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    8.noise    
       
(13)

  

 生きていてよかったかどうかは、今から考えよう。

         

        

「お?」

「…あ」

「あらぁ」

「…………あの…」

「あー」

「今日からもう仕事スか? ミナミさん」

 とこれが、「noise」騒ぎから二日後、電脳魔導師隊第七小隊執務室で交わされた最初の会話(?)だった。

 人物描写付きで再録。

「お?」

 ノックの介もなくいきなりドアを開け放したヒューが呟くと、その後ろから顔を覗かせたミナミが「…あ」と呟きを漏らした。

「あらぁ」

 最初に声を上げたのはアリス。彼女は、自分のデスクで通信を確認しており、結果、ドアに一番近い場所にいたのだ。

 ヒューとミナミの視線はしかし、愛想良く微笑んだアリスでなく、執務室の片隅に置かれた応接セットに収まっている少年に注がれていて、それに何か反応しなければならないと思ったのか、少年は、かなり迷ってから「…………あの…」と、もじもじ…握っていたアン少年の手を胸に掻き抱いた。

「あー」

 それでアン少年の方が今度は何から説明していいのか戸惑ったが、基本的に物に動じないのか、そういう役割を自覚しているのか、デリラがいかにも平然と細い目を眇めて笑い、ミナミとヒューに小首を傾げて見せる。

「今日からもう仕事スか? ミナミさん」

 それにミナミは、いつも通りの無表情で頷いた。

「寝てるだけのひとたちにいつまでも付き合ってられるほど、俺だって暇じゃねぇし」

「小隊長と副長の様子、どうなんスか?」

「…至って元気。つうか、元気過ぎ。医務官がもうちょっと大人しくしてくれって泣いてた」

 苦笑いのミナミにつられて、アリスとデリラも笑う。

「想像出来るわ、なんとなく」

「退屈しなくていんじゃねぇですかね? 安まるかどうかに触れなきゃ」

「休養を取らせるという名目で入院させたのに、昨日の晩電脳陣経由でバーチャルカフェの千問クロスワードに参加したらしくて、担当の医務官に今朝こっぴどく叱られてたぞ…」

「「「……………」」」

「さすがの俺も、それに突っ込む気力なかった…」

 顔を見合わせた第七小隊の隊員に、ミナミがげっそりと告げる。

「…ミナミ、そこでくじけちゃダメでしょ…。ハルの暴走を停めるのは、君の役目なんだから」

「アリスに譲る」

「お断りよ」

 無表情に言い放ったミナミに投げキッスしながら、アリスがソファに移動して来た。

「ところで、スレイサー衛視とミナミさんは、開店休業の第七小隊に何かご用でもあるんですか?」

「「あ」」

 室内にいた全員が応接セットの周囲に集ったところでアンがふたりの衛視に問い、訊かれた衛視たちが、ようやく本題を思い出す。

「そういう訳で、第七小隊を医務室棟に連れて行くんだった」

「何がそういう訳なのか判んねぇ上に、最近変則シフトで疲れ気味なのか? ヒューは。昨日から物忘れ激しくねぇ?」

「…………アイリー次長はここ数日非常に御機嫌斜めで、事ある事に俺をこうして苛めるんだが、どうにかしてくれないか? 誰か」

「いや、それは無理ですね。暫く耐えるしかねぇと思いますよ、スレイサー衛視」

 今第七小隊執務室に居る中で唯一、ミナミの機嫌が傾いたままな理由を知るデリラが含み笑いでヒューに言い返すと、ついに、それまでじっと押し黙り、黒い衛視服のミナミとヒューを見上げていたイルシュ少年が、今にも泣きそうな顔で「あの!」と…悲痛な声を上げた。

「……………」

 それに、アイリー次長当惑。しかし、デフォルトで無表情。

「…全部おれが……だから…その…………」

「…てかさ、なんでさっきからアンくんの手、握ってんの?」

 しどろもどろに謝ろうとする琥珀色の瞳を見つめたまま、アイリー次長がいつもの調子で的外れな質問を繰り出す。

「違ってますっ、ミナミさん! まずはひととして自己紹介からです!」

 腰に手を当ててきっぱり言い放つアン少年を見つめたまま、ヒューが傍らのデリラに耳打ちする。

「…実は、アンくんというのは、こういうキャラなのか?」

「一見引込み思案に見えますけどね、実はこういう押しの強いキャラなんスよ…、迷惑な事に」

 でも、このくらいでないと第七小隊では勤まらないか、とも思う。

「王下特務衛視団準長官、ミナミ・アイリーです…」

 で、ミナミが丁寧にお辞儀する。

「次!」

「王下特務衛視団警護班班長のヒュー・スレイサーだ」

 と、言ってしまって、ヒューは思わずアン少年にサファイアの瞳を向けた。

「今、流されたぞ、俺まで」

「ヒューさんていい人ですね」

 結果、アン少年の屈託ない笑顔にごり押しされて、誰ひとりこの暴挙に突っ込めないまま話は続く。

「…おれは…イルシュ・サーンス………」

「イルシュくんは今、監禁状態にあった施設の割り出し調査のために一時釈放されて、施設調査に当たる第七小隊と事前会議のため当該執務室にいます」

「うん、それは特務室で聞いた。で? なんで手ぇつないでんの?」

「…その前に、謝らせて下さい…アイリーさん」

「……………なんで?」

 緊張した面持ちで立ち上がったイルシュ少年に対し、ミナミは本気で首を傾げた。

「だってあの日…」

「あぁ。………つうか、謝んのは俺なんだよな。うん。脅かしてごめん」

 あの日広場で何があったのか殆ど知らないアンやアリスは気安くぺこりと頭を下げたミナミを凝視し、一部始終を見守っていたヒューとデリラが…にやにやと笑う。

「ねぇ、つまり…広場で何があったの?」

「あーーーーー。それはっスね、ひめ…」

「…デリさん…、言ったらぜってー蹴飛ばす」

 無表情にデリラを睨んだミナミの隣りで、ヒューが吹き出した。

「ミナミの足癖が意外に悪いと判明したんだよ」

 結局、ミナミがデスクから地面に叩き落とした端末は大破し、使用出来なくなったのだ。

「でも…機嫌が悪いって……」

「? あぁ。それは違う。それは……………」

 それは?

「ガリューが全治四日の打撲と診断されたんだよ。いや…うん、つまり、俺のせいで」

「あんな弱ってる大将に、本気で肘撃ちかましましたからね、スレイサー衛視」

「……………………。でさ」

「ミナミ! その間はなんだ!?」

 悲鳴を上げたヒューを無視して、ミナミが再三「なんで手ぇ繋いでんのって」と繰り返す。

「あの………おれ、知らない場所とか、そういうの…ひとりでいると凄い不安になって…、恐いから…」

 だから、誰かの手に縋り付いているのだ。とイルシュはちょっと恥ずかしそうに言った。

 亜麻色のざんばら髪に琥珀の瞳。まだ十四歳になっていないらしい少年は、歳よりずっと幼く見える。

 監禁されていたのだそうだ。

 狭い部屋に。

 長い間。

 ひとり…………………。

 たったひとり。

「………よかったね。じゃぁ、俺と反対だ」

 ミナミの呟きに、一瞬周囲が「しん」と静まり返った。

  

   
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