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    4.内緒の生活    
       
(15)

  

 王族には兵役義務があるんだよ。と、ドレイクに手を取られたまま肱掛椅子に着座したウォルが、呟くように話し出す。

「王はね、王国を安全に航行させるというたった一つの目的のために置かれ、生きているんだ。そのためならばなんでもやるし、しなくちゃならないし、民衆が王政に半旗を翻したら時に暴君と化してでも、浮遊都市を中空にとどめなくちゃならない。判るだろう? アイリー。都市は漂う物だからね。墜落したら、全王都民を待つのは「死」だけなんだもの」

 フィールドの中央、ウォルから見て左に鮮やかなスカイブルーの着衣を纏った女性の一団が進み出る。人数は、八。

「そのために、王は絶対君主でなければならない。誰よりも、強力な組織を動かす力を維持し続けなければならない。だから、王はどの時代でも、電脳魔導師の頂点に立たなくちゃならなかった」

 片や、右の待機ブースから出てきたファイラン側、電脳魔導師隊第七小隊は、三名という少なさだった。これが一般公開試合なら、観客は間違いなく唖然としていただろう。

「電脳魔導師は、強い。そしてお前のガリューは、誰よりもね。なのにお前の恋人は、その姿を見せたくないと思っている。お前はどう? アイリー」

「…見てやろうと思った…、から、来た」

「……僕ね、アイリー。王様なんて退屈な仕事はさっさと誰かに明け渡せたらいいなって、思ってたんだよ。兵役義務で電脳魔導師隊に入隊するまではね」

 双方が中空に浮いた展覧室に向き直る。イーランジャァ魔導師隊は女性らしく長いマントの裾を摘んで頭を垂れたが、ファイラン側、第七小隊で敬礼したのは、アン・ルー・ダイとデリラ・コルソンの二名だけだった。

「見た? アイリー。電脳魔導師のね、あの緋色のマントを纏った連中には、僕にさえ敬礼する義務はないんだ。彼らはファイランを護り通す警備兵であるけれど、誰にも従う事はない。僕は…国王は彼らに敬われる事もない。でもその頂点に立たなければならない。だから、僕は考えを改めた」

 肉眼で見えるフィールドは遠過ぎて、足元に置かれたモニターがなければ魔導師たちがどんな表情をしているのか見ることは叶わない。しかしミナミはそれに視線を落とさなくても、ハルヴァイトがきっと…、とんでもなく不機嫌そうな顔つきでこちらを睨んでいるのだと判った。

「王は、電脳魔導師を震え上がらせる「ジョーカー」を隠してる。ファイランで唯一、彼らに「恐れられる」存在であることが出来る。だから僕は、国王という退屈な仕事を引き受ける代わりに、彼らの頂点に君臨する権利を得る事を望んだんだよ」

 黒曜石の瞳でハルヴァイトを睨み返し、しかしウォラートは、赤い唇にさも楽しげな笑みを載せている。

「………………暴走したディアボロを見た、その時にね」

 まるで愛を告白するような甘い囁きを合図に、双方の魔導師がそれぞれの陣地に引き上げていく。陣地、といってもフィールドの左右に描かれた長方形の線の中でしかなく、別段、何か相手からの攻撃を避けるような障壁があるようには見えなかった。

「みんなガリューを恐れた。ガリューと、ディアボロを。でも僕は恐れる必要なんかなかった。生まれて始めて優越感を味わった。ねぇ、アイリー。こんな事を言ったらきっと、後ろに控えているガリューの次くらいに強いんだろう連中は卒倒し兼ねないんだけど、特別、お前がここに来たのに敬意を表して、いいことを教えてあげるよ」

 ミナミはフィールドから視線を外し、いまだドレイクの手を握ったままで機嫌良く話し続ける陛下の横顔を窺った。

「ディアボロを悪魔にしたのは、ガリューじゃなく、僕らだ。ファイランという国が、あの悪魔を生んだ。でも僕は、ディアボロが今この時僕の手にあることを、誇りに思っているよ」

 それは、悪魔。

「だから、お前にも見せてやろう」

 サイレンが唸る。ステーションの天蓋に、その耳障りな悲鳴がこだまする。ウォラートの手を取ったままじっとフィールドを睨むドレイクにはそれが何を意味するのか、嫌というほど、判っていた。

「…試合が」

 不安げにそう呟いたのは、ミナミの右隣に少し間を取って座っているマーリィだった。膝の上で組んだ手をぎゅっと握り締め、足もとのモニターを見つめている。

「ミラキ、負けたら投獄するぞ」

 そこだけ国王らしい口調で言い置いたウォラートがドレイクの手を離すと、彼は微かに口元を歪めて会釈し、踵を返し展覧室を出ていった。

「さて、ミラキが到着するまで何分かかるのかな? その間、ガリューは何をどうするつもりなのか、今日の展覧試合は見所が多くて困る」

 くすくす笑いながら近付いて来たローエンスの言葉を、グランが聞き咎める。

「そんな悠長な事を言うものではないぞ、ローエンス。憚りながら、陛下の御前だ」

「お前たち、憚るって言葉の意味、知って使ってる?」

 一応。と答えたいとこ同士は、勝手にどこからか椅子を持ち出して来て、勝手にミナミやマーリィの近くに座った。

「…いや、それあんま判ってねぇだろ…」

「そこできっちり突っ込んでくるアイリーも、何か判ってないと思うけどね」

 うんざりと言い返した陛下の愉快そうな顔をじっと見つめていたマーリィが、急に小さく吹き出し、ふるふる肩を震わせながら目尻に溜まった涙を拭った。

「色んな事を言って、陛下、実はミナミさんに遊んで欲しかっただけなんじゃない?」

 ふかふかと笑い続けるマーリィに剣呑な視線を突き刺した、既にウォルの顔に戻った国王陛下がぶつぶつと口の中で文句を言い、結局、ミナミを含めた全員の笑いを誘った…。

「そういうのは判っても黙っていろって言ったよね、マーリィ。それがバレたら、僕は今度こそガリューに絶交されるんだから、今の話、聞かなかった事にしてくれないかな?」

  

   
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