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    占者の街    
       
第一章 保安官・ネル・アフ・ローの場合(2)

   

「指示書を要求されました、ダーグ保安官主事」

 若い。若過ぎる。保安官の制服を貰ってまだ九日と五時間しか経っていない見習い保安官ネル・アフ・ローは、溜め息と一緒に、目の前の大仰なデスクの上に一通の手紙を置いた。

「指示書? 誰が要求して来たんだ?」

 やけに威張った風体で、威張った立ち居振舞いを完璧我が物にしたデスクワーク専門の保安官主事からかなり恨めしげな視線を外さずに、無言で手紙の表書きを指差す、ネル。

「一言申し上げる? 宛名もなければ差出人の署名もないではないか」

 怪訝そうな主事に「そうでしょうね」と素っ気無く答えるに留めてネルは、その手紙を開いた瞬間目の前の威張った男がどういう顔をするのか、見逃すまいと思った。

 そのくらいはしてもいいはずだ。自分はこれから何日続くのか判らない苦行に耐えるのだから、そのくらいの仕返しは許されるはずだ。とネルは呪詛のように心の中で繰り返し、同時に、主事に対して多少の同情も抱いていた。

 彼らの言い分は完全に通っている。悔しいけれど、まったく持って反論の余地もない。

 つまり彼らは、未熟以外の何物でもない、ネル・アフ・ロー保安官見習い、を平気でバスターズに単身送り出して来たこの町の保安詰め所のマズイ対応を、怒ってさえくれなかったのだ。

         

「オーケイ、判った。依頼があるってのも、それがどうも厄介らしいって事も、内容が極めてデリケートで他言無用でそれがつまりここの保安詰め所の威信と沽券に関わるから死んでも住民に悟られないように解決して貰いたい、ってのも判った。どうだ? 今俺を尊敬したろ、小僧」

          

 うんざりした顔をネルに向けようともせず早口でまくし立てながら、シュアラスタはマスターから受け取った白紙に何かを乱暴に書き付けて封筒に突っ込み、がちがちに固まったネルの手元に放ってよこしたのだ。

 その後、ネルは追い返され、本気で契約する気があるならもう一回来い、とシュアラスタは言い捨てた。

 そして、封筒の中を盗み見た、という秘密を経て、見習保安官は現在に至る。

 ダーグ・フォウケン主事は小難しい顔で封筒の中身を取り出し、口の中で見知らぬ差出人を罵りつつ、ついに書き付けを開いた。

 一瞬、空気が硬直する。

 ダーグ主事の目にした文字は、シュアラスタのように恐ろしく整っていて、しかも、真っ白な紙にかっちり一直線、子供が入学してすぐ貰う文字のお手本みたいに美しく几帳面に…乱暴に、書かれていた。

 あほか。と、たった一言。

 最初はきょとんとしたダーグの顔色が、見る見る真っ赤に変わる。そのタイミングを狙ってネルは、会見した四人の悪党の名を、ゆっくり勿体つけるように、上司に告げた。

「その手紙をよこしたのは、シュアラスタ・ジェイフォードというバスターです。それから相棒だという女バスターの他に、ヌッフ・ギガバイトいう大男と、白い服を着た少年がいました」

「……………なに?」

 今度は、ダーグの顔が蒼くなった。

「バスターズの主人がうってつけだといって紹介してくれたんです。ボクは彼らをよく知りません。ただ、彼らが、そうだ、と言いました」

 愕然と見開かれた濃茶色の目と、今は意気消沈してみえる口ひげになんの感慨も抱かず、ネルはシュアラスタの相棒だという美女の教えてくれた二つのチームの名前を、ダメ押しするように保安官主事に向かって冷たく言い置いた。

「チーム・ギガバイトと、チーム・ジェイフォードだそうです」

 ダーグは悲鳴を上げかねない勢いで椅子を蹴倒し立ち上がり、保安官のバッヂを光らせたジャケットを引っつかんで、ネルの首根っこもついでに引っつかんで、見習い保安官が知るうち最大級の速さを持って部屋を飛び出した。

 残念ながら、ダーグ・フォウケン主事はシュアラスタとチェスを知らなかった。しかし、西部で保安官と名乗る者として、チーム・ギガバイトは嫌というほどよく知った名前だったし、時折そのチーム・ギガバイトと一緒に仕事を請け負うという「美男美女の二人組」なら、噂を耳にした事はあった。

 西部最強と名高い、ギガバイトと連れの少年。階級の優劣こそ定かでないが、そのギガバイトが手放しで「確実にオレたちよりも強い」と賞賛したという、正体不明の美男美女。

 ダーグはその時、幸運と不運が同時に同じ効力を持って頭上に降りかかってきたような、そんな気がしていた。

  

   
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