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EX+1 ほろ苦ストロベリ

   
         
(2)

     

『セイルへ

お元気ですか、ボクも元気です。

やっぱりバレました。

でも、よく考えたら、ぼくの正体がバレたのは教員控え室に掲示されてたロイの記事(この前の表彰式のヤツ)のせいだったので、ロイが悪いと言ったら、今度ラスの所に遊びに行けるようロディエスさんに頼んでくれるそうなので、許す事にしました。

学校は楽しいです。

ジェイが居ないので、友達はまだ出来ません。

でも、学校は好きです。

小隊長に、今度数学教えてくださいって、伝えておいてね。

マキ』

          

         

王立特別学習院…セントラル…では現在、中等部と高等部合わせて六百名弱が学んでいる。教養クラスAとB、実技クラスそれぞれ三十名、一学年九十名が定員で、王城エリア全域の各一般中等部や高等部から特に秀でた生徒を集めた、いわばファイランのエリート養成所のようなもの…なのだが。

教養クラスの卒業生の大半が企業のトップや学者、城詰めの事務官から貴族の秘書を経て政治家などになり、実技クラスの卒業生はプロスポーツプレーヤーや指導者に納まる。まぁ、中にはそんな道を堂々と蹴って学歴を武器に芸能界入りする者や、セントラル始まって以来の天才と呼ばれ六年かかる学園生活を三年に短縮しておきながら、斬新なデザインで注目を集める新鋭空間アーティストなどという訳の判らない職業で脚光を浴びたり、いきなり平凡に警備軍に入隊したりする天邪鬼も居るのだが。

いやいや。それだって、事実は小説よりも奇なり。それぞれには押しても引けない事情があるのか…。

ともかく、中等部二年教養クラスAに所属し、月に一度行われる校内実力テストでも常にトップ3から転落した試しのないジンにとって、テスト後にやってくるなんとも退屈な一日は、無駄だと思う反面、いつもはちやほやと周囲を固めている取り巻き希望者が一掃される、清々しいものでもあった。

セントラルにはセントラルの意地がある。王城エリア各地の中等部、高等部から出たかもしれない「開校以来の大天才」を掻っ攫って来ているのだから、中途半端に「頭がいいだけの生徒」を集めているのではないという、自負か、重責か。

だからこそ、校内テスト後には自習日という自由学習の日がある。正解は勿論大切だが、正解に至る内容も重要であり、自らの間違いを指摘できなくば伸びる望みはない、といった所か。そのため生徒たちは返却されたテストを睨み、自らの苦手を克服すべく教師を質問攻めにしたり、参考書と額を突き合わせたり、進んで補習用の小テストを申し込んだりする。

そうすると当然、テストで上位を勝ち取った者…当然、教養クラスAに集中している…に苦手な教科を教えてくれと言って来る生徒もいるが、今回二位のジンと五位のリックには、毎度の事ながら声は掛からない。二人の場合はその学力だけでなく、家柄や財力も合わせての「魅力」がある訳で、取り巻き希望の生徒が目指すのは彼らに一目置かれて肩を並べる事であり、逆にアホな質問をして「自分とは吊り合いの取れない相手」というレッテルを貼られるのは不本意なのだ。

それをリックは、くだらないガキのプライドだと笑う。

「オレは、友達がバカでも全然オーケーなんだけどな。別に、高尚な会話したかったらジンが居るしさ」

そもそも高尚な話などする気もないくせに軽い口調で吹いたリックを、ジンは小さく吐き出すようにして笑った。微かに唇の端を吊り上げるような、そんな冷たい笑い方に慣れてはいるが、幼馴染として少し寂しいと思う。

世の中は全て「エイクロイド」という名前に平伏しているだけだと、無言で語る横顔。

「学があってもバカは居る」

何かを否定するようなジンの呟きを、リックはわざと軽く笑い飛ばした。

「学がなくたって愛される人間もいるしな」

何気ない言葉がきっかけで戻る記憶、無垢な笑顔。

「…………」

ジンとリックは、一瞬押し黙った。

あれから既に一週間余り。翌日早速件の「マキ・スレイサー」を調べ上げたリックの話によれば、後期前半も半ば近い今頃になってあの少年がセントラルに転入してきたのには何か深い訳があるようだったが、その訳までは生徒に調べる事は出来なかったという。

そもそも、実技クラスへの転入生というが特に目立った表彰歴もなく、一体なんの分野で選出されたのかすら判らない。極端に大人しい性格らしく未だ親しい友人はいないようだが、しかし学校が嫌いな訳ではないのか、毎日なんだか楽しそうに登校しているらしい。

当たり障りない会話を周囲に仕掛けて情報収集するリックの目に付いたのは、あの少年が授業中にさえ一切発言しないという、一風変わったものだった。ついには口が利けないのではないかという憶測も飛び交い、結局、担任教諭が否定するという…ここでも本人は一切発言していない…奇妙な状況だったらしい。

語学の時間に朗読を強要されたらどうするのだろうと、ジンは随分暢気な感想を持ったものだが。

その後さり気なく実技クラスを窺ってみたが、マキ少年の周りに人が居るのをリックもジンも、ついぞ見た試しがない。学年半ば過ぎの転入生で引っ込み思案で、極端な無口…。更には、実力勝負の実技クラスで何を専攻しているのか判らないのでは、出来る友人も出来ないのか。

そう。

幸か不幸か、スレイサーという姓は「格闘技に明るい者」にならば多少威力のある名前だが、興味がなければ全く意味を成さない、ちょっと珍しい名前であり、「一式武術の継承者」と言われればもう少々範囲は広がるかもしれないが、それにしても一般市民には縁遠いものだから、ジンもリックも、同じクラスの生徒たちでさえも、マキの正体に気付けなかったのだ。

そもそも、スレイサー道場の門下生たちが格闘技大会に出場するのは極めて稀だった。彼らは決して「見せびらかすための修行」をしているのではなかったし、正直な所、なんとか大会なるものに出場して一回でも負ければ、老師…フォンソル・スレイサーからの恐ろしいお仕置きが待っている…。という、つまりは、優勝する以外に道はないのだから。

いや、しかし。

「そういやぁ、ジンが言ってたのはウラが取れた。間違いない。マキちゃんは、セントラル始まって以来の奇人、スレイサー兄弟のすぐ下の弟だった」

それを聞いて、ジンは納得しつつも首を捻った。

双子のスレイサー兄弟と言えば、実質二年で六年分の学問を修め、しかし、その破天荒な行いで一年分を停学と謹慎に当てた、伝説の人だった。容姿は比較的平凡だが飾らない言動と教諭も舌を巻く頭脳、弱気を助け強気を挫くというより、気に入らないヤツは地面を這わせる勢いの喧嘩っ早さが災いして何度も教員控え室で授業を受けさせられるも、生徒からの人気は絶大。

なんでも、当時セントラルを抑圧していた生徒会を解散に追い遣るために、まずは自らの地位を向上させようとスキップを繰り返し、十四歳にして高等部二年に編入。その後、犯罪行為ぎりぎりの悪事を働いていた生徒会の手口を暴いてリコール運動を起こしたという。

だからといって自分たちが生徒会に立候補するでもなく、悪い事は悪い。だから悪いと言っただけ。などとかっこよく言い放ち、最年少主席で卒業するも、代表挨拶を蹴った上、卒業式を「家の事情っていうか卒園式に出席しなくちゃなんないから、誰か卒業証書貰って来てくんね?」と本気で言って欠席した、稀代の変わり者だったらしい。

「だとしたら、随分似ていない兄弟だ」

スレイサー兄弟のどちらかが最近都市デザイン部門で何か表彰されたらしく、卒業生の偉業として掲示板に繰り返し投影されていた授賞式のニュースを思い出したジンが、ぽつりと呟く。

では、マキが高等部の生徒に追いかけられていたのは、双子の兄と関係あるのだろうかと顔を見合わせるジンとリックは、いつの間にか、中等部二年の教室がある本校舎と、別棟の図書館や第二校舎を繋ぐ二階通路まで来ていた。

さてさて。

ここで少々事実を明かすならば、ライアスとロスロイが当時の生徒会執行委員会を相手に大立ち回りをやらかしたのは、生徒会長の横暴ぶりが腹に据えかねたのと、実際の両親を知らず今の両親に預けられて育った双子…つまりは彼らを含む四人の兄弟か…にやたら見下げた態度を取るのが気に喰わなかっただけたし、その後の生徒会再編の際立候補しなかったのは、そんな面倒な役職などいらなかったからだし、卒業式を欠席したのはマキの卒園式に出席するためだった。

ちなみに双子、その後王立大学院に最年少で入学する時も代表挨拶に選出されたが、マキの初等院入学式に参列するという一生に一度のイベント…自分たちの大学院入学はどうでもいいらしい…を優先し、欠席している。

などと現在の生徒たちが知る由もないのだが。

とにかく。

リックはこの一週間で集めたマキの情報を頭に叩き込み、密かに暖めていた計画を実行に移すべく、いつもならジンと連れ立って行くはずの図書館へは爪先を向けず教室へと進路を取った。

「戻るのか?」

教室に居れば多少なりとも他の生徒が近付いて来るだろうから、早々に図書館内の学習室に逃げ込もうとしていたジンが、少し意外そうに言う。

「自分のクラスには行かないけどもね」

何やら楽しそうに言ったリックが飛ばして来たウインクを迷惑そうな顔で避けつつ、ジンはますます首を捻った。

「なら、どこへ?」

「実技クラスに行って、マキちゃんとお近付きになるに決まってるだろ」

さっさと本校舎へ向って歩き出したリックの背が、さらりと答える。

じゃーねー。と手を振って遠ざかって行く痩せた背中を呆気に取られて見送りつつ、ジンは、リックのああいうフットワークの軽い所は見習うべきかどうか、真剣に迷った。

  

   
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