■ 前へ戻る   ■ 次へ進む

      
   
   

番外編-10- からくりキングと嘘つきピエロ

   
         
(12)

     

最終的にラド邸に居残ったのは、家主であるベッカーと執事ドイル。そのベッカーに呼ばれて休日返上で駆け付けたウィンリイとメリル、ミナミ、ハルヴァイト、ヒュー。と、今現在屋敷に居候中で、ベッカーに「今日はここから出るな」と言い渡されたクレイと…セイルだった。

ミラキ邸よりずっと狭いが落ち着いた内装の応接室には三人掛けのソファが向い合せに二つと、センターテーブル、その他に二つばかり小さな円卓が窓際に点在し、幾つかの肘掛椅子も無秩序に室内に置いてある。

「さて、何から説明したらいいのかねぇ」

多分定位置なのだろう、三人掛けのソファの一つを占拠したベッカーが俯き加減で溜め息混じりに呟くと、真正面に座すミナミがちらりと傍らのハルヴァイトに視線を向けた。しかしハルヴァイトは青年を見返すでもなく、横柄に腕を組んだままソファにふんぞり返っている。

で。

「丸投げかよ」

「いやいや、ミナミが、何かお訊きになりたい事がおありのようなので」

そりゃそうだけど。と、相変わらずの無関心さというよりも微妙に機嫌の悪そうなハルヴァイトの横顔から諦め気味の視線を引き剥がしてから、ミナミはベッカーに視線を戻した。

「結局、セイル君を襲ったのって、何?」

今現在この部屋には居ないが隣室で塞ぎ込んでいる青年の暗い表情を鮮明に思い出しつつミナミが問うと、ベッカーが特に感慨もなくあっさりと頷く。

「オレが部屋で作ってた、からくり人形だよ」

言われて、室内の反応は概ね二つに分かれた。

まず、厳めしい漆黒の長上着を真紅で飾った見目麗しい御三方は不思議そうに目配せし合い、思い思いの私服に身を包んだ第九小隊の砲撃手と事務官が、納得したように大きく頷く。そこはつまりそれぞれの「ベッカー・ラド」に対する理解の違いであって、特務室の面々は男の「趣味」をよく知らず、第九小隊では日常会話にさえ上る当たり前の事柄だったのだ。

「そのからくり人形が独りでに動いて、セイルを襲ったのか?」

「そう。ガリューに寄越された報告書にあった、「機械式」がスレイサー衛視を襲ったみたいに、勝手に動いて」

アンの弄り回していたバラバラの機械式を思い出し、ベッカーは内心で溜め息と苦笑を漏らした。アレがどう動くのかとか、そもそも臨界式で動かせるのかとか、組立を手伝った勢いで動作試験にも付き合ったシロモノにこんな秘密があったとは、という所だろう。

「つってもさぁ、あの「機械式」と「からくり人形」じゃ機構も機能も違うからねぇ。「同じに動いたか」って言われると、ちょっと違うけどもね」

ソファの背凭れに片腕を預けてこつこつとこめかみを叩きながら、相変わらずの緩い表情で言い足す、ベッカー。細長い脚を持て余し気味に組んだ男のくすんだ金髪を眺めながら、ミナミは無表情に小首を傾げた。

「違う?」

「……アイリー次長って、時々面白いよね、ホント」

ふふ、と緊張感なく軽い笑いを漏らしたベッカーを、本日最高に不機嫌な顔でハルヴァイトが睨む。

その突き刺さる視線をゆるりと受け流したベッカーは、それまでこめかみに置いていた指の背を唇に当てて、一瞬だけぎゅっと眉根を寄せた。それが何を意味するのかミナミには判らなかったが、不意に立ち上がったメリルが慌てて退室して行ったのに、何か理由があるのだろうとは思う。

「動いたのは、「からくり人形」で「機械式」じゃねぇって事はだ、つまり、手足の動きを制御するための電脳も命令系統も、何も無いって、そういう意味ですよ」

言い置いて、不意に。

ベッカーは口元に持って来ていた手をぐっと握り締めると、その固い拳を手加減なしで自分の側頭部、耳の上辺りに叩きつけた。

がっ! と鈍い音。ミナミは思わず息を詰め、そのミナミの背後に立っていたヒューが呆気に取られた表情を見せる。

「待って、アイリー次長。今、最後まで、座らせて置く準備するから」

何時の間に近付いて来ていたのか、ぽかんとする衛視を前にもマイペースさを崩さないウィンリイが、ソファの背凭れ越しに両手でベッカーの左右のこめかみ辺りをギュッと押さえ付ける。額側に回った人差し指の先が真っ白になるほどの力で締め上げられても、ベッカーは特に文句を言いもしなかったが。

「スレイサー班長に、やって貰う? ベッカー」

「ばかだね。そんな事頼んだら、頭蓋骨割れんだろうに」

「なんか、悪いモン出て、良いかも」

「…ああ、そうかも」

「いや、悪いモンの先に脳ミソ出んだろ、それ」

ああ、そうかも。

ベッカーの偏頭痛の発作が始まりそうだとは知らないミナミたちはじっと身動きせず、そのうち、洗面器らしいものを抱えて慌てて戻って来たメリルが、それをセンターテーブルの上にごとりと置く。それに満たされているのは氷水で、事務官は指先を真っ赤にしながらもてきぱきと水底からタオルを引き揚げ、固く絞って、ベッカーの頭を押さえたままのウィンリイに差し出した。

一旦ベッカーの頭から手を退けたウィンリイは冷えたタオルを受け取ると、それを男の額に載せて、落ちないように仰向かせた。

「このまま、続けて」

「制御脳らしいもののない「からくり人形」を動かした犯人は、どこに居たと思います?」

目の前の異様にも動じないハルヴァイトが、平然と質問を繰り出す。

「多分スタッフに紛れ込んでたんじゃないのかねぇ。相手は制御系。バックボーンの容量も、まぁ普通だろうよ」

「じゃぁ、屋敷に居た連中を帰さずに尋問すれば良かったんじゃないのか?」

「つうか、なんで制御系?」

ヒュー、ミナミの順に質問されて、目元まで覆うタオルの下、ベッカーがあの玉虫色を瞬く。

「手足の動きを制御する電脳のない「からくり人形」を動かそうとすれば、単純な方法として、見えない操作索を全身に張り巡らせればいい。しかし、あのドールの動きは実は極単純で、大きく分けて前進、後退、跳躍、腕を振る以外の細やかな動作は無かった。始めあれは手首付近に絡んだワイヤーと、それに繋がれた固定フレームの残骸を振り回して攻撃して来たが、その「武器」の動きは全く制御されておらず、あくまでも腕の動きに付随して振り回されているだけだった。その後エアード系の魔法で吹き飛ばされた時も、「スカラベ」に足を掬われて天井に叩きつけられた時も、そこから床に落ちた時も、衝撃を逃がす事も抵抗する事もなかった。つまり相手魔導師は、そう言った、瞬間的な判断で仔細に機体を動かす事に慣れていない、もしくは、スペックに余裕が無かったかのどちらかという事になる」

いつもの緩い口調を改めて滔々と語るベッカーの口調に、違和感を覚える。

「もし相手魔導師が攻撃系であったとしたら、あのドールはもっと上手くこちらの攻撃を受け流しただろうし、もっと的確にこちらを攻撃して来ただろう。だから相手魔導師は「対象を戦わせることに慣れていない」制御系の可能性がある」

「しかし、スタッフに紛れ込んでいた、という予測はどこから?」

「それは単純に、操作域の問題。例えば相手がガリュー並みのバックボーンを持って居たとしても、操作域が極端に広いとは考えられない。

だってさぁ、まさかガリューでも、バックボーンで何キロも先から「からくり人形」動かすなんて、やんないでしょう」

ふと首を動かして正面を向き、額から落ちて来た、温くなったタオルをメリルに投げ渡したベッカーが、肩を竦める。

「確かにやりませんが、やれないとは限りませんよ」

淡々と返したハルヴァイトに、ベッカーは首を横に振って見せた。

「大勢の人間が出入りする場所で、あてずっぽうにあんなモン動かすなんてのは、ナンセンスだろうよ。しかも、撮影の途中でおかしな雑音騒ぎがあった。ああ…その原因が、これなんだけどもね」

話の途中で思い出したのか、ベッカーはシャツの胸ポケットを探って何か小さなものを摘み出すと、それをころんとテーブルの上に転がした。

「何、これ」

ミナミの白い指先が示すのは、ベッカーがバラしたライトの部品の隙間から見つけた、円筒形のパーツだった。

「それ自体にゃぁなんの機能もない、ただの部品。機材の中に仕込んであって、無駄過ぎて、意味のないノイズを発するだけのモンだよ」

意味のない雑音を出す、意味のある物。

「騒音か」

ふと、ハルヴァイトが呟く。

「そう。無意味な音を出して、オレの邪魔をするためのモン。だからつまり相手魔導師はさぁ、この屋敷の中での臨界接触現象をカモフラージュするために、わざわざ仕込んだんだよ」

だから。

「犯人は屋敷の中に居た。スタッフに紛れ込んでいた。アイリー次長は今日この屋敷に居た全員の顔を覚えている。そして、オレはその犯人を、「逃がした」」

つまり。

「――――もしかして、ラド副長は、ターゲットを「セイル君だけにさせない」ために、相手を「逃がした」っての?」

ミナミがぽつりと呟いて、刹那、室内の視線がベッカーに集中する。

「違う、アイリー次長。オレは、「向こう」が二度と「こっち」に手出し出来ないようにしたんだよ」

それすら高揚感もなく言い切って、ベッカーはメリルに差し出された冷えたタオルを受け取った。

「…どういう事だ」

自称一般市民で魔導師の思惑などさっぱり予想も出来ないヒューが、溜め息混じりに問い掛けると、ベッカーはそこでなぜか、はははっ、といかにも軽く笑った。

「相手の臨界脳にとあるプログラムをアップロードして、常駐させた。向こうの電脳が再起動したら、現在地を発信するようなヤツをさ。そのためにまず電脳を正常にダウンさせる必要があったからドールを分解して、強制切断の手順を踏ませた。その後訊いたら、脚本家先生は体調不良を訴えたスタッフは居ないって言ってたから、そこまでは成功だな」

くすくすと笑いながら再度額に載せたタオルに手を当て、天井を見上げる、ベッカー。

「ガリュー、今すぐ特務室に戻って監視用端末を一基押さえろ。今日ここでドールを動かした「電脳」が臨界に接触した時点で、現在地を報せる座標が送信されて来る。後は、その信号を追って毎回、即座に警備兵を巡回させろ。それで、向こうはムービースターにもアイリー次長にも、今日ここにいたスタッフにも構っていられなくなる」

追い詰めろ、とベッカーは笑う。

「では、ラド副長にもすぐに登城して頂く必要がありますね。臨界式信号の受信は…」

「オレのお仕事は俳優の護衛でしょ。行かんよ、オレは」

頭痛いし。とベッカーは付け足して、また少し笑った。

タオルを額から振り落とし。

ソファの背凭れに腕を載せて。

蒼白く冷や汗の浮いた顔のまま。

男が、嗤った。

「受信周波は「ファイラン公共チャンネル・スリー」。朝昼晩と24時間公共広告とニュースとエンターテインメントインタビューの番組ばっかりやってる、あれだよ」

告げられて、今度こそハルヴァイトとミナミは唖然とした。

「いちいちお前らに付き合ってんのも面倒だからさぁ、そこに乗っかるように合わしといたわ」

ははははは! とベッカーが笑う、笑う、嗤う。

ベッカーだけが、嗤う。

「いやぁ、ドールと喧嘩しながらプログラムなんて組むモンじゃねぇよ。あそこでオレが倒れなかったのが、奇跡だ」

だから最後の最後で手を抜いた、と男は、また嗤った。

     

   
 ■ 前へ戻る   ■ 次へ進む