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番外編-5- 夢が見れる機械が欲しい

   
         
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 りゃぁ! とかなんとかやかましい掛け声とともにどん臭く突きを出すタマリと、それを受け損ねたアンが床に敷いた薄いマットレスに転がるのを眺めていたミナミの視線が動いたのは、更衣室に続くスライドドアが静かに開いた時だった。

 こちらも元から置いてあったのだろう、黒いVネックのトップと動き易そうな幅広のボトムに身を包んだハルヴァイトと、ドレイク。普段なら適当に首の後ろで括ってある鋼色の髪が少し高い位置にあるのに、ミナミがちょっと苦笑を漏らす。

 勝つ気あり過ぎ?

 それまで、筋は悪くないだろうからやる気があるなら基本から、などといかにもな事をデリラに言い、足の運びと腕の動きに連動性を持たせてとちょっと突っ込んだ話をしていたヒューも、物音に気付いてハルヴァイトたちの方へ顔を向ける。

「ガリューとミラキも基本からやるか?」

「俺ぁ十式解除だぜ、班長」

 ふふん、とちょっと自慢げに肩をそびやかしたドレイク。

「解除? って、ミラキ卿、教官とか出来んだ」

 いつになく感心したようなミナミのセリフに、ドレイクがにこにこと頷く。

「デリさんは?」

「一般限定スね。階級検定二回しか受けてねぇんで」

「ふーん。タマリとアンくんは…いいとして」

 何か興味があるのだろうか、ミナミが床に座ったままそれぞれの顔を見回しながら、そんな質問を繰り出す。

「つうか訊いてよ、アタシにもぉ」

「いや、でも、訊かれたって答えに困るだけですし…」

 無階級のその他大勢はそれできっちり流され、ミナミの視線がヒューに移る。

「ヒューは師範?」

「十式は無階級。というか、免除。俺はそもそも四式からしか習ってない」

「式組み手つうのはあんまやってねぇんだ」

「…俺のやってる「一式組み手」というのはほぼ全ての組み手の基本を取り込んだもので、一段解除で四式解除が一緒に許可される仕組みなんだよ」

 ややこしいな。と思いつつもなんとなく感心したように頷き、んじゃさ、と追加質問に移る、青年。その間にハルヴァイトとドレイクは準備運動を始め、ヒューはミナミに答えながらもデリラの指導に戻っている。

「足技中心の二式ってのさ、軍用訓練には入ってねぇけど、ヒューはそれもやってんの?」

「詳しいな、ミナミ。やってるというか、やらざるを得ないというか、一式解除で師範になるには当然二式も解除されないとならないからな」

 半分アクロバットみたいな空中技の多い二式組み手は、やろうとすれば相当キツイのだろうが見ている分には楽しい。以前はろくに家から出歩けずテレビばかり観ていたミナミは、格闘技中継でその存在を知った。

「じゃ、もしかして、二式十段とかも出来んだ」

「出来るよ。床の上でやるのは勇気がいるぞ、あれは」

 空中回転系足技中心の二式十段。そんなものを床の上で披露したら、まず、首の骨がどうにかなるかもしれない…。

「てか班長…、もしかして二式解除なのかね…」

 踏み込んだ足でヒューの踝を蹴り払おうとしたデリラを身軽に避けたヒューが、嫌味なくらいに涼しい顔で頷く。

「二式までは解除だ。一式七段のまま三年もぐずぐずしてて、そろそろ師範に半殺しにされそうだがな」

「ちなみに、一式七段ってのは、どんな具合のランクなのかね」

 引き攣った笑顔をヒューに向け、無意識に後退さる、デリラ…。

「対多数組み手で四人以上を一分以内に落とさないと、ラスボスが出て来て二秒で床に沈むくらい?」

「ヒューが訊いてどうすんだよ」

 っていうかヒュー、それって人間じゃねぇ。と溜め息混じりに突っ込むミナミを受けて、タマリがけけけと笑った。

「つうかそのラスボスも人間じゃねーなー、とタマリさんは思う」

「…………………多くは語りたくないが、確かに人間じゃないな…。どちらかといえば、俺よりタマリに近い動きだし」

 は? とそこで、全ての生徒(?)たちがきょとんとヒューを見つめた。

「無駄を完全に省き一撃必殺、というのが一式の理(ことわり)。だから、動きそのものはゆっくりに見えるし、無駄弾もない。さっきコルソンにやって見せたいなし動作みたいなもので、確実に相手を落とすのが一式だ」

 相手が十人ならば十手で完勝する。それが、ヒューの極めようとする武道なのか。

「ひとつ質問をいいですか? 班長」

 半ば凍り付いた周囲をよそに、黙々と準備運動するハルヴァイトがヒューを見上げる。

「なんだ」

「それで、あなたはどうしたいんです?」

 おかしな質問に、タマリとアン、デリラとドレイクが顔を見合わせる。しかしミナミにはその質問の意味が判っていたのか、それとも彼自身ヒューにそう問いたかったのか、透明なダークブルーだけが、睨み合うふたりの男たちをじっと見つめていた。

「お前と同じだよ」

 微かに笑みの浮かんだ唇で囁いたヒューが、全てから視線を外す。

 その答えに満足したのだろうハルヴァイトの鉛色が、壁に背中を預けて座っているミナミに流れ、ミナミは、「でさ」と、それまでのやや重い空気を振り払うようにわざと気軽な口調でハルヴァイトに訊いた。

「あんたは格闘訓練とかした事あんの?」

 無表情に問いかける青年。

「ある程度は」

 それに、ハルヴァイトは素っ気無く答える。

「限定解除とか?」

「いえ。無階級ですよ、検定も受けた事ないですし」

「つうかあんたの場合は、それが面倒なんだろ、どうせ」

 そうに違いない。

「まぁそうなんですけどね、実際。でも、ほら、基本的に、格闘技を極めるよりも別の事が忙しいので、わたしは」

 で、ハルヴァイトはにこりと微笑んで見せた。

 ミナミに、ではなく、ヒューに。

「俺に勝てたら解除証明付けてやろうか」

「それはご親切に、どうも」

 その様子を眺め、ミナミは内心溜め息を吐いた。

「なんであんたらはこう、微妙に仲悪そうなんだ? 最近…。いや、なんとなく判るような気もするんだけどさ…」

 言ってミナミは、にやにやするハルヴァイトの顔とヒューの背中を見比べ、肩を竦めた。

      

      

 タマリとアンに一通りの指導を済ませ、疲れたら休むようにと告げる。

 デリラには幾つかの手順を教え、続きは、十式解除のドレイクに任せる。その時ヒューは、デリラの踏み込みの甘さと浅さを指摘し、それを重点的に直せば随分良くなるだろうと付け足した。

 ついでにドレイクの動きを一通り見たヒューが、目の動きが悪いと言い置いたのを聞いたミナミが、なるほどと勝手に納得する。

「ヒューってさ、瞬き少ねぇんだよな、基本的に」

「お? そうなの?」

 疲れたというよりは飽きたのだろうタマリが、壁際で膝を抱えているミナミの隣りにすとんと腰を下ろすなり、持参して来たミネラルウォーターを呷りながらペパーミントグリーンの瞳をきょろりと動かし、無表情な青年の横顔を窺う。

「うん。普段はこう、間隔取ってゆっくり瞬きすんだよ。それがさ、慣れてねぇとちょっと怖い感じに見える。印象悪いつうの?」

「偉そうだからじゃないんだ、あのムカつく空気は。てかさー、それ言ったらみーちゃんもだよね、瞬き」

「…え?」

 床に投げ出した細っこい足の間に両手を突いたタマリが、首を傾げてミナミの顔を覗き込む。その時彼の面を飾っていたのはいつもと同じ枯れ行く笑顔だったけれど、ミナミにはなぜか、タマリが何かを面白がっているような気がしてならなかった。

「俺も?」

「うん。みーちゃんも瞬き少な目だよ。ヒューちゃんと違って、ぱち! って速いけどね」

 にこ、と邪気のない明るい笑顔を向けられたのに、なんとなく何か探るように視線を泳がせた、ミナミ。

「ミナミさんの、閉じてる時間が短いのは見てる時間が多いからじゃないんですか?」

 相手になるタマリがサボり始めたからだろう、勢い、ミナミを挟んでタマリとは反対側に座り込んだアンが、何やら相談しているドレイクとヒューを眺めたままぽつりと呟く。

「ヒューさんが瞬き少ないのは、目が悪いかららしいですけ…ど…」

 とそこで、ほお! と…ミナミとタマリが同時に、高速でアン少年を振り向く。

「目、悪いんだ、ヒューって」

「へーへーへー。知らなかったぁ、タマリさん。タマリさんは知らなかったよ、うん」

 立てた膝を抱えて顔だけをアンに向けたミナミが微かにその薄い唇を綻ばせて言えば、その向こうではタマリが頭の後ろに手を組み、わざとアンには視線を向けず、伸ばした両足を交互にぱたぱたさせる。

「と、本人が言ってたって話で!」

「つうことはさ」

 背中にイヤな汗を掻きつつも悲痛に叫んだアンを、あのダークブルーが…。

「アンくんはそれを本人に質問したんだ」

 なんか見てる。と少年は半泣きで顔を伏せた。

「や…やぶへびだぁ…」

「自爆だろ?」

 もう何も言いません、ぼくは! と耳まで真っ赤になって俯いたアンと、今日は機嫌がいいらしい…理由は明白なのだが…ミナミの口元を飾った柔らかな笑みをちらりと横目で見遣ったタマリが、わざとらしくにゃははと笑う。

 この場合は、瞬きがどうのという話に流れるまでが問題で、今ミナミは、デリラとドレイクを相手に話すヒューの顔をじっと見ていて、彼の瞬きの少なさを「確信」した。タマリも、そう話す青年の横顔を見ていて瞬きの少なさに気付いた。

 となれば、アンが既にヒューの瞬きについて質問までし終えているという事は?

「いーねー若いモンは。つうか、ヒューちゃんなんかタマリさんと同い年じゃねぇかよ、ちっ。ばーかばーか。お前なんかハルちゃんにぶっ飛ばされて負けろー」

「…ヒューとタマリが同い年っつーのを信じたくねぇ。…つうかタマリ大人げねぇ…」

 殆どギャラリーと化したタマリとアンと、最初からギャラリーだったミナミが壁際できゃぁきゃぁ(と彼らには聞こえた…)騒いでいるのを横目に、なんとなく顔を見合わせたデリラとドレイクが、同時に口の端を歪める。

「すげーやり難くねぇか? デリ」

「やり難いっスね。なんたって、ギャラリーに遠慮ってモンねぇんで」

「だからってよ、あのメンツで遠慮されたらそれはそれでおっかねーんだけどな…」

「ミナミさんとかね」

「タマリとかよ」

 そこで二人は、うーん、と眉間に皺を寄せて考え込んだ。

「アンのはなぁ」

「天然スからねぇ」

 遠慮とかそういうレベルに到達していないだろう、と意見の合致を確認したドレイクとデリラは、避難目的六割強という微妙な割合でさっさと訓練を切り上げた。

「つーか終わんの速過ぎ」

 予想通りのセリフでミナミに迎えられたドレイクが、タマリの首根っこを掴んで壁から引き剥がし、場所を占拠する。その暴挙に抗議しているらしいタマリは床を這ってドレイクの足元に擦り寄り、膝の辺りにしがみ付いたきり離れようとしなかった。

 のを無視して、ドレイクが壁に背中を預ける。

「自分の訓練よか、あっちの方がぜってー面白ぇだろ」

 軽く流した視線の先には、佇む黒と黒と。

 青鈍の光沢を纏った鋼色と金属質な照り返しの銀色と。

 曇りのないサファイヤと透明度のない鉛色と。

「こうして見ると、意外に違うのね。ハルちゃんとヒューちゃんて」

 似たような背格好だといつも思っていたが、実は並べてみると、ハルヴァイトの法が少し背が高く、ヒューの方が身体に厚みがある。

 そして、向かい合うふたりの顔を見つめ、ミナミはそっと呟いた。

「もしかしてあの人がすげー強くても、ヒューには勝てねぇよ」

 今にも笑みさえ混じりそうなその声に、他の四人がミナミの横顔を見つめる。

「同じだつったからさ、さっき…」

 ハルヴァイトが電脳魔導師として決めた事を、ヒューが武道家として決めたのなら、彼は絶対に倒れないのだとミナミは。

 ミナミには、判っている。

 判った。

  

   
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