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番外編-6- **まで残り、1センチ |
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<ルニ様メモ> ミナミ・アイリー=気持ちとして同じでありたい(?) クラバイン・フェロウ=どちらもレジーではない。 ジリアン・ホーネット=どちらもアリスのおにーさん(美人) クインズ・モルノドール=不良標本 スレイサー=論外!
論外というもの凄いランクを付けられたヒューを笑うアリスたちを尻目に、ルニだけがさっきから難しい顔でソファに収まっている。それで、まだこの暇潰しは終わりそうにないと内心ミナミは嘆息したが、だからといって、この姫君を停めようとは思わなかった。 停めて、はいそうですかと聞いてくれそうならやる価値はある。けれど、ルニにそういう素直さを求められないのは、結局、この少女が陛下の妹であり、元をただせばあの夫婦の子供だと…身構えてしまうからなのか。 ミナミは自分が、アイスアス・アスシウス・ファイランという先王と、キャレ・アリチェリ・ファイラン三世という女王に、余計な屈託を抱いていると思いたくない。正直、多少ならずとも感謝しているくらいだ。経緯がどうであれ、今ミナミがここにこうして居られるのも、あの夫妻と陛下のおかげだし。 とは、思う。 ただ、ミナミも相当素直さが足りないとは思うが、あそこまで斜め四十五度に傾いた状態で一直線に突き進めるほど、器用ではない。 利用されていると思った事はない。全てが謎かけで、全てが真逆で、その複雑に絡み合って丸められて握り潰された思惑を正しく受け取るのに人生の半分くらいを消費しなければ、中心に隠された正当な道筋に辿り付けない、くらいは思うが。 だから、その血筋の末尾を飾る姫君に端から素直さを期待しないという気持ちも、判って貰えるだろうか。 という訳で、ミナミはルニをほったらかし、ヒューのデスクに頬杖を突いてぼんやりしていた。 あー。帰りてぇ。とか? アイリー次長、すっかりさぼり癖がついたらしい。 「ガリューとコルソンはお休みなんだ。つまんなーい」 「…まぁ、ハルの意見は聞いても面白くないから、どうでもいいけどね」 「面白くないのか?」 「面白くないに決まってるじゃない。どうせ、忘れました、って班長よりもきっぱり言うか…」 そこで、室内の視線が一斉にミナミの背中に注がれる。 「時間経過的にあり得ねぇけど、そういうの関係ねぇだろうしな、どうせ」 一応、微か苦笑を滲ませた無表情で応接セットに向き直ったミナミが言う。 ハルヴァイトの件に関しては、もう溜め息さえ出ないらしい青年の口調をそれぞれが笑うのと同時、さっきヒューが入って来たのとは別のドアが、きぃと軋んで開かれた。 「お? なんだか賑やかだと思ったら、ルニ様にマーリィじゃねぇか」 これまた微妙なタイミングで、ドレイク・ミラキ登場。 「………………ねー、ドレイク」 その、後ろ手にドアを閉ざしたドレイクの白髪をいっとき見つめてから、ルニが内緒話をするように小さく呟く。 「?」 お転婆な姫君らしからぬしおらしい態度に小首を傾げつつ、ソファに近付いて来てヒューの隣りに腰を下ろす、ドレイク。 やっぱ訊くんだ。とミナミは思い。 「ドレイクの初恋の相手って、誰?」 ルニは尋ね。 「あぁ? ああ、ほれ」 ドレイクは、頭の後ろに手を組んでふんぞり返ったまま、軽く正面を顎でしゃくって見せた。 「そんなあっさり告白されると、対処のしようねぇだろ」 「しかも、物凄く嬉しくないわ」 「ほれ」扱いのアリスがいかにも苦い表情でがくりと肩を落とし項垂れると、漆黒の肩に鮮やかな赤がさらりと流れ、ヒューの口から呆れたような失笑が漏れる。 「とはいえ、意外にも驚きはないな」 「つうか意外でもなんでもねぇし」 好き放題言うヒューとミナミに剣呑な視線を向けてからドレイクは、わざと作っていた表情を崩してにやにやと笑った。 ドレイクがルニに「初恋の相手」と言われて、行儀悪くも失礼に顎で差したのは、真正面に座っていたアリス・ナヴィその女性(ひと)で、実はある程度予想されていたし、マーリィなどは知ってもいたのだろう、別段騒ぎもなく会話は進んだ。 「じゃぁ、ファーストキスの相手は?」 「つうかなんだよ、そのセクハラな質問は。姫様、まさかみんなに訊いて回ってんじゃねぇだろな」 うん? 訊いた。というルニの明るい答えとは裏腹に、ドレイクの視線が一瞬鋭くアリスを睨む。それに溜め息もなく瞼を閉じるようにして応と赤色の美女が返せば、雨上がりの曇天に似た瞳が微か戸惑うように動いて、ソファから少し離れたヒューのデスクを占拠しているミナミに移った。 ミナミのダークブルーが、ふと緩む。 視線だけに促がされる格好で、何か話し続けているルニを意識の外に追い遣ったドレイクの視線が、テーブルに置かれている紙片に綴られた文字をなぞる。 ミナミ・アイリー。……………………。 「ところで、ミラキ」 「あ? つか、班長の論外って、こりゃなんなんだ?」 「…。俺の事はそっとしておけ…。で、ここをだな…」 言って、白手袋の指先が、トン、とテーブルに縫い付けたのは。 「ライブで見たかったなと思わないか?」 たった今、ドレイクが目許を眇めた一行。 「ああ、俺も丁度そう思ってたトコだよ、班長」 「ってー! あたしの話聞いてる? ドレイク!」 ヒューの指差す「ルニ様メモ」を取り上げ頭の上に翳した姫君の癇癪に、ドレイクは慌てて笑顔を作った。 「聞いてる聞いてる」 「じゃぁあたしの質問にこたえなさーい」 「だから、セクハラじゃねぇのかって言っただろ」 自分の膝に頬杖を突いたドレイクが、ルニの怒った顔を見つめて頬を引き攣らせる。 「いーじゃないの、今更でしょー」 「…なんでそんな事嗅ぎ回ってんだよ」 「崇高なる統計調査のためです!」 「いや、崇高とかそういう堅苦しいモンじゃねぇだろ、ぜってー」 つか暇潰しって言え。と、くすくす喉の奥で笑いながらミナミの漏らした呟きを耳にしてしまったジリアンとクインズが、顔を見合わせて笑いを噛み殺す。 「特務室って平和だわぁ。この前までの騒ぎが、嘘みたい」 アリスが言って、ね? とミナミにウインクを投げる。 こんな話しが出来るのも、確かに平和な証拠か。 「微妙な話題ではあるけどな」 お茶でも差し上げますよ、と笑ってデスクを離れるジリアンとクインズ。ルニとドレイクの応酬は続き、アリスとマーリィが呆れて顔を見合わせている。 「つっても、ファーストキスの相手なんか、聞いても判らねぇだろ、ルニ様じゃよ」 「初恋の人とファーストキスの相手が同じか違うかくらいなら、答えてくれてもいーじゃない」 「そんなら違うな。なぁ、アリス」 「…そこであたしに振らないでよ…」 やだもうあっち行って! な空気全開のアリスに睨まれて、ドレイクがあははと笑った。 「…そういえばさぁ、アリスの初恋の人って、誰なの?」 テーブルに広げた紙片にペンを走らせていたルニが、くり、と傍らの美女に顔だけを向け微笑み…。 「え? ああ、それ」 で。 それで。 アリスはソファの背凭れに片腕を預けて頭を支え、ガラ悪く足を組んだまま、やっぱり、正面のドレイクを顎でしゃくって見せた。 「…………。」 ルニ、呆然。 「返答事態には驚かないが…」 「今の映像付きだと、何かすげーモン見ちゃったって気分だよな」 「ちょっとミナミ、それどういう意味よ」 ゆっくりと吊り上がった亜麻色から逃れるように回転椅子を回したミナミがデスクに向き直るのとほぼ同時、再度、電脳班執務室のドアが軋んだ。 「あれ? あ、ルニ様にマーリィさんもいらしてたんですか。副長、ぼくとのチェスに負けてお茶煎れに行ったきり戻って来ないんで、逃げたのかと思いましたよー」 言って、少年、アン・ルー・ダイ魔導師は、色の薄い金髪で天井からの光を柔らかく弾き、酷く透明に微笑んだ。
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