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番外編-2- その頃、少年?

   
         
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 広く薄暗い演習室にひとり佇む電脳魔導師隊大隊長グラン・ガンの足下に、ゆっくりと、音もなく光りの軌跡が描かれていく。立ち上げ速度を最低に設定された電脳陣は、微かに瞬く火花のような金色の煌きを追って、少しずつ、少しずつ、見慣れた文様を生み出した。

 直径一メートルほどの陣が充分な時間をかけて構築される様を思慮深い緑色の瞳で見つめるグランの顔に、知らず、仄かな苦笑が浮かんだ。

 相変わらず雑なプログラム。なぜ、こんなにも不出来な自分が魔導師どもの頂点に立っているのか、今でも彼は判らないままだった。

 以前、イーランジャァ浮遊都市との展覧試合の折、ハルヴァイトが事も無げに言い放ったセリフを思い出す。

 ハルヴァイトが最初に起動するのは、臨界におわす「AI/ディアボロ」。目覚めた「ディアボロ」は、自由に動く手足を得てハルヴァイトの呼びかけに応じようと自ら現実面へ干渉し、ハルヴァイトはそれを拒否しない。

 だから彼の陣は、歪んでいようが潰れていようが美しく、「ディアボロ」は間違いなく臨界を振り切ってこちら側へと顕現する。

 例えいっとき、「ハルヴァイト=ディアボロ」であっても、だ。

 だからなのだろうか、とグランは、垂直に立ち上がった光の渦巻きを見つめ思った。

 だからハルヴァイトは「自由」なのだろうか。

 だから「ディアボロ」は気侭なのだろうか。

 自らの足で不安定な浮遊都市の「地面」を掴み、前に進み、後退などせず、荒れ狂うあの「悪魔」と無言の言葉を交わして、御(ぎょ)すのではなく意思の疎通をもって自らの定めた経路に沿い、目前の物事を決められた「解答」=「到達点」へと誘導する。

「彼ら」には目的があるのだ。きっと。

 誰も知らず、理解されもせず、しかし、「彼ら」だけが絶対に譲らないと決めた目的が。

 だからなのだろう。

「……もしわたしにもガリューのように「目的」があり、それをお前が「理解」してくれたのなら、わたしも、ミナミくんのように…お前に触れる事が出来るのだろうか」

 こんな光の牢獄を振り切り。

「なぁ? 「ブリトラ」」

 優しくそう呟いたグランが、回転する陣に触れるぎりぎりまで腕を伸ばす。

「お前は、ふかふかか?」

 グランの穏やかな緑の双眸が見つめる先には、体長十三メートルに達する象牙色の巨獣が、手足をきちんと揃えて鎮座していた。

 房のついた尾を揺らめかせた「ブリトラ」は、持ち上げた前足でかしかしと顔を撫で、しきりに首を左右に振って……退屈しているように見える。

 燃え盛る金色の、臨界式文字が透ける鬣。野太い四肢が支える胴体にも臨界式文字の踊る、黄金の獅子。

 いつか、自分の寿命を悟ったならやってみたいと思う事が、グランにはあった。

 理論だけならば完全に理解している「開門式」プログラムを構築して、臨界「AI/ヴリトラ」と交信してみたい。運良くそれで「直結」許可が下りたなら、誰にも知られずこうやってたったひとり、こんな光の檻なしで現実面に顕現した「ヴリトラ」と対面し、あの鬣の手触りだとか、あの四肢の太さだとか、温度とか、そういうものを確かめてみたい。

 幾度となく頭に浮かぶ、消極的な希望。不意に、「ヴリトラ」がごそりと立ち上がった。

 見上げるような巨体が振動もなく動き、グランの目前まで迫る。陣の中で伸ばしたままの手にじゃれつくよう首を下げて鼻先を近づけようとするものの、渦巻く陣の「気配」に押されて、苛立つように前足で床をひっかき、またも首を左右に振りたくってから、長い尾の先端で床を打ち据える。

「……………そうだな、「ヴリトラ」…」

 その、まるで猫のような獅子の仕草に、グランの口元に浮かんだ笑みが一層濃くなった。

「それだけで、いいのかもしれん」

 触ってみたい。

 たったそれだけの「目的」を「到達点」に決め、命を捨てる覚悟で臨む無謀さがあればいいのかもしれないと、グランは思った。

「どうも、歳を取ると保守的になっていかんな。あれほど盛大にミナミくんは、全ての魔導師に身を持ってその方法を教えたというのに」

 あれほど盛大に。

 触れたいから。

 そのために自分の中の過去を解決したいから。

 触れたいそのひとを無くすかもしれないけれど。

 それでも触れたかったから。

 包み隠さず、曝け出した。

「……………少し、話しをしようか、「ヴリトラ」」

 呟いてグランは、一個のモニターを立ち上げた。

「…エンター…」

  

   
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