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EX+3 学祭タイフーン

   
         
(6)

     

『アンさんへ

ケータイのアドレスをみんなに教えました!

リックがこれにはチャット機能もあるんだってよって言って、それで試しにみんなで通信してみたら、なぜか、ボクが自分を「ボク」って呼ぶんだって、そこに話題が集中してました。でも、びっくりするくらいストレスない通信だって、みんな驚いてたよ? ホントのコトは内緒にするからね。

凄く楽しかったです。

ありがとう! 今から、小隊長たちにもお礼のメール送ります!

マキ』

        

          

学園祭も間近に迫り、校内がどことなくそわそわと落ち着きない空気に包まれる頃、拳闘科と競技科の生徒はカフェの準備を含めた打ち合せと称してまたもや教務棟一階の第一会議室に集められた。しかし、ホームルームを終えて集まって来た生徒たちは、展開されたスクリーンの前にありえない人物たちを認め、一様に不審そうな顔をする。

そう。ありえない。彼らはそもそも実技クラス所属でさえなかったから、ここに居るはずなどない。

重ねてしかし。

しつこく腕を組もうとして来るラルゴを適当にあしらいながらウンザリ顔で会議室のドアを引き開けたカナメは、涼しい顔の下に密かな喜色を押し隠したマスターと、その、実は結構腹黒系スポーツマンと対面する恰好で椅子に座り、間に挟んだ長机の上に幾つかのモニターを展開している二人の下級生と、その二人の間に置かれた椅子にちょこんと座って退屈そうにしているマキを目にして、即座に嫌な予感を抱く。

「あれ? あれって、中等部のエイクロイドとマツナカだっけぇ? 何してるんだろ、ね? カナメ」

隙あらば腕を絡めようと手を伸ばして来たラルゴから一歩離れたカナメは、不満げに唇を尖らせた彼をその場に残して、さっさと部屋の奥へ行こうとした。

「あ、トキワ。お前、こっち」

不用意にラルゴの気配が煩いからか、こちらはひたりと息を詰めて逃げ去ろうとしたカナメを見咎めたマスターが、喰えない笑みを浮かべて手招きする。それで彼の存在に気付いたらしいジンとリックが振り返り、刹那、二人の眉のお終いがぴくりと…微かに跳ね上がった。

その、明らかに歓迎的でないムードにカナメは、こりゃもうバレたなと思う。なぜこの二人がここ、しかも部屋の中央にどかんと居るのか知らないが、多分、彼らがカフェの打ち合わせに紛れ込んでいる理由は、いわずもがな、何も判っていない顔でにこにこと微笑んでいるちびっ子だろう。

「……末世だ」

「なんの話?」

「こっちの話です、ベイカーさん」

当然のように近付いて来ようとしたラルゴを手で追い払い、衣装の仮縫いだと言い足してから脇に寄せていたラドルフを突き飛ばし一緒に会議室から追い出すマスターの手際の良さと、敬われた感の全くないジンとリックの会釈に迎えられて、カナメは思わず溜め息混じりに呟いた。

他人の噂に左右されるつもりはないが、カナメから見ても、ジンとリックが周囲の者を不用意に寄せ付けない所があったのは確かだった。刺々しいというか、孤高を貫くというか。勿論顔見知りだった訳ではないから、難しい事情は判らない。でもとにかく、へらへらと近付いて来る取り巻き希望の連中を撥ね退けて奢らずに居る姿勢に関しては、正直なところ感心さえしたものだが。

それが。

カナメは、ジンとリックの間に挟まるような恰好でパイプ椅子に座っているマキの金髪を見下ろし、もう一度嘆息した。

見た目だけなら愛らしい系。その実中身は超武闘派というこのちびっ子出現で、彼らの学園生活はがらりとその様相を変貌させた。

つい二ヶ月前なら物珍しげに見られただろうジンとリックとマキが連れ立って歩いている光景は、今やセントラル名物と言って差し支えないとカナメは思う。相変らずの成績優秀ぶり。相変らずの振る舞いを崩さない中等部のセレブコンビに、しかし、にこにこのマキを付け足した途端、二人はまるで世間への接し方さえ激変させてしまう。

とにかく、デレデレの溺愛だと思って問題ない。

正直な所、あの下品なエロ光線(……)ダダ漏れのラルゴを押し付けられるよりは、客に対するちょっとの愛想笑いだけでいいマキのお供の方が断然楽だと腹を括ったカナメだったが、散会してからハタと気付いた二人の存在には少々警戒していた。

しかし、まさか一等先にマスターを丸め込むとは、さすが未来の経営者どもは物の考え方が平民の俺とはまるで違うと肩を竦めつつ、カナメは勧められた椅子に腰を下ろす。

二人が果たしてどんな手管を使って何を仕掛けてきたのか、カナメには探りを入れる作業さえ必要なかった。何せ、上機嫌のマスターが卓上に展開された資料を一つ一つ指差しながら、気持ち悪いぐらいの饒舌さで説明してくれたのだから。

「上手い事丸め込まれて、どんな条件飲まされたんですか、ベイカーさん」

カフェで使用するテーブルクロスとワゴンをマツナカ家が経営する第十エリアの高級ホテルから借用し、カフェの目玉メニューになるケーキと紅茶のセット、それと、安価で提供する菓子の材料を、どちらも相当安い値段であのカフェ・コーダから提供して貰うのだとにんまり顔で締め括ったマスターに、カナメが呆れた顔で言い返す。それを耳にしてジンはまた少し眉のお終いを吊り上げたが、リックはわざとのように声を上げて笑った。

「言葉遣いに気をつけろよ、トキワ。ギブ・アンド・テイクだろ?」

正当な交換条件だとしたり顔で返されて、カナメは肩を竦める。正当というよりは利害関係がばっちり一致しただけだろうと思ったが、そこは口を噤む。

これ以上余計な事を言ってやけに乗ってる連中の不興を買う必要はない。

「それでさっきの話の続きなんですが、ベイカーさん。クロスは全部をカラーにするんじゃなくて、被服部で作ってる造花を飾るテーブルの分は白だけにして、一部にカラーのセンタークロスを使った方がいいと思うんですけど、オレは」

カナメが黙り込んだ所で話に戻ったリックの真剣な横顔から無言で頷くマスターに視線を移したマキは、そういう事ならロイが得意なのにと思った。

双子の片割れ、ロスロイ・スレイサーは今、空間装飾を専門にしている小さな事務所にデザイナーとして勤めている。元々都市構造学を専攻していた実績を活かして、空間との調和を前面に押し出し建物や室内をトータルコーディネイトする仕事で活躍しているのだ。きっと彼なら、中庭全部を洒落たカフェとして仕上げてくれるだろう。

準備するクロスの枚数とワゴンなどの備品について一通り話し合い、次に、カフェ・コーダから提供されるお茶やお菓子の材料に話題が移る。その部分では殆ど口を挟む余地のないカナメと、元より口を挟む気もないマキはそれでも、真剣な面持ちでジンとリックとマスターの会話に耳を傾けていた。

「やっぱりクレープも欲しいところなんだけどな、僕としては」

「学生が慣れない手付きでもたもたと作るのでは、どうしても時間が掛かります。見栄えにしても、期待するほど上手くは行なかいでしょう。それならば、作るのも簡単で飾りも多くないパンケーキの方が、安全です」

出来あいのものばかりでなくその場で作られる簡単な菓子類としてマスターが提案したのはクレープだったが、ジンはそれについて難色を示した。

にこりともせずきっぱりと言い切るジンの表情を見つめていたマキが、誰にも気付かれないようにこっそりと笑う。彼は酷く真面目で、お客に対して真摯だ。

「学園祭で学生が催すカフェだという前提に甘えるのは、良くない」

未だクレープ案を引きかねているマスターの顔を正面から見つめ、ジンはそう言った。

「…商売人だね」

「僕は、そうですから」

だから。

マスターに言われて、ジンが少し表情を緩める。

だから、そんなジンが関わっているのだから、手など抜いて欲しくない。楽しくやろうよ、そんな拘りなんか忘れようよと誰かが言っても、彼は首を縦に振らないだろう。

譲らないものは、絶対に譲らない。

マキはなんだか凄く嬉しくなって、口元を綻ばせた。

滲み出すようなそれをなんとなく目にしてしまって、マスターは思わず口を噤んだ。ぴかぴかの碧色を羨望と喜色にますます輝かせて友人を見上げる少年の笑顔に、何かを気付かされた気分だった。

「蛇の道は蛇、餅は餅屋という諺もあるし、ここはエイクロイドの進言を有難く頂こうかな」

学園祭という浮かれた気分が少しだけ引き締まったマスターが、わざと小さく溜め息を吐いて頷く素振りを見せる。その真相が判っているのだろうカナメは机に頬杖を突いてにやりと笑い、ジンは「ありがとうございます」と答えて頭を下げた。

「パンケーキ用にフルーツのシロップを何種類か、タネと一緒に見繕ってくれるよう父に頼んでみます。それと、簡単で見栄えのいいデコレーションの方法も」

顔を上げるなりジンは、相変らずの冷たい表情ながら快くそんな事まで言い出し、マスターと、そっと近付いて来ていた調理場の責任者を大いに喜ばせた。

それでカナメが内心、さすが、従業員の乗せ方もばっちりだな。などと思っていると、がらりと派手な音を響かせて会議室のドアが引き開けられた。

「ねー、聞いて聞いて! 今年の衣装、去年よりもずーっとメイドさんぽくてすっごいかわいいんだよー。被服部のコたちもさー、ぼくのためにがんばったって言ってたし、出来上がりが楽しみーっ」

なぜなのか、出て行った時は普通に下されていたはずの飴色の髪を高い位置でポニーテールにしたラルゴが、興奮したように話しながら飛び込んで来る。その笑顔とスキップしそうな勢いに、カナメは内心げんなりした。

同様にげんなり気味の顔で後から入って来たラドルフに視線を当てて、カナメとマキは神妙な顔で頭を下げた。お疲れ様です。声に出さないそれを汲み取ったのか、女王杯二連覇の王者がいかにも不満そうに顔を歪め、白い歯を剥いて噛み付くようなマネをする。

それで、からかったのがバレたと知った二人は顔を見合わせてから吹き出した。テーブルにしがみ付いて、今試着した衣装がどれほど可愛らしかったかを興奮気味に話すラルゴを適当にあしらっていたマスターは、そんな拳闘科の三人を羨ましげに見ていたが。

「エイクロイドとマツナカに協力して貰う部分の話もある程度済んだし、トキワはスレイサーを連れて仮縫いに行って来なよ」

ラルゴが息継ぎのために言葉を切ったタイミングで胡散臭い笑顔を作り、ベイカーはカナメを振り向いた。それでなんとなく競技科責任者の意図を察した青年は、無言で頷いてから視線だけでマキを促して、席を立った。

「では、僕らも今日はこれでお暇します。材料の数量が決まりましたら、またお伺いしますので」

「え! 帰っちゃうの? 二人とも。折角急いで戻って来たのに…」

どうやらジンとリックに興味津々らしいラルゴがにこりと微笑みながら小首を傾げると、二人はいかにも他人行儀にお辞儀してパイプ椅子から腰を上げた。それをちらりと横目で見遣ったカナメは内心、マキの居ない話し合いにこの二人が付き合う訳ないだろうと突っ込んだが。

そもそもここに今日というタイミングで二人が現れたのは、ラルゴとマキの衣装合わせをバッティングさせないためではないのかと黒髪の青年は考えていた。

ジンとリックを引き止めたそうな、媚を含んだ視線で熱っぽく見つめるラルゴが煩くなったのか、カナメは戸惑うように後ろを気にしながらその場を離れかけたマキの細い肩に一瞬目を落としてから、ふっと息を吐いてジンとリックに顔を向けた。

「お前ら、暇か?」

唐突に言われて、ジンが返答に困る。暇だと言えばラルゴはきっと食い下がるだろうし、だからといって、忙しいと言ってしまえばわざわざここまで来た目的が果たせない。

同様に迷ったのだろうリックが目を眇めてカナメを見返す。

「暇なら、ちょっと被服部まで付き合えよ。マキの衣装合わせの時、俺も一応手直しの確認されるらしいから、通訳してやれ」

軽く握った拳でこつんと頭を叩かれて、マキはきょとんと目を瞠った。

カナメの不機嫌な台詞にマスターとラルゴは不思議そうな顔をしたが、傍にいたラドルフと、ジンとリックには彼が何を言っているのかすぐに判った。

「…では、ご一緒させていただきます」

迷惑気な助け舟を素直に喜んでいいのかどうか内心苦笑しつつ、ジンが軽く頭を下げる。とにかく、気持ち悪い笑顔で擦り寄って来るラルゴから離れる口実は最大限に活用させて貰おうと思った。

再度マスターたちに頭を下げて、四人は無言のまま会議室を出た。最後のリックが後ろ手にドアを閉め、ようやく、ほっと肩の力を抜く。

学園祭の準備に当てられているこの時間、廊下は行き交う生徒たちで賑わっていた。まだひと月も先なのに気の早い話だと思う反面、のんびりしていたらひと月なんてあっという間だとも。

「で? お前らの「条件」はなんだ?」

少し歩いて教務棟を出た頃、二階に続く階段に足を掛けたカナメが、不意にジンとリックを振り返った。

「条件なんてありませんよ。ただ、提供するものの責任を果たすために、バックルームへの出入りが自由になる程度で」

涼しい顔で答えつつ脇をすり抜けて階段を登って行くジンと、ぱちりと茶目っ気たっぷりにウインクして通り過ぎたリックの背中に、カナメが呆れた笑いを吐きつける。

「たったそれっぽっちのために、使えるモン総動員するとはな」

言われて。

ジンとリックは同時にマキを振り返り、それから顔を見合わせて、人悪く笑った。

「トキワさん、その言葉、きっと後悔しますよ? 十五分後に」

  

   
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