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番外編-10- からくりキングと嘘つきピエロ

   
         
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ムービーの撮影だからといって、俳優が四六時中何かを演じ続けていて、それをカメラが休みなく撮り続けているという訳ではない。

しかも今回の作品に至っては、劇場やテレビで先行して流される予告編を別撮りするとかなんとか監督が言い出したおかげで、主演のリリスは撮影現場に詰めてはいるがただぼんやりと出番を待っているだとか、予告編の為の打合せだとかリハーサルだとか衣装合わせだとか、とにかく、演技している以外の時間が思いのほか多かった。

まぁ、おかげでこっちの企みは予想以上に順調なワケだけど。と、その日、観衆の興味を引くためだけに定期的にコマーシャルする静止画…一般的には「ポスター」と呼ばれる、街頭備え付けの大型端末に表示されるものだ…の仕上がりをチェックしに事務所に戻っていたリリスことセイルは、テーブル型端末の表面に折り重なるように映し出された様々な「自分」を眺めながら、内心嘆息した。

ミナミとハルヴァイトに巻き込まれる形になった「企み」については、持て余し気味の時間が多い上、現在撮影場所になっているラド邸執事、ドイル・バスクのおかげで、気味が悪いほど順調に進んでいる。何せ、毎日上級庭園の外れにある屋敷まで通うのは大変だろうからと言って、主人が戻った際必要以上に関わらず、且つ「騒音」を出さなければ良い、という条件で客室への宿泊を申し出てくれた。当然、最初は戸惑って断ったリリスではあったが、結局、リリスに「化ける」必要のあるセイルは何かと面倒で…主に上級庭園への出入りの際に通るゲートの手続きだが…一度は断った申し出を数日後にはこちらから頭を下げてお願いする羽目になった。

そこは、良い。僥倖だ。当然ドイルは青年の申し出を断らなかったし、大勢出入りするスタッフと「セイル」が顔を合わせては都合が悪いだろうと、わざわざ彼らの近付かない主人私室の傍に居室を設けてくれた。

しかしながら、だ。

低い背凭れ付きの華奢な回転椅子にちょこんと座り、眉間に皺を寄せて自分と睨み合っているセイルを見咎めて、ポスターを撮影したカメラマンが大仰な仕草で肩を竦めわざとらしく嘆息する。

「あのねぇ、リリス」

やや剣を含んだ声を掛けられたセイルはぱっと顔を上げ、真横に並ぶようにして仁王立ちしている大柄なカメラマンをきょとんと見返した。

「一応アタシもプロのカメラマンで食ってるワケよ、判る?」

「はぁ」

慣れているから違和感はないが、初対面だったら絶対ドン引く事請け合いのおねぇ言葉に、セイルはなんとも微妙な感じに言い返した。それは、だって、判ってるよ? 長い付き合いじゃない。という空気を含んだその言い方に、それまで剣呑な雰囲気を出していたカメラマン、イチイ・オルノががっくりと肩を落とす。

イチイ・オルノは、そう背の高くないセイルが見上げる程の大男で、トレードマーク……はあり過ぎてどれをチョイスしていいのか判らないほど、個性的でインパクトの強い男だった。顎のあたりにしょぼしょぼとした髭を生やし、口は大きめで唇が厚く、平たい鼻とこげ茶色のどんぐり眼と太眉で造形された、厳つい顔。それを色とりどりのビーズで飾ったパッションピンクのドレットヘアで縁取り、よれよれのハイネックにこれまたよれよれのニットコートと、これでもかとポケットを取り付けたワークパンツの上に載せている。それで、酷いだみ声でおねぇ言葉なのだから、最早どこを特筆すべきなのかさっぱりだ。

「判ってるんなら、人の撮った写真見ながら難しい顔で溜め息吐くの、やめてくれない? どうしても写真が気に食わないって言うなら、事務所に掛け合ってもう一回撮り直してもいいから」

溜め息混じりに小首を傾げて太い腕を組んだイチイを見上げて、セイルはなんとも情けない顔をした。別に、写真に不満がある訳ではない。ただ…。

イチイのカメラから生み出された廃頽的で幻想的な写真は美しく、見る者の気持ちを不安にさせた。勧善懲悪を謳ったムービーの広告としてはそぐわないかもしれないが、突き抜けた破天荒なアクションにヒーローの憂鬱を織り込んだ作品のイメージにはぴったりだと青年は思う。終わりのない正義感に対する、不安と焦燥。このまま脇目も振らずに進んで、進んで、それで。

主人公はふと立ち止まり、この世の「悪」を食い潰した先に何が残るのかと、振り返ったヒーローの、曖昧な終焉。

その不安感が、今セイルの抱える複雑な感情を引き出してしまったのか。

ごめん、と酷く落ち込んだように呟いて俯いたセイルのつむじを見下ろし、イチイはふっと短く息を吐いた。

「別に、写真がどうこうじゃなく、…ちょっと、別の事考えてて…」

その煮え切らない答えに、男が太い眉をぴくりと吊り上げる。それはまぁ、珍しい事もあるものだ。

「悩み事?」

がたがたと騒音を立てながら引き寄せた椅子にどかりと腰を据え、イチイはセイルと並んでテーブルの上に視線を向けた。

「まぁ、そんな所かな…」

派手な色合いの男につられるようにテーブルに視線を戻したセイルが、苦笑交じりに呟いてから小さく首を横に振る。今は仕事中。余計な事を考えている場合じゃない! と気分を戻し、再度「ごめんね、真面目にやる!」と空元気にも似た台詞を吐いた、瞬間。

ガチャリと、二人の背後に位置するドアがノックもなしに開いた。

「よ」

ぱっと振り返った二人に気安く挨拶しながら入って来たのは、良く知った顔だった。

「あらぁ、久しぶりねぇ、クレイ。何? 打合せでもあった?」

明るい表情を作ったイチイに、クレイ、と呼ばれたのは、すらりと背の高い優男だった。薄水色のシャツにダーク系の細身のスーツを纏い、ピカピカに磨かれた靴の踵を鳴らして入って来た男は、天井からの光を散らした艶やかな飴色のウェーブヘアをおしゃれな感じにまとめて毛先を遊ばせていて、少々細目で神経質そうな顔立ちにシルバーフレームの眼鏡を掛けているのだが、左の目尻にぽつんと落ちた泣きぼくろが微妙にセクシーだ。

脚本家、クレイ・アルマンド。リリス主演のムービーの脚本を、急遽、書かされる羽目になった男。

「あったあった、ありましたよ。監督様からのダメ出しが」

げー。とでも言うように舌を出して肩を竦めたクレイのうんざり顔を、リリスとイチイが軽やかに笑う。

「あれもダメこれもダメメブロはこんなんじゃないとか、もういい加減ライター使わないで自分で書いた方が早いんじゃないの? 監督様」

大仰に肩を竦めて大股で近付いて来るクレイからテーブルに向き直りつつ、リリスも小さく肩を竦める。

監督の今回のムービーに対する並々ならぬこだわりがどこから来るのか、実の所セイルも知りたいと思っていた。そのくらい、なんというか、面倒な人なのだ。まぁそれが創作に対する意欲の表れだと思えば、自分たちだって似たようなものなのかもしれないが、とイチイなどは思ったけれど。

巻き込まれた方は笑い話では済まない。

「実際の建物使って自由にやれるチャンスなんてそうそうないもの、張り切っちゃってんじゃないのぉ?」

「そいつは判るんだけどな、それにしたって…。脚本の台詞回しが気に食わないって理由で、ライター首にするなよって、なぁ」

言いつつテーブルに近付いたクレイが、散乱している写真に視線を据えて小さく感嘆の吐息を漏らす。

クレイ・アルマンドという一見すると俳優とも取れそうなこの優男は、短編ムービーやミュージシャンのプロモーションビデオ、テレビコマーシャルなどを主な活躍の場にしている脚本家で、場合によってはそれらの演出も手掛けていた。元々は新人作家を発掘する名目で設けられた小さな賞で短編小説家としてデビューしたのだが、その後紆余曲折あって、その、賞を取った小説が映像化された際に脚本を担当し、そのまま映像業界に残ってしまった、というのが、本人がセイルに聞かせたこれまでの経緯らしい。

その時、何かを残したかった、とクレイはちょっと照れくさそうに言った。

     

ある日突然綺麗に拭い去ったみたいに「自分」の世界から消えて。

ふと思い出した時、それが現実だったのか幻だったのか、不安になる。

…おれは、生きていて、思い出になりたくないんだよ。

     

「いやいや、こりゃまた、素晴らしい」

「あらぁ、お世辞でも嬉しいわぁ」

気持ち悪くも胸の前に手を組んでくねくねと身を捩るイチイに軽薄な笑みを向けつつも、クレイは両手を広げてテーブルの上に散らばった写真を示した。

「廃頽美と微かな怒りと、どこに向けていいのか判らない不安。それこそがボクのメブロのメブロたる内面を支えているなんとかかんとか、どうとかこうとか」

熱の入った時の監督を真似て大袈裟に言いながら天井を見上げるクレイを、イチイとセイルがまたもや笑う。

セイルの不注意で沈みかけた室内の空気がぱっと明るい場所に戻り、青年は内心で肩を竦め、舌を巻く。生活が派手と言う訳ではないが友人も多くいつも人垣の中央辺りに居るクレイは、周囲の空気を読むのに長けていて柔軟だ。

時に譲れないものに固執し過ぎて不和を引き起こす、自分たちとは大違い、か。

セイルは、最初に目にしたクレイの短編小説も、彼の書く脚本も好きだった。なんというか、空気の醸し出し方が難しいと思う反面、だからこそ、面白いとも。

壁際に置かれていた椅子を持ち出してセイルの真正面に場所を作ったクレイが、身を乗り出して写真を眺めている。折り重なった不機嫌そうな、不愉快そうな、哀しそうな、諦めたような…、様々な主人公の表情を、彼はまるで記憶するかのように瞬きも忘れて見つめていた。

これできっと、クレイは自分の中で「メブロ・ヘイメス」という主人公の作る「空気」を嗅ぐのだろう。そして。

あの、「幻想リアル」という処女作で見せた、もどかしく息苦しい「空気」のようなものを、また作る。

その小説の事を、その後映像化された作品の事を思い出す度、セイルはなんだか酷く「嫌な気分」になった。しかしそれは、作品に引き込まれた自身の内にある焦燥であるとか嫌悪であるとか、諦念であるとかの負の感情が柔らかく、じんわりと自分の気持ちを侵して来るからであって、作品そのものに対する「いや」ではないと気付いた時の衝撃を、青年はずっと忘れないだろう。

それは、静か過ぎるくらい静かな作品だった。今ここでこうしてイチイと意見を戦わせ、時にはしゃいでいる男から生み出されたものだとは思えないほどに。

主人公は二十歳を少し過ぎたくらいの、大学生。学ぶことに対する目的もなく、夢も希望もなく恋と遊びに興じる、普通過ぎるくらいに普通の、学生。ひとつだけ非凡な所があるとすれば、彼には友人が多かった事だろうか。それこそ、名前も覚え切れない程、彼には友人がいた。

作品は、その彼のなんでもない日常を淡々と語りながら進む。友人の恋、楽しげなパーティー、くだらない事で騒ぎ立て、時には友と言い争う。

それだけであれば、この作品が映像化されるまでにならなかっただろう。しかし、そこにイレギュラーな要素が一つだけ、ぽつり、ぽつりと挿入されていた。

友人というよりは、顔見知り、程度の、名前も思い出せない「彼」。「彼」は面白おかしく学生生活を満喫する主人公たちとは違い、確固たる未来を描いていて、そのために少しでも多くを学ぼうとしている。

パーティーを計画する主人公たちの肩先に、ぼんやり遠く、「彼」が本を読んでいる姿が見える。恋人に振られて号泣する友人を慰める主人公の背後を、教授らしい男性と何事かを話しながら、真摯な表情で「彼」が行き過ぎる。週末に遊びに行こうと誰彼構わず声を掛ける主人公に薄笑みを向け、週末は何かの討論会に参加するから次の機会にまた誘ってと言い残して去る、「彼」。

「彼」は主人公の生活の中に、小さな点のように存在する。しかし、自分の人生という「画面」の端に小さく穿たれていたその点はいつしか「画面」の中央になり、いつしか点が線になり、人型を取り、名前を得て。

気が付けば主人公は毎日昼食時の短い時間だけ、中庭で食事する「彼」の傍らに居て言葉も交わさず、静かな時間を共有するようになっていた。

そこに至るまでの、「彼」の醸し出す空気が素晴らしかった。文字よりも、映像でこそその素晴らしさは磨かれたとセイルは思う。

しかし、主人公と「彼」の生活は、唐突に終わる。

「彼」は突如消えてしまうのだ、主人公の前から。何の前触れもなく、挨拶もなく、どこに行くとも、いつ戻るとも、戻れないとも言い残さず。

そこに居た痕跡さえもなく、拭ったように。

作品は、「彼」の不在に愕然とする主人公の周囲で昨日と変わらず騒がしく享楽的に過ごす学生たちを描写して、その中央にぽつりと佇んだ主人公の声にならない悲鳴で終わる。なぜ悲鳴なのか、「彼」はどうなってしまったのか、主人公はどうなってしまうのか。何も語られないままに、その話は終わってしまう。

映像化された時、主人公と「彼」の、最後には周囲と主人公の相容れない空気感が絶賛された。それは演者が素晴らしかったからだとクレイはインタビュアーに答えたらしいが。

セイルはそれを、確かに演者も素晴らしかったが、その「空気感」を容易に想像出来るクレイの原作も素晴らしかったと思っている。それでその後一緒に仕事をするようになって、まるで内緒話のようにされた彼の「過去」を聞いた時、全てが判った。

主人公は、まさに学生時代のクレイ・アルマンドだった。彼は小説以上に享楽的に堕落した学生で、「彼」は「彼」以上に将来に目標を掲げて熱意を持っていた。そう、あの処女作は、クレイの過去の後悔を具現化したものだったのだ。

だから作品が尻切れトンボで、その後続編でハッピーエンドを望む声にも彼が頑なに首を縦に振らない理由も、頷ける。何せ、その「リアル」は未だ終わっていないのだから。

鼻歌を歌いながら折り重なる写真を眺めるクレイに視線を当てたまま、セイルは小さく苦笑し、気分を変えた。誰もがどんな形であれ、過去に何らかの柵を、後悔を、悔恨を、楽しかった「思い出」と同じように持って居るのだろう。

自分にだってある、とセイルは思う。そして…今のこんな訳のわからない、落ち着かないような不快なような気分も、いつか過去になるとも。

「ポスターのコピーも考えさせられるのか、もしかして…」

脚本も上がってないのに! と毛先のあちこち遊ぶ柔らかそうな飴色の髪を掻き毟ったクレイが、そのままばたりとテーブルに突っ伏す。

「道化なんていない。とかどうだろう」

うわぁ色んな意味で悪くないって微妙! と、テーブルから顔だけを上げて呟いたクレイに、セイルとイチイが生ぬるい視線を向けた。

「なんだかんだ言っても、そういうトコやっぱりクレイよね…」

「ピエロの映画の煽り文句に「道化なんていない」で、見終わったらすとんと納得出来るもんね」

「褒められたようだが嬉しくない…」

泣きぼくろもセクシーな三十路男…が疲れたように言って、テーブルに置いたままだった肘に力を込めて身を起こす。

その拍子に、表示待ちで待機していた、今モニターに散らかされているのとは別の写真ファイルが選択されて起動し、様々な方向を向いていたリリス扮するメブロ・ヘイメスの難しい顔がひゅんと小さくなって片隅にまとめられ、新しい、こちらは相当砕けた表情の「リリス」がぱっと四方に散らばった。

それで、あれ? と顔を見合わせる、イチイとセイル。

「…ああ、露光テスト用に撮ったスナップ写真だわ、これ」

メイク途中らしく額を全開にして顔に大きなパフを当てられた、リリスのくすぐったそうな顔をぽんとタップして大写しにしたイチイが、太い腕を組み首を傾げる。

言われて、セイルも思い出した。

ポスターの撮影が行われたのは昨日の午後の事で、セイルの準備を待つ間、イチイはラド邸で使用許可の下りている部屋を歩き回っては室内写真を撮りながら準備をしていたのだが、手持無沙汰になったのか、そのうち、歩き回るスタッフや演者のリラックスした表情をあちこちでカメラに収めていたはずだ。

「後でみんなにあげるわねって話をして、データ残してたんだっけ」

「へぇ。お、ジャンのストリップ」

着替え途中の共演者が上半身裸でびっくり顔を晒しているのを、クレイが笑う。ジャンはクールな二枚目などと言われているようだが、実は感情の起伏の激しい軽い男なのだ。

「ファンが泣くねぇ」

「貧弱過ぎてね」

何に対する感想なのか、クレイが笑みの形に固定した唇で言えば、すかさずセイルが返す。いやいや、ジャンだってそこそこのアクションは自力でこなせる肉体派なのだが、青年の思う「肉体派」であるとか、美しく均整の取れた身体であるとか、男性的な魅力であるとかが…まぁ、桁違いなだけで。

それを知っているのだろうクレイは特に言い返す事もなく、散らばった写真を一枚一枚大きく表示させては、薄笑みのまま見つめている。髪より光沢のある金茶色の双眸はどこか楽しげで、しかし、どこか…何かを懐かしむような、微妙な気配を放っていた。

「おれは、おれの居ない世界が愛おしいよ」

ふと漏れた、溜め息のような呟き。

男の指先は、衣装を着付けられた直後らしい、姿見の前に立ち振り返って何かを話そうと口を開いたセイルの写真に添えられている。

「音もなくて、動かない。そんな映像は寂しいってヤツも世の中には居るだろうが、おれは、そこに居ないおれにまでその場の空気が伝わって来るような、そんなものが好きだよ」

まるで、ずっと見ているだけだった「彼」を懐かしむように。

そこに、ずっと見ているだけだった「彼」を探すように。

ゆっくりと動く指先が、連続したセイルの写真を一枚一枚なぞる。

姿見の前にいたセイルが振り向き、きょとんと眼を見張り、身体全体で振り返って、両腕を広げながら得意気に微笑む。

誰かがセイルに声を掛けたのか、それとも誰かが訪ねて来たのか。どちらにしても歓迎しているらしい青年の笑顔につられて、クレイも口元の笑みを―――――。

濃く、するかと、思われた、刹那。

男は神経質そうな指先でスライドさせていた写真の一枚に指を置いたまま、笑みを消して硬直した。

「―――セイル」

不意に、それまでの穏やかな空気を払拭して固い声で呼ばれ、セイルはモニターに落としていた視線を上げた。

「これ、誰だ」

たたん、と二度タップされて拡大された写真を、セイルとイチイが同時に覗き込む。それは先ほどクレイの見ていた連続写真の最後、画面左に寄った場所で両腕を広げて笑みを浮かべているセイルのものだった。

「これ」

食い付くようにテーブルに身を乗り出したクレイが指差しているのは、その笑顔のセイルの背後にあり、何の変哲もない室内を映す姿見の、また隅。

「これ? って…ああ」

限界まで拡大された、やや荒れた画像を凝視していたセイルが、首を捻りながらモニターに顔を近付ける。姿見に映っているのは室内と、青年の背中、それと。

白と黒と、見事な金髪。タキシード。

「ラド邸の執事さんだよ。確かその時、僕宛の電信がお屋敷の方にあって、それを伝えに…」

「――――ドイル・バスク?」

そういえば、と姿見の隅に映り込んだドイルを見ながらその時の事を思い出していたセイルの言葉に被せるように、クレイが固い声を放つ。

言われて、セイルはぱっと顔を上げた。

「バスクさんの事、知ってるの?」

不思議そうなムービースターの顔を見つめたまま、クレイは曖昧に小首を捻り、微か、眉を寄せた。

なぜ、なのか。

  

   
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