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    4.内緒の生活    
       
(6)

  

 ものの一時間と置かず、ハルヴァイト・ガリューは電脳魔導師本部執務棟大隊長執務室に出頭して来た。

 彼を待ち構えていたのは、大隊長グラン・ガン、第六小隊長ローエンス・エスト・ガン、それに、ドレイク・ミラキ。この顔ぶれと、ファイランがステーション接岸間近、という実状を照らし合わせ溜め息も出ない自分に、ハルヴァイトは少し呆れる。

 苦笑いで軽く手を挙げて来たドレイクに堅い笑みを向けてから、横柄な態度でソファに腰を下す。ローエンスとは同階級。しかし、グラン・ガンは明らかに上官だったが、彼はそんなハルヴァイトの態度を咎めるような事はしない。

 電脳魔導師として隊の人間を全て均すなら、ハルヴァイトよりも上位に据われる人間などいないのだ。展覧試合、などという面白くもない見世物に駆り出されるハルヴァイト・ガリューに、グラン・ガンは精一杯の敬意を表する。

 …だから、ハルヴァイトはグラン・ガンが嫌いではなかった。様々な事情で他言出来ない秘密を共有するにしても、彼は最適の人間だったし。

「これまでの経緯はミラキから説明を?」

「受けました。今回の展覧試合に、負けられない事情が絡んでいるのも」

「ふむ。その後の調査で解った事を、先に話しておく」

 しかつめらしく頷いたグランが、王下特務室から報告されてきた補足事項を手短にドレイクとハルヴァイトに説明した内容は、おおよそこうだった。

 イーランジャァでは、今回の展覧試合に最強の電脳魔導師を仕立て、更には最強のバックアップ体勢を整えてファイランを待ち構えているらしく、その背後には、移民を受け入れさせ人口の調整を行う、という大義名分の他に、連盟理事都市であるファイラン王室を通して、かねてから内密に進めていた「衛星計画」を実行に移すという目的もあるらしい。

 衛星計画、とは、単一の浮遊都市で人口が養えなくなった場合、連盟の承諾を受けて他の大型浮遊都市に小型の都市が随伴するシステムで、イーランジャァ等の歴史が浅い小型都市が以前から救済措置として提唱していたものだった。

「てめーんとこの台所が狭くなったからってよ、他人の懐当てにしようって根性が気に食わねぇな」

「…閉鎖空間の抱える問題は簡単ではありませんから、そういう、第三者の手を借りて目先の厄介事を解決したい、という気持ちは判らないでもないですが、それにしても、こちらも余裕綽々で運行されている訳ではありませんからね。他人の失敗まで面倒見られませんよ」

「そういう事だ、ガリュー。つまり、この試合に万一負けるような事があれば、ファイランの運行だけでなく、連盟全部に何らかの支障を持込み兼ねない、という、なかなか責任重大だぞ」

 溜め息交じりのローエンスに、ハルヴァイトが薄く笑って見せる。

「負けてやる気はこれっぽっちもありませんよ、エスト小隊長」

 そのハルヴァイトの横顔に、ドレイクは不吉な陰を見た気がした。

(……つうかよ、こういう場合に手加減出来るような、器用な人間じゃねぇって…ハルは)

 やるといったら、徹底的にやる。

「では、勝てるのだな? ガリュー」

 念を押したグランに、ハルヴァイトは笑みを消して答えた。

「勝ちます」

「なぜ?」

 意味もなく相手を叩き潰して勝つだけなら、誰にでも出来た。もしかしたら、イーランジャァの電脳魔導師は上層部の目的など知らず、ただ単純に強い相手に勝ちたいだけの異常者かもしれない。実際、こういった閉鎖空間に長く閉じ込められ、外界との接触が極端に少ない場合、そういう…かなり危険な性格になってしまう事も多いのだ。

 電脳魔導師の頂点に立つグラン・ガンという壮年の男は、それを良しとしない。他はどうあれ、ファイランの電脳魔導師はあくまでも「王都警備軍」最強の警備兵でなければならないのだ。特権階級も無礼な振る舞いも、有事の際に王都民を護り通すというたった一つの目的のために許されているのだと、彼は信じている。

「…………約束したので」

 呟いて、ふとハルヴァイトは困ったように笑った。

「とても個人的な思い込みなんですが、もう…二度と傷つけないと約束したひとがいるので…、彼が今のファイランをどう思っているのかわたしは知りませんけど、ただ、そのひとが居るファイランは、平和であって欲しいと思うからです」

 その平和。自分の手で掴めるのならば、掴み取って見せる、という。

「………大変だ、ミラキ! 今すぐガリューの自宅に電信を入れて、ミナミくんに、君の恋人が大隊長の前で恥ずかしげもなくのろけ切ったと報告しなければ!」

 バシ! と自分の膝を叩いたローエンスが、笑いを堪えドレイクに顔を向ける。

「やめて下さい、エスト小隊長…。そんな事がバレたら、本の背表紙で引っ叩かれます」

「いや、そんな暴挙にゃ出ねぇだろ…。目茶目茶毒舌な突っ込みくれるとは思うけど」

 くすくす笑いながら顔の前でしきりに手を左右に振るハルヴァイトに、ドレイクは呆れた苦笑いで言ってやった。

「アンタ、やっぱ限りなく馬鹿だろ? とかな…」

 想像出来て可笑しい、などと笑うハルヴァイトを見つめたまま、グラン・ガンはひとり静かに頷いた。

 そういう個人的な思い込みでも、破壊するためでなく何かを護るためならば戦う事を躊躇しない、というのが警備軍の信条だと、彼は強固に思っている。

「ガリュー。その痛烈な突っ込みを貰うときは、是非わたしも呼んでくれ。お前の弱った顔を見るのは、そう簡単な事ではないからな」

 だから彼は、大真面目な顔でハルヴァイトを見つめた。

「…大隊長まで、何をふざけてるんですか? こんな時に…」

  

   
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