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4.内緒の生活 | |||
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ドレイク・ミラキに、拒否権、などというものは無かった。 彼自身も、グラン・ガンとローエンス・エスト・ガンがなぜそんな重大な事柄を自分に持ち掛けて来たのか嫌というほど判っていたので、ごねるのを放棄して詳細の説明を求めるまでに、ものの数秒しか要しない。 今までにも何度かあったのだ。重要な決定事項が、陛下を飛ばしてドレイクに持ち込まれた事は…。恐るべし、ミラキ家。……………。 「ステーションから送られてきた電信は、王下特務室でメモリされている。が、ここにきちんとコピーなど届いているぞ、ミラキ。読んでおくか?」 ほら。と放り出されてきたメモリを、掌で受け取ったドレイク。彼は少し考えてからそれをテーブルに置き、人差し指で押えたまま、にっと口元を歪めた。 「持ち出し禁止情報のコピーなんて、見つかったらやばいんじゃねぇのか?」 「証拠がなければバレないだろう?」 「了解…」 せいぜい二センチ四方のメモリ・チップ。専用のリーダーを使って携帯端末で読み込むのだが、そんな事をしたら端末に内容が残ってしまう。 だからドレイクは、非常に小ぶりな解析陣をその場…、人差し指でテーブルに押さえつけたメモリの真下に張り内容をダウンロードした所で、アクセス状態のままわざと陣内で荷電粒子を暴発させた。 微弱電波に取りついた荷電粒子に負荷を掛けられたメモリ・チップが、ヒュ…、と情けない音を伴ない一瞬で燃え尽きる。まさに塵も残さず消え去ったチップの内容は、既にドレイクとグラン、ローエンスの頭の中に入っているのだ。 三人はそれぞれ腕を組み、肘掛けにゆったりと寄りかかり、背凭れにだらしなく身体を預け、押し黙る。ダウンロードしたデータ内容を検証している、というよりも、その内容自体の面倒さに、辟易している、といった感じだった。 「展覧試合を申し込んできたのは、イーランジャァ浮遊都市、か…。何が目的でファイランを指名して来たのかねぇ」 「弱そうに見えたから、じゃないのか?」 ちょっと面白くなさそうに言ったローエンスが可笑しくて、ドレイクは吹き出しそうになった。穏やかで掴み所のない見た目に見合わず、ローエンスは負けず嫌いで有名なのだ。 「十数年間、展覧試合で一度も勝ちがないのはファイラン(うち)とスパーニャ浮遊都市くらいだからな。そして、スパーニャはただの加盟都市でしかないが、うちは理事都市だ」 「…やっぱその辺も絡んで来るのかねぇ」 自分よりもあからさまに階級が上の上官相手に、しかしドレイクはやる気なく相槌を打っただけで、それ以上何かを言う素振りは見せなかった。 と、仕方がないのでグラン・ガンが、考えうる可能性、というのを淡々と述べ始める。 「イーランジャァといえば、都市の維持政策はファイランと大差がない。中央エリアと、隔離された八つのエリアを持ち、人口抑制を行っている。が…大きく違うのは、男女率が逆転している事くらいだろう。こちらで女性が宝のように扱われているのと同様に、イーランジャァでは男性が全て王のように扱われている…」 「それが、あの小ぶりな都市の政策失敗の原因だと思わないか? グラン。男どもは片っ端から女性に手を付けて、結果、子供は生れる。女性が身篭って赤子を成し、次の子供を産むまでには一年程度の時間を要するが、男が女性を孕ませるのにはものの数分あればいい」 数分は言い過ぎにしても、ローエンスの言い分はあながち間違いではない。ファイランで、いかなる理由があっても自然分娩を尊重するように、イーランジャァでは男が種を着けた子供を堕胎させる事は絶対にないのだ。 「イーランジャァは、数年前から人口飽和状態が続いてるってぇ話だよな。頻繁にステーションに立ち寄っては、他の浮遊都市への移民希望を募り、逆に、他の都市からの移民を受け入れてる。生き物として正当な方法で子孫を残し、お互いの都市が繁栄しようとかなんとか言ってるらしいけどよ、浮遊都市ってのはそもそも不自然な閉鎖空間なんだから、正当な方法なんぞ取り続けたら、いつか」 「重量オーバーで墜落し兼ねない」 男性が多いか、女性が多いか。たったそれだけの理由ではある。しかし、閉鎖空間としての特異な状況を考えれば、人口抑制は必要不可欠な政策に他ならないだろう。 「イーランジャァは失敗に気付いた。それで、都市の立て直しを図って来た。…そして最初の標的に、ファイランが浮上した、という訳か…」 形の良い眉を寄せて呟いたローエンスの意見を、ドレイクもグランも頷いて肯定した。 「展覧試合でファイランが勝てば友好条約を締結し、如何なる事態に於いてもイーランジャァはファイランの傘下に入る。しかし、もしそこでファイランが負ければ、イーランジャァから脱出を希望している千人の女性と、ファイランの男千人を交換移住させる条文にサインしなければならない…。まるでなんの得にもならない、無駄なケンカを吹っ掛けられているだけじゃないのかな?」 もっともだ。と素っ気無く答えたものの、グラン・ガン大隊長の下した判断は正しかっただろう、とドレイクは内心頷くしかなかった。 負ければ千人もの女性がファイランに乗り込んでくる。ファイランから移住したい、という男が千人居なくても、向こうは、約束だから、と人員を減らす事無く押し付けてくるだろう。 「参考までによ、ガン卿。ファイランの外部移住希望者ってのは、どれくらいいんだ? 今」 「……せいぜい六百がいいところだ。まさかミラキ…、展覧試合に負けてみようなどという恐ろしい事を考えているんじゃないだろうな」 「まさか」 誰も負ける気はないのだ。だから、陛下を飛ばしてドレイクにこの問題を持込んだのだろうから。 「今の…、ファイランの政策が百パーセントいいとは言えねぇけどよ、間違っても、ここ百年近くは王政に反対して叛逆を企てたヤツぁいねぇ。不満はあってもおおむね納得出来る範囲で良好、つっても…、まぁ、いいだろうな」 全ての女性が貴族階級だとか、電脳魔導師だとかの子孫を残すためだけに存在しているのならば、色々と問題はあったのかもしれない。暫く前にハルヴァイト・ガリューの身辺で起こったようなハプニングは、つまり王城エリアだからこそ珍しくもないだけで、他の場所ではそうそう起こるものでもないし、他のエリアに住まう女性たちはみな、誰の子を身篭るのかは自分で決められるのだ。 こういう空間であるから、女性にはまるで興味がない、という男も珍しくないし…。 「しかも移住が確定した場合、イーランジャァからは女性たちを指揮する代表者がファイランに乗り込んで来るってぇ寸法か…。となりゃぁ」 「卑しくもイーランジャァ最高指導部第二位、となれば、こちらのお方は間違いなく…」 「陛下の妃に据えなければ、浮遊都市間の外交問題に発展するだろうね…。ミラキ卿」 グランとローエンスの視線が、ドレイクの横顔に突き刺さった。 「「そんな恐ろしい事は避けたい!」」 「………………俺もだ…」 となれば、単純にイーランジャァの出してくる電脳魔導師に勝てばいい。 「しかも辛勝でなく、嫌味なくらいに完璧な勝利でなければ、イーランジャァは納得しないだろうな」 溜め息みたいに吐き出したローエンスを苦笑いで見つめ返し、ドレイクは肩を竦めてもう一度ソファの背凭れに沈んだ。 「うちの陛下も、引っ張り出されて見世物にされる俺の弟もな」 まったく面倒臭ぇ…。というのが、ドレイク・ミラキの抱いた感想だったけれど。
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