと入ってくれ…」

 部下であり、しかしある部分では部下でないドレイクの物言いを、グラン・ガンもローエンス・エスト・ガンも咎めなかった。

 ただただ、グランが穏やかに切り出す。

「勝敗に条件付きの展覧試合を申し込まれた。………十数年、意図的に展覧試合で負けを選択していたツケが、ここに来て回ってきたようだよ。それをどうやって切り抜けるべきか、是非、君の意見を聞きたいのだがね? ドレイク・ミラキ…」

 身体ごと自分に向き直って姿勢を正したグラン・ガン大隊長から、向かいのローエンス・エスト・ガン小隊長に視線を移し、あの皮肉屋で毒舌のローエンスまでもがしっかり居住まいを正しているのに、ドレイクは…やっぱり嘆息した。

「……そういうのは、陛下が決めんじゃねぇのか? それか、大隊長」

「愉快な事を言うな、ミラキ。陛下に相談出来ないから、お前に相談しているんだ」

 くそ真面目に答えてきたローエンスの顔を覗き込み、ドレイクがげんなりと肩を落す。

「ちなみに、グランはまるで当てにならない」

 言われたグラン・ガン本人も、なぜか大きく頷いていた。

  

   
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