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番外編-5- 夢が見れる機械が欲しい |
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またもや、うらぁ! と腑抜けた掛け声と時折柔らかいものが床に叩き付けられる音だけが戻った、道場。 訓練再開を命令されたタマリとアン少年は、相変らず進展なさそうにどん臭い動きで組み手し、掴み技を教えてくれと言ってしまった(…)デリラは、短時間でもう五回も床に転がされていた。 手足の長さを生かした、というか、手足が長いからそういう方法になるのだろうヒューの動きは、完璧に極まっている。元が喧嘩っ早いらしいデリラもそれなりにヒューの動きに着いて行こうと躍起なのだが、いかんせん、相手が悪い。踏み込めば下から掬われ、突けばいなされ、衣服のどこかを掴んでひょいと投げ飛ばされる。しかも、デリラの回避しようとする力を利用しているらしい何かしらの技を仕掛けるヒューは、少しも力を入れているようには見えなかった。 そんな様子をぼんやりと眺めているようでいて、ミナミは非常に居心地の悪い気分を味わっていた。何せ、背中を壁に預けて座っているミナミの右にハルヴァイトが、左にはドレイクが難しい顔で座り込んでいるのだ。それらに挟まれて、尚且つ何か、どこかで電脳陣が稼働しているらしい肌にちりちりとした緊張を感じて、居心地いい訳がない。 「………。辛ぇ」 ふうと溜め息みたいにミナミが呟き、ハルヴァイトが小さく笑う。 「もうすぐ終わりますよ」 「つか、何やってんの? アンタら」 「班長のデータを取るための準備です」 それきり口を閉ざしたハルヴァイトをちらりと横目で見遣って、ミナミは再度溜め息を吐いた。 やっぱり、あれで終わる訳がなかった。 「……こんなモンだろ、ハル。全高千八百ミリが限界だな。モデリング変更なし、出力調整なしで顕現時縮小が精一杯だ」 大きく息を吐いたドレイクが、がしがしと白髪を掻き回しながら言う。それでハルヴァイトは少し何かを考えてから、「では」、と言いつつ身を預けていた壁を背中で突き放した。 「こっちはそれ以上何も弄り回さず、逆に、班長の方に防衛圏を」 「だから、俺はもういっぱいいっぱいだって」 床に胡座を掻いて腕を組んだハルヴァイトを、膝を立てて座ったまま身を乗り出してミナミ越しに睨む、ドレイク。髪と同じに真白い眉が吊り上がり、曇天の瞳に剣呑な光が瞬く。 「顕現縮尺だけなら多少は余裕あっけどよ、それでおめー、動かすんだろ? 普通に。おめーの出す命令通すだけでも、俺ぁ死ぬ思いなんだけどな?」 「…俺挟んで兄弟喧嘩すんなよ…」 などと言う割にはいつもと同じ無表情を貫く青年に、悪ぃ、と苦笑いして見せるドレイクに反して、ハルヴァイトは黙って正面に向き直った。 「こういうトコ微妙に腹立つよな、このひと…」 思わずミナミの口から漏れたのだろう本心に、ドレイクが微か口の端を吊り上げる。 「いい傾向だな、ミナミ。ついでにそいつ叱ってやれ」 「いやだ。口利きたくねぇ」 俺今日あっちの家帰らない、などといかにも拗ねた内容ながらぶっきらぼうに吐き出されたセリフに、ドレイクは吹き出しそうになった。 「お前、最近そういうトコかわいいよな」 「………………………。ミラキ卿とも口利きたくねぇ…」 にやにや笑いのドレイクから高速で顔を背けたミナミのダークブルーが、無言で見つめて来る鉛色とぶつかる。 「ミナミをからかうのはこれくらいにしてですね」 「アンタじゃねぇだろ、からかってんのは」 「だから、ドレイクが」 「俺かよ!」 「それで、タマリ」 なんだか収拾のつかない会話を強引に打ち切って、ハルヴァイトはタマリを呼び寄せた。 「なーにかな? タマリさんに用事かい」 丁度掴み掛ろうとしていたアンの腕を軽い動作でいなしたタマリが、ついでに少年の脛を蹴飛ばして、うわ! と情けない悲鳴と伴に沈んだ上体、背中を、軽く下に押し付けるよう叩く。それで、ぐしゃ、とアンはその場に潰れ、ドレイクとミナミは眉間に皺を寄せて思わず唸った。 タマリ、実は、どん臭いのか身軽なのか非常に不明。 「班長の動体をリアルタイムで観測。アン・ショック系のプラグで保護出来ますか?」 「アブソーブ系アン・インパクトじゃだめかい?」 「出来れば、無反動の方がいいんですけど」 「んじゃぁ、ちーと無理していいなら、アーマクラス上げる数列魔法でシェル構築出来るよ?」 すたすたと歩み寄って来ながら意味不明の単語を羅列するタマリと、それに答えるハルヴァイト。薄いマットレスにうつ伏せになったままだったアンが俄かに顔を上げ、肘を突いて、水色の瞳を歩み去ろうとするタマリの背中に据える。 「無反動シェルじゃ、保護されてるはずのヒューさんに衝撃が伝わりませんか? 怪我しますよ、きっと」 「うーん。ヒューちゃんバケモノだからさぁ、多少は耐えられると思うんだけどねぇ」 「アーマクラス変更じゃなくてよ、数列魔法系のナイン属とかねぇのか? タマリ」 「お? 無効化まほーですか? ああ。あるけど」 「じゃぁ、それ使えば対衝撃無効ですから、打撃自体も遠慮なく出せますよね?」 いつの間にか話に参加しているアンを含む四人に囲まれて、ミナミは無表情ながらヒューに同情した…、少し。 ミナミは、彼らが何を話しているのかほとんど理解出来ているのだ。正直、酷い言われようだと思う。 「ところが、意外な落とし穴があるんだね、そこに。 アタシの持ってる数列系ナイン属つうのがさー」 にゃはははははは、と。タマリが威張って笑う。 「ナンバリング・ナイン・ポイント・ゼロゼロなんだわ、これが」 「「「…………………」」」 それを聞いて、ヒューとデリラが顔を見合わせて首を捻る中、ひとりミナミだけが…。 「すげー、使えねぇ」 と、呟いた。 ミナミ、行く末は魔導師か? 「接点ゼロ稼働って…、そんじゃこの場合は使えねぇな、確かに」 「対物限定でしょ、ふつーは。そんなモンそんなモン」 呆れたドレイクに舌を出して言い返したタマリの背中を見つめたままのアンが、ごそりと起き上がる。 「極限定範囲内の衝撃無効なら?」 少年は言って、ハルヴァイトを見つめ返した。 「焼き付け保護じゃなくて、バイパス使って端末全体保護形式で、とか」 「…それでは、タマリが動体の観測と分離稼働するナンバリングの監視に忙しいですよ?」 「そのバイパスは、ぼくが描きます。だってほら、ぼく、そもそも…ジャンパー撤去しちゃってますし」 ね? と微笑んで小首を傾げたアンの顔を見つめたまま、ミナミは、ヒューも苦労人だなとかなり本気で思った。
それで何やら方向性が決定したのか、難しい顔でああでもないこうでもないと話し合っていた四人の魔導師どもがミナミの傍を離れ、準備作業に入る。ポイントがどうとか転嫁率がああとか言いながら道場を歩き回るアンとタマリを無表情に眺めていたミナミの傍ら、少し離れた位置に、もう音を上げたらしい汗だくのデリラがどさりと座り込んだ。 「もう終わり? デリさん」 タマリの残していったミネラルウォーターを勝手に拝借していたデリラが、問われて苦笑を漏らす。 「自信喪失で疲れ果てたっスね…。ありゃ、マジでバケモンですわ、班長」 「どの辺が?」 さっきのハルヴァイトと同じように、情けないのか笑いたいのか微妙に理解し難い表情で溜め息を吐いたデリラに視線を移した、ミナミ。魔導師どもはまだ忙しく歩き回り、バケモノ扱いのヒューが腕を組んで退屈そうにそれを見ている。 「三手くらい先までね、こっちの行動読まれてんスよ。だから、例えばね、あ、危ねぇ、つって踏み止まろうとして、足出すじゃねぇですか? すっと、そこにもう班長の爪先が待ってんですよね」 だから結局蹴り払われて、床に転がされる。何度やってもそれが回避出来ない。 全て、ヒューの仕組んだ行動を取らされるのだと、デリラは少し忌々しげに言った。 「……、で、さ…。結局デリさんは、なんで急に格闘訓練なんかするって言い出したの?」 「…………………あー」 別に、訊くのはデリラでなくてもよかったのだが、ミナミは道場に来る前からそれを知りたかったのだ。ドレイクとハルヴァイトにはなんの意図もなかったとして、しかし、デリラとアンとタマリは、多分、最初から何か目的があってヒューを講師に指名したのだろう。 そう。教えるとか教わるとか、そういうものに一番遠い場所にいる、ヒュー・スレイサーを選んで。 「…ボウヤとかタマリがどうだか知らねぇですけどね…」 奥歯に何か引っかかったようでありながらも、デリラはミナミの質問に答えようとする。この、全てを観察し尽くそうとする青年には、嘘など無用なのだ。そして、この青年を納得させる事が出来れば、自分の中のもやついた気持ちも晴れるのではないかと、デリラは思った。 「また、もし、スゥに何かあったらね、今度は、俺がなんとかしてやんなくちゃなんねぇんだなってね、ちょっと…思ったからスかね」 照れたように、短い髪を掻き毟りながら俯いたデリラの横顔。 「…………………」 それがスーシェのためだけでないというのに、聡い青年はすぐ気付いた。 頬に注がれていた視線が逸れて、なんとなく気恥ずかしい思いながらも顔を上げたデリラがそこで目にしたのは。 膝を抱えた、綺麗な青年。盛大に毛先の跳ね上がった金髪と、嘘みたいに整った顔と、深いダークブルーの瞳。いつもなら、多少の事があっても崩れない無表情を貫くはずの面、淡い桜色の薄い唇に登っている…。 消えない笑み。酷く優しく、溶けてしまいそうで、溶け崩れない、柔らかな微笑み。 「俺さ…」 思わず見惚れていたその横顔、今はまだ笑みの残る唇が囁いた。 「そういうデリさん、すげーかっこいいと思うよ」 それにさ。と言い足してふと目を伏せた青年が、抱えた膝に顎を乗せる。 「そういう風に思って貰えるスゥさんが、少し羨ましいしさ」 笑みは消えない。永久に消えなければいいとさえ思う。 「…スゥさんと繋がってるタマリとかもさ、みんな、気付いてないだけで、すげー愛されてんだなって、思う」 背中を丸めて小さくなったミナミを呆然と見つめ、デリラは息を止めた。 様々な思いが去来する胸の裡。悪くない気持ちだった。本当なら誰にも知られず自分の中で消化して、それでいいはずの真相を、この青年はいつも黙って見ている。 見守っている。それしか出来ないから。触れられないから。見つめている。 真っ直ぐに。 「ミナミさんだって、愛されてんでしょ」 内緒話のように小さく呟いたデリラの顔を、ミナミがちらりと横目で見た。その表情、多分、デリラ以外には見えないように伏せられた顔は、なんだか少し、寂しそうに見えた。 「…………俺は、ダメだよ…。返す方法判んねぇし」 呟きに囁きが戻り、デリラはふと口元を綻ばせた。 ミナミの顔から、儚くも刹那で消えた微笑み。それも悪くない。そう、今この青年の綺麗な面差しを飾っているのは、寂しさではないのだ。 「そういう顔してやれりゃ、そんでいいんじゃねぇですかね」 俯いたきりのミナミから視線を外したデリラは、コートの中央に立ちこちらに向けられているハルヴァイトの不審そうな表情に苦笑を投げて、なんでもない、と軽く手を振って見せた。
思い出すのは、驚くほど自然に口を衝いて出た言葉。ようやく動かした腕がすっかり冷たくなった手を探り当て、熱を持った指でその甲を撫でた記憶。 好きだとも、愛しているとも言わなかった。 ただ。 行く場所もなくてその先に迷ってるなら、おれが面倒見てやるよ。 と、精一杯ぶっきらぼうに言った。 目も合わせずに。 答えを待って。 いつまで経っても返らないそれに少し不安になって。 ようやく彼を見た時。 彼は、少し寂しそうに…微笑んだ。
しあわせ過ぎて、泣きそうだ。と。
「つうかね、ミナミさん、そろそろ顔上げて貰えねぇと、大将に殺されそうなんですがね、おれが…」 いや、まぁ、判ってはいるのだが。 「………………………。こういうのも、愛されてるっつんじゃないんですかね?」 「それ、なんかウソ臭ぇ…」 それまでとは赴きの違った溜め息を吐いて顔を上げたミナミと伴にデリラは、最近やたら大人げないハルヴァイトに、思いきり失礼な苦笑を向けてやった。
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