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EX+2 最強ロリポップ |
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『ラスへ カフェ・コーダって、知ってる? お城の中にも支店? あるんだって。 グラス・ジュレのゴールドアップル味が美味しいので、今度食べてみてください。 二回目の実力テストのために、ジンとリックと委員長と勉強しました。ちょっと遊んだり、ジンのパパさんお手製のドルチェ? ご馳走になったりもしたよ! マキ』
マキが始めて合同実技に参加した週の、週末。四人は予定通り集まって勉強会を開く事にした。 そこで問題になったのは、開催場所。学校の自習室を使うという手もあったが、息抜きを織り交ぜる…時々はふざけつつ、という事か…には不向きだし、まず、マキがバスで一時間も移動しなければならない。ジンとリックの自宅は居住区の高級住宅街でセントラルからマキの家とは逆方向だし、幹線道路からやや離れているため交通の便が悪い。 それで結局四人は。 「じゃぁ、パパ。裏口のロック、忘れず外しておいてよ」 なぜかそわそわと壁掛時計を気にしていた息子たちが勢い良く立ち上がったのに、パパ…ルシア・エイクロイドは奇妙な具合に相好を崩して、判ってるよと答えた。 言い置く台詞もそこそこにバックルームから飛び出して行ったジンとリックの背中を苦笑と共に見送ってから、ルシアはふっと息を吐く。 このひと月浮き沈みの激しかったジンが突如、いつも新製品の試食会に使っている5号店の二階を週末貸してくれと言い出したのにちょっと驚き、何をするのかと問えば、友人と勉強会をするのだと返されて、大いに驚いた。世の中の何たるかを知り、自分の周囲に集まって来る連中の下心を嗅ぎ取れるようになってからこちら、大事な一人息子は幼馴染以外の人間を友人だと呼ぶ事はなくなっていたのに。 それが突如、二人もやって来るという。 部屋だけ貸してくれればおやつも昼食もカフェで調達するからいいよというジンを説き伏せて、腕によりを掛けて最高に美味しいランチとドルチェ、お茶にお菓子を約束したのは、ただの好奇心だけではない。ルシアだって、もう一人の父リオンだって、息子にはもっと歳相応にはしゃいだ所があってもいいと常々思っている。 別に、ジンの友人を品定めするつもりは、毛頭ない。 ただ純粋に、知りたいだけなのだ、ルシアは。 「…どんなコかな。かわいいコだったらいいな」 ふふん、と機嫌よく鼻歌を歌いながら、ルシアは最初のお茶とお菓子を用意すべく、二階のキッチンへと爪先を向けた。
定刻より少し遅れて到着した路線バス。数名の大人たちがぽつりぽつりと降りて、最後に姿を現した小柄な少年に、バス停から少し離れた場所に佇むジンとリックが、軽く手を挙げて見せる。 「お待たせ。って、別にぼくの事は待ってないんだっけ?」 などと意地の悪いことを言いつつ小走りに近付いて来たカナンのプラチナブロンドを、リックがわざとぐちゃぐちゃに掻き回す。 「そーゆー拗ねた事を言うやつはこーだよ、委員長」 「ははっ、嘘だってば」 カナンは、淡いオレンジで描かれた小さな花を散らしたオフホワイトの木綿のシャツに、スリムなシルエットのデニムを合わせ、淡い紫のハイカットスニーカーを履いていた。羽織ったジャケットはアイボリーで、色の薄い頭髪と相俟って、全体にふんわりとした印象だ。 「…機械語の辞書ソフト持って来るの忘れちゃった」 「うわ、やる気ねーなぁ、委員長。いくら実技クラスだからって、あんま成績悪いと毎日補講だぞー」 「うっ…。し、知ってるよ、そのくらい」 背負っていたリュックを下ろして中を確かめていたカナンとリックが軽い会話を交わしているのを、ジンは薄っすらと微笑んで見ていた。多分、学生だとしたら珍しくもない普通の光景なのかもしれないが、酷く新鮮な気がする。 カナンがリックにからかわれながらリュックを背負い直し、すぐ。色の薄い少年が降りたのとは別のカラーリングを施された路線バスが、静かな排気音と共に着陸した。 土曜日の午前九時台という中途半端な時間だからなのか、お客は比較的少ない。それでも近くに私立大学院の分院があるから、何人もの青年たちが降りて来る。 ぽろぽろと吐き出される人の間から一際小さな黒い影がすっと剥離して、ジンたちはまず驚きに目を瞠り、それから、三人が三人ともだらしなく頬を緩めた。 「マキちゃーん」 呼ばれて、青年たちを背景にしていた横顔がゆっくりとジンたちを振り向き、ぱあっと笑顔になる。 マキはすぐさまふわふわの金髪を躍らせて、小走りに三人に駆け寄って来た。 「うわー、かわいいなぁ、マキちゃん。ホント、すげーかわいい」 「うん、凄く似合うよ、マキ!」 「それ、アルファ・ビーの最新作だろう。今朝、CMでリリスが着ているのを観たばかりだ」 アルファ・ビーというブランドがここ数年飛躍的に売り上げを伸ばしているのは、今や押しも圧されぬトップスター、リリス・ヘイワードをイメージキャラクターに採用したからに他ならないと言われていた。半年に一度売り出される新作全てをリリスが着こなすCMは、まるでそれが映画の一シーンであるかのように美しく、ティーンはそのCMのコーディネイトを真似る。 実は。 今期の新作のうち、ご本人様リリスが一等気に入ったからといってマキに持って来たのが、このコートだった。シルエットはかなりスリムで、美しいラウンドを描いて低く立ち上がった襟から裾、先の広がった袖口までを毛足の短いフェイクファーで飾った、スゥエード調の黒いコート。インナーは意外にも普通の、アイボリーのタートルネックセーターだが、細い脚をますます細く見せる黒いスキニーパンツと、いかにもプレーンな黒いサイドゴアブーツという中にあると、酷く清潔に、柔らかに見える。 CMでのリリスはもっとワイルドな感じに前を開けて、紫の開襟シャツとぼろぼろのジーンズと、ベルトが幾重にも回されたごついブーツという出で立ちだったのだが、こうして使えばぐっと落ち着いた愛らしさが出るのだな、などと、何も知らない友人たちは思った。 またまた、実は。 マキのコーディネイトは、ボツになったCMで実際にリリスが着ていた組み合わせだったりする。それを本人が、絶対かわいい。絶対似合う。と言って靴やら何やら一式揃えて帰宅し、他の何点かと共に散々着せ替えを愉しんでから、置いて行ったのだ。 なんとなく恥ずかしいような、凄い秘密を抱えてどきどきしているような気分で、マキは友人たちにぺこりと頭を下げた。こんな風に見た人が喜んでくれるなら、たまには、セイルとリセルの着せ替え遊び(……)に付き合ってやってもいいかと思う。 ものすごーーーーく、大変なのだけれど。 終わるとくたくたで、いつもロイの膝枕で眠ってしまうほど、疲れるのだけれど。 かわいいを連発するリックとカナン、それから、控え目ながらちゃんと「似合う」と言ってくれたジンのはにかんだ笑顔を見ながら、マキも嬉しくなって微笑んだ。 それから、胸の内でセイルとリセルにありがとうを言うのも、忘れなかった。
最近すっかり板についてきたリックとカナンの掛け合い漫才みたいな会話に巻き込まれて笑いつつ四人は、バス停から徒歩五分圏内という素晴らしく恵まれた立地条件を誇る、カフェ・コーダ5号店に向った。 そこがジンのテリトリーである事はマキもカナンも承知だったから、こっちだよと促されて裏口に回り関係者以外立入禁止のドアを抜けてバックルームを通り抜けるのだと言われても、別段不思議とも凄いとも思わなかった。 が、しかし。 「あ。…っと、おはよう、ございます…」 事務室みたいな場所を過ぎて細長い廊下を少し進んだ時、途中のドアがいきなり開いて、カフェの店員らしい青年が出て来た。その青年はジンとリックに気付いて殊更晴れやかな笑顔を見せたが、その後ろから付いて来た見知らぬ少年二人を眼にした途端に、片方の眉を微かに吊り上げたではないか。 一旦は踏み出した足をロッカールームらしい小部屋に引き戻した青年の前を、ジンとリックは小さく会釈して通り過ぎた。その時には浮いた笑顔が二歩も離れて居ないカナンの前では綺麗に消えていたのを、最後尾のマキは見逃さなかったが。 それでも素知らぬ振りを決め込んで会釈したマキが小さな背中で感じるのは、刺々しい視線。ここ、5号店にはジンの片親…パパさんが頻繁に出入りしていて、ジンとリックも足繁く通っているから、社員ともアルバイトとも顔見知りなのだと彼らは言っていた。 必要以上に仲良くはしていないけれどね。と、最後にジンが言い足していたのを、マキは思い出す。彼らの方は必要以上に仲良くしたいんだなと、変なところで納得したが。 もしかしてカナンがその視線に気付いたら不快な思いをするのではないかとマキは思い立ったが、どうやらラクロスの試合以外では洞察力も推理力も発揮されないらしい委員長は、ひたひたと迫って来る薄暗い気配に気付いていないようだった。 そうだ。判らないならそれでいい。とマキは思う。 第三者が送って来る謂れのない嫉妬でジンやリックを勘違いするくらいなら、鈍感な方がいいのだ。 細い廊下に続く細い階段を上がり、立ち塞がるドアを開けるとそこは、一般家庭にあるようなダイニングキッチンになっていた。途中の事務的な造りとはまるで違う、アイボリー系の壁紙にベージュで統一された床と家具、楕円のテーブルを囲んだ六客の椅子は細長い背凭れが印象的なおしゃれなデザインで、その他に、ガラス張りのローテーブルとL字型のソファが、キッチンカウンター正面の壁に沿って置かれていた。 広い。と、マキがぽかんとしていると、同じような感想をカナンが漏らす。 「まさか店の二階にこんな部屋があると思わなかった?」 ブルーグレーのステンカラーコートを脱ぎながら小首を傾げたジンが言う。 「つって、どの店にもあるワケじゃないけどな。ここは、パパさんが新製品の開発するための、秘密工場なんだよー」 淡い水色にブルーグレーの縦ラインが走る落ち着いた色合いのシャツに、極普通の黒いスラックスとローファーという、正直中等院の二年生だとしたら地味過ぎるジンと、対照的に、紫色と白のベースボールシャツに、飾りらしい無意味なジッパーがあちこち付けられた黒いライダースジャケット、首にはラスタカラーのアフガンショールを巻き、細いブラックデニムに先の尖ったショートブーツという、どこかのバンドマンみたいなリックが並んで、笑顔を見せる。 新製品の開発と言われて、マキはゆっくりと首を巡らせ、カウンターで仕切られたオープンキッチンに視線を向けた。 「いらっしゃい、よく来たね」 その視線を受けてなのか、キッチンの主が穏やかな笑顔で微笑む。 「! 始めまして、おじゃまします」 声を掛けられて慌てたカナンが、荷物を降ろすのもそこそこにルシアに向き直ってぺこんと頭を下げると、マキもそれに倣った。 「えーと、…」 ジンとリックに比べてちっこいコたちだなぁなどと内心微笑ましくも失礼な感想を抱いていたルシアの瞳が、顔を上げてにこりと微笑んだマキの頭上で停まる。 「カナン・メイハーくんと、マキ・スレイサーくんだよ、パパ」 ルシアの奇妙に緊張した表情の意味が判ってなのか、ふたりを紹介しながらジンは苦笑した。 「約束通り、美味しいお茶とランチ、忘れないでよ?」 あと、約束以上に超気合いの入ったドルチェも出るんだろうなとジンは、マキの笑顔と愛らしい姿に何か脳内でやばい反応が出たらしい片親の顔をみながら、やれやれと内心肩を竦めた。
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