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番外編-5- 夢が見れる機械が欲しい |
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最終段階だと言ってコートの中央に立たされたヒュー。 ハルヴァイトとドレイクはそのヒューの正面、随分と離れた位置に腕を組んで場所を確保し、タマリとアンはヒューの背後、ミナミとデリラの陣取る壁際近くに立った。 「それで、データを取るって、俺は何をやらされるんだ? ガリュー」 「基本的には、普通に組み手していただければ」 「……訊きたくないが、「何」とだ?」 勘よく思いきり顔を顰めたヒューに、ハルヴァイトとドレイクがにーと笑って見せる。 「多分、班長の予想通りのものとです」 「遠慮はいらねぇぜ、班長。思う存分やれるように、準備万端だからよ」 ソレ、相手に遠慮などしたらこっちが危ない、とでも言いたげに肩を竦めたヒューに、タマリから最後の指示が出る。 「悪いんだけど、ヒューちゃん? その、ひらひらした上着脱いで、髪、結んでくんないかな。できれば、きっちり纏めてくれっと助かんだけど」 軽く眉を吊り上げて訝しそうな顔をしたものの、ヒューはタマリに言われた通り深紅のベルトで飾った漆黒の長上着を脱ぎ、近付いていたデリラにそれを渡した。それから、逆に彼から手渡された幅の広いリボンのようなもので髪を纏め、最後に、ハルヴァイトがひょいと投げてよこした細長い棒状の物を眼前に翳して、首を傾げる。 「…纏めた髪捻って、それで突き刺して止めんの…」 いわゆる簪(かんざし)に似たもので、最近、自宅に居る時にはハルヴァイトがよく使っているのだが、どうもヒューには馴染みのないものらしく、ちょっと待っても動かない銀色を微かに笑ったミナミが、こう、と伸ばした指を後頭部に突き刺す真似をして見せた。 「器用だな、ガリュー…。というか、お前がこんなものを愛用してるなんて、正直驚きだ」 「アリスに貰ったんですよ」 あ、なるほどね。などと感心しつつも、初めてとは思えない手付きできっちりと髪を纏め上げたヒューに、タマリが、うん、男前じゃん。と声をかける。 「簡易でなきゃ髪も衣装も観測出来んだけどさぁ、今回内部干渉複雑だから、余計な数値は切り捨てるっつー事で、一応ね。 後は別に難しい注意ないからいつも通りにしてくれていいし、「相手」への打撃反動も相殺すっから、レイちゃんじゃないけど、攻撃に遠慮はいらないよ。 ただし、こっちも実はあんま慣れてないんで、何かおかしいと思ったらすぐ逃げてくれる? そんで、中断のサインハルちゃんに送って」 「…………つまり何か? 俺は魔導師総出で何やら弄り回されて、魔導機相手に組み手させられるワケか?」 さらりと額に落ちかかってきた前髪をかき上げたヒューが、口の端を吊り上げる。 「三メートルの、悪魔と?」 「今回は、千八百ミリに調整済みだぜ、班長」 挑むようなヒューのサファイヤを受け取ってドレイクが答え、刹那、その足元に直径一メートルの赤い電脳陣が描き出された。 灰色に暗く発光する赤い文字列。ドレイクの陣が瞬間的に立ち上がって円筒を中空に描き出し、高速回転を開始。やや遅れてハルヴァイトの足元からも、あの、青緑色の文字列が忽然と姿を現して、現した時にはもう既に回転稼働を開始している。 もしかして、以前よりも稼働開始が速くはないだろうか? とミナミは微かに眉を寄せた。 そういえば、あれ、以降、ハルヴァイトが陣を張ったのを見たのは、始めてのような気がする。 ミナミがぼんやりとそんな事を考えている間に、道場の天井に巨大な電脳陣が燃え上がった。これまた恐ろしい速さで描き出されたそれは、見覚えのある白く発光する水色の文字列で描かれた中心部と外周の間に、淡く黄色に発光する白い文字が挟まれていた。 「連結式のなんかなんだ、あれって…。タマリの描いてる陣は大体読めるけど、アンくんの方がよく判らねぇ」 「…普通は、どっちも判らねぇんじゃねぇですかね。普通は」 今更ミナミのセリフに驚いた訳でもないが、デリラはそこに人としてとりあえず突っ込んだ。普通、電脳陣内の記述など解読出来る人間はいない。 ミナミは、瞬きもせずに天井を見上げていた。そのダークブルーが回転する文字列を追い、人知を超えた記憶力が脳に蓄えている知識を追い、ミナミという青年の中で纏まって、この難解な文様を解読する。 あの、燃える炎で、愛を、語った時のように。 ミナミと同じく上空に焼き付けられた陣を眺めていたヒューが、突如正面に向き直る。 途端、ごお、と炎のように床から吹き上がる、赤い文字列。螺旋を描いて上昇するそれの中に人影? らしいものを認めて、ヒューはいかにも楽しそうに喉の奥で笑った。 「データひとつ取るのに、ごくろうだな」 「さっき負けた憂さも、ちょっと晴らそうかと思いまして」 燃え上がる文字列を発しているのは、床に描かれた青緑色の陣。 「終了条件はどうします? 班長」 「さっきと同じでいい」 「それはそれは自信たっぷりですね、随分と」 赤い文字列が徐々に薄くなり、青緑の陣を踏み付けたソレの姿がはっきりしてくるのに合わせて、ヒューとハルヴァイト、全く別の思惑でふたりの唇を飾っている笑みが益々濃くなる。 もうここまで来たら誰も停められないし、停めようとも思わないのか、見つめるタマリもアンも、デリラも、もちろんドレイクも、軽い口調で言い合う鉛色とサファイヤを、冷徹にも似た無表情で見つめているばかり。 「ようやく同じ舞台に上がって貰ったんだ、それに、今後こんな幸運もないだろうしな。どうせだから、勝って二週間くらい機嫌よく過ごしたいだろう?」 言いながら、ヒューが両の拳を握り締める。 退いたのは、右手、右足。いつもと同じ完全攻撃態勢ながら、その白い背中がいつもより数倍大きく見えたのに、ミナミは呆れて…突っ込んだ。 「いや、そこはさ、人として負けた方がよくねぇ? マジでさ…」
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