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    4.内緒の生活    
       
(7)

  

 協議の結果、イーランジャァとの展覧試合には第七小隊がそのまま赴く事になった。その旨を王下特務室経由で相手方に知らせ返信を待つ間、ローエンスが手ずから煎れてくれた紅茶を頂きながら、和やかに暇を潰す。

「…やはり、小隊を再編成し直した方がよかったのではないか? ガリュー」

 どちらかといえば紅茶よりコーヒーの方が好みではあるが、だからといって別に不平を漏らす訳でもないハルヴァイトに、グランが問い掛ける。

「いいえ。お気遣いには感謝しますが、その必要はありません」

「言い切ったな、ガリュー。何か、第七小隊には特別な隠し玉でもあるのかい?」

 ゆったりとソファに座ってお茶を楽しんでいたローエンスが、ちらりとハルヴァイトの含み笑いを窺う。それに彼は急いで答えず、ただ、傍らのドレイクに目配せしただけだった。

「「ディアボロ」と八機の「フィンチ」では、お気に召さないとでも?」

 受け取ったドレイクが芝居がかった口調で言い返すと、グランもローエンスもわざとのように声を立てて笑っただけだった。

「フィンチ」はドレイクの使う魔導機で、索敵と撹乱を目的とした小型軽量の偵察機である。通常五機程度で編成される「小鳥」を八機も扱うのだから、それだけでドレイクも十分な戦力だったし、主峰はあの「ディアボロ」なのだ。全高三メートル弱で大きさこそ大した事はなさそうに聞こえるが、その異様、その動作、その攻撃力たるや、ファイランどころか他の浮遊都市にも二つと同じ性能の魔導機はないだろう。

「…隠し玉という程の事でもありませんが、アン・ルー・ダイもデリラ・コルソンも、当然ドレイクも、わたしを恐れない。それだけで十分ですよ」

 意味の深い笑みに隠された真相を、グランとローエンスは殊勝な気持ちで受け止めた。

「ディアボロ」は、あの「悪魔」と異名を取る魔導機は、時にハルヴァイトにさえ牙を剥き兼ねない。それを恐れず同じフィールドに立てるだけでも、第七小隊の部下たちは見上げたものなのだ。

「確かにそうだな。失礼した、ガリュー。君の活躍に…」

「なんてな」

 神妙な顔つきで謝罪しかけた大隊長を制するように、ドレイクが破顔する。

「大隊長の真面目腐った顔つきに免じて、その隠し玉とやらをちょっとばかりご説明申し上げましょうかね」

 いひひひ、などと失礼にもいやーな笑いを零しつつ、それでもどこか棘のあるドレイクの言い方に、ローエンスが眉をつり上げた。いかにミラキの名を持つ者だとしても、これは少々ふざけ過ぎではないだろうか。

「俺とハルはいいにしても、跳ねっかえりのナヴィの末っ子と、スラム上がりの砲撃手、それに、三流貴族ルー・ダイ家の三男坊に何が出来る? って顔ですよ、エスト卿」

 ドレイクは言って、あの暗い灰色の瞳で由緒正しいガン家の家督たちを睨んだ。

「それを言うなら、わたしもスラム上がりの魔導師ですけどね」

 にこやかに付け足したハルヴァイトも、元を正せばスラム出身。尚悪い事に…。

「軍に拾われる前は年少者矯正施設に四度も世話になった、折り紙付きのチンピラですが?」

「何度聞いても面白過ぎだな、それ」

 言った方は大爆笑だが、言われた方はどうしていいのか判らない。話には聞いているものの、この少々おっとりした口調のハルヴァイトが、盗みと喧嘩を繰り返して十三歳を過ぎすぐに王城エリアの年少者矯正施設に放り込まれ退所のメドも立っていなかった、などと俄には信じられないのだ。

 思わず言葉に詰まったローエンスとグランに婉然たる微笑みを向け、ハルヴァイトは手にしていた茶器をテーブルに置いた。

「意地悪はこのくらいにしましょう。特異な状況で展覧試合に臨む第七小隊を気遣って頂く気持ちはありがたく受け取りますが、だからこそ、わたしはわたしの部下を伴なって行く事を決断しましたし、彼らは、わたしの希望通り素晴らしい活躍を見せてくれると思いますよ」

「実際の展覧試合には、アリスは不参加だけどな。控えのブースでデータ取るだけなら誰にも出来んだろうが、それが必要になったとき、アリスは黙ってたって俺たちの欲しい情報を簡潔に報告してくる。そういうのって、意外に有り難いモンだろ?」

 電脳魔導師にとって情報は、必要不可欠な戦略要素である。なるほど、それにはローエンスもグランも納得して頷いた。

「アンはまだ見習いですが、わたしが見たところ、なかなか器用で勘がいい。それでちょっと欲を出しまして…」

「俺とハルがふたりがかりで、たった一つのプログラムを延々繰り返す訓練させたんだよな」

「…そうしたらですね」

 言って、なぜかハルヴァイトは笑い出した。

「飽きたから他の事教えてくれつってよ、ガリュー小隊長に噛み付いた訳だ」

「……なんて命知らずな…」

 思わず呟いたローエンスに、ハルヴァイトが晴れやかな笑みを向ける。

「そう。わたしも思わず呆気に取られて、反射的に「だめ」って答えたんです」

「それで潰れるなら、それまでだったな、つってお終いだったんだけどな、アンのやつはそこで大勝負に出たんだよ」

 大勝負? と顔を見合わせて首を傾げ合うローエンスとグラン。

「わたしたちが彼に指示したのは、ジャミング周波をサーチしてそれに相殺周波をぶつけプログラムを崩壊させる、という、つまり普段砲撃手がジャマー弾を使って魔導師の邪魔をする、アレと同じ事だったんですが、アンはある程度ジャミング周波の種類を臨界情報野に蓄積した所でそれらを解析し、攻撃性の高い第二波が発生するように、勝手にプログラムを書き換えたんですよ」

「……………それは…」

「そう、ウィルスです」

 呆気に取られるグランの顔を見つめたまま、ハルヴァイトは頷いて見せた。

「さすがに占有電素数が少ないので長時間の稼動は無理ですが、下手に魔導機を動かさせるよりそちらのほうが性に合っているようで、今は臨界の占有率を上げる訓練をさせています。実際にアンがこれを十数秒保ってくれれば、ドレイクは敵対象のサーチを終了出来ますし、ディアボロは確実に臨界を離れてこちら側に顕現しますよ」

 涼しい顔でハルヴァイトは言うものの、ウィルスプログラムはかなり高度な技術だった。基本をハルヴァイト、ないしドレイクが作ったとしても、それをウィルスにするには相当…突飛な発想が必要になる。

「実戦で使用できるのかね? ガリュー」

「出来るからやれ、と本人に言うつもりです」

「心許ないとは?」

「…思わねぇな。試しに俺とハルの間で通信される周波を教えて攻撃させてみたんだがよ、余計な命令がないぶん電速が早ぇうえに、数がそう多くない。だから、とっ捕まえてデリートするのに手こずった」

「ジャッカーのドレイクでさえそうでした。…わたしは、アンのウィルスに邪魔されて、ディアボロの臨戦待機まで通常より二秒も時間がかかりましたよ」

「二秒!」

 その数字に、思わずローエンスが悲鳴を上げる。

 コンマ数秒の世界で、二秒。これは驚異的な遅さ…、実戦ならば、致命的なのろさだ。

「ガリュー…。それはやっぱり、隠し玉と呼んでいいんじゃないのかな?」

 グラン・ガンは苦笑いの登った口元を、白磁のカップで覆い隠した。

  

   
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