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    占者の街    
       
第二章 日常的に、悪党どもの場合(1)

   

 ネルがダーグとともにバスターズに戻って来るまでの時間、というのは、決して多くなかった。正確なところは当事者のネルにも判らないが、せいぜい一時間か、あって一時間半程度だろう。

 しかし、その短時間に何をどう知ったのか、シュアラスタは今この町、少々内情が入り組んでいて保安官でさえ捜査に制限が多いこの一種異常な町で持ち上がっている、雲を掴むような事件、を何もかも知っているような口振りで話し始めた。

「いつからだ? まぁ、最初の被害届が出されたのは数ヶ月前だな。とある商人が、自宅の倉庫から荷物が消えたと保安詰め所に訴え出て来た。消えたのは、小ぶりで高価な宝石の類と金貨が幾らか。しかし、訴えて来た商人自身、それがいつなくなったのか皆目見当もつかない、って曖昧な話だ。金貨の数え間違い、宝石の見間違いじゃないかって保安官が言いたくなるような被害届だったが、そこはそれ、市民の税金で養って貰ってる身としては、無碍にも出来ない。だから保安詰め所は渋々捜査班を結成して、この、「あったのかどうかわからない窃盗事件」に乗り出した」

 優雅とさえ思えるような手つきで紙巻きに火を点すシュアラスタを、ネルはなんとなく感心しながら眺めていた。一度目は緊張のあまり気付かなかったが、なるほどこの男、下手な成り上がりの金持ちよりも立ち居振舞いに品がある。

「さて、捜査らしいモンを始めてみたら、出るわ出るわ、同じような訳の判らない被害届が全部で…」

「十七。最後の一件が出されたのは、ほんの数日前よ」

 まるで感心無さそうにそっぽを向いたまま、チェスがそう付け足す。このぶっきらぼうな口調さえなければ完璧に美人なのに、もったいない。と内心漏らしたネルを見透かしたように、正面に座るシュアラスタが微か口の端を引き上げた。

「その十七件に共通してるのは、いくつかの不可解な証言だけだ」

 低い、それだけやけに頑丈そうなテーブルに、三人がけのソファ。ドアを左に見る形でソファに収まったダーグとネルの正面には、肱掛椅子がふたつ。右端に座ったネルの正面にシュアラスタ、左にはヌッフで、それぞれの相棒は、椅子の背に凭れる形でルイードが、チェスは肘掛に軽く腰を下ろして腕を組んだまま横を向いている。

「まず、最初の被害と同じように時期がまったく特定出来てませんよね、十七件とも。よく考えたら、あったはずのものが無くなっている…」

「それから、だ。傾向としては宝石や金貨、比較的小さ目のモンが多い。しかも、大量になくなる事はまずねぇ。よく見て、考えて、ようやく何か盗まれてる、ってカンジだな」

「そう。しかもどの被害者も、はっきりとは盗品の種類と数を覚えちゃいないわ。そうね、なんて言ったらいいのかしら…」

 代わる代わる停滞なく披露される事件の内容に、ネルは本気で感心しそうになった。つまりこの四人は、誰もが同じだけ、こちらの持ち込もうとしている依頼の背景を熟知している事になる。

「……盗まれてるような気がする」

 それまで黙って煙草を吸っていたシュアラスタが、ぽつりと呟いた。

 灰色かがった緑の瞳が、じっとネルを見つめている。何かこちらが言い出すのを待っているのか、それとも他に理由があるのか、と微かにうろたえた保安官見習いに華やかな笑みを見せたシュアラスタが、椅子の背凭れに身体を預けて長い足を組み合わせた。

「あほじゃねぇのか? お前ら。そんな、居るんだか居ねぇんだかも判らねぇ窃盗団をどうして欲しくて、バスターズに来たんだよ」

 ははは、とやる気なく乾いた笑いを漏らしたシュアラスタが、ふっとネルから目を逸らす。

「俺たちゃ、探偵でも捜査員でもねぇぜ。手配者見つけ出して吊るすのが専門の、悪党の中でも物騒な「赤」なんだがな」

 静かに言い置いて肘掛に頬杖をついた袖口から覗く、鋼の無骨なバングル。市井の一般市民には解読できない文様がびっしり刻まれたそれは、まるで華美な手械のように見えた。

 バスターバングル。彼らを悪党だと見分けるために填められた、決して外れない手錠。その手首に近い部分に穿かれた細い三本線に視線を据えて、ネルはごくりと固唾を飲んだ。

 シュアラスタとチェスの手首を飾ったバングルには、真紅の二本線と白い線が一本、ヌッフとルイードの(少年のものは皆と相当デザインの違う、細くて華奢な特注バングルなのだけれど)ものには、真紅の三本線がくっきり浮かび上がっている。

 ネルの視線を追いかけてシュアラスタのバングルを盗み見、ルイードは少年に似つかわしくない達観気味の苦笑いを口元に浮かべた。真紅の三本線はクラスSAの識別色だが、シュアラスタとチェスの一風変わったこの線は、クラスAA+(ダブルエープラス)という、極めて珍しい階級なのだ。

 ルイードは、時折思った。この美男美女はAAより優れているのではなく、SAに「何かが足りない」のだと。それがなんなのかは少年に判らなかったけれど、この二人には決定的に足りない何かがある。

「判ったろ? 暇だから一応話には付き合ってやったが、あんたらの依頼を受けるつもりはハナからない。小銭を稼ぎたい他の連中でも雇って、地道な捜査に徹するんだな」

 吊るすのが専門の「赤」。識別職に真紅の入った彼らの専門は、あくまでも…人殺しなのである。

「………………そ…そうで…」

「では最後まで、話には付き合って貰えるんですね?」

 目の前の奇妙な四人組が人殺しだと改めて認め、ダーグはそそくさとソファから立ち上ろうとした。しかし、最初に声をかけた意地からなのか、ネルが怒ったような口調でシュアラスタに食って掛ったではないか。

 それに、ちょっと面白そうな顔でシュアラスタが小首を傾げる。コーヒー色の硬そうな髪を短く刈り込んだ、まだ少年臭いあどけない顔。保安官の制服である濃紺の詰襟とスラックスも、長靴(ちょうか)も警棒もどこか借り物のようで身体に馴染んでいない。取り立てていい男になりそうもないだろう平凡な顔つき。やや太い眉と上を向いた鼻が、滑稽にさえ見える…。

……まぁ、この四人に囲まれてもなお目立つようなら、それはそれで問題がありそうな気はするが…。

「ネルくん」とうろたえつつなだめようとしたダーグを振り払って、ネルは勢いよく話し始めた。正直、ここで彼らに仕事を請け負って貰おうとかどうとか思った訳ではなかったが、ただ…、なんとなく…………………。

(人殺しなんだから、って顔が気に食わない!)

 彼は、バスターが大嫌いだった。

「なぜ保安詰め所が恥をしのんでバスターになんか仕事を持ち込んだのか、その理由だけは話させてください」

「…なんか、ね。威勢がいいな、小僧。ま、気が済むまで勝手にどうぞ」

 さっさと先に進め、とでもいいたげに、シュアラスタが顔の前でふらふらと手を振る。それに頷いて、一度ごくりと喉を鳴らし、ネルは淡々と話し始めた。

「問題は、四件目と十一件目の被害届を出した相手にあります。確かに、姿も証拠も現さない窃盗団自体も保安部としては十分に放って置けない事ではありますが、時間を掛ければ、尻尾を掴む事が出来るかもしれない。その間の被害を最小限に食い止める事も、出来るかもしれない。被害者の証言はどれも曖昧。証拠もない。これが本当に窃盗団の仕業なのかどうかも、定かでない。では、もう、時間に頼るしか…、この町の保安部には手がありません」

 この、一風変わった町では…。

「なのに…それさえもこの町では自由にならなかった…。

 先に申し上げた二件の被害届は、あの、占者館(せんじゃやかた)から出されたんです」

 その言葉を耳にするなり、ヌッフとシュアラスタが目配せした。しかし、気の抜けた「あらまぁ」という相槌だけで、こちらから話を振るような真似はしない。

「進まない捜査に苛立った占者館から、先日、上告書が執行部議会に出されました。……無能な保安官に対して出す寄付はないといって、保安部の人員削減を提言して来たんです」

「それって当然じゃねぇのか?」

 まさか保安部側の言い分を汲んで貰えるとは思っていなかったネルだったが、こうもあっさり「占者館」の意見を肯定されてしまって、勢い、何か言い返したくなった。が、息を吸い、口を開け、いざ声を出そうとした時やっと、自分には勝ち目のある意見が出せないのだと、気付く。

 彼らは、悪党は、例えばどんな外見だとしても彼らは、悪党なのだ、つまり。大陸一傍若無人で贅沢で乱暴で物騒で金に汚くて口が悪くても、一般市民の思いも及ばないような厳しく詳細な規約を守り、自らの命を切り売りして、…………だから、つまり。

 運と力のある者しか生き残れない、完全能力主義の悪党だったのだ。

 思わず黙り込んだネルの緊張した顔を覗き込み、シュアラスタがにやにや笑う。それで、この性悪バスターがある程度ネルの反応を予想していたのだと判って、駆け出し、どころかそれ以前の見習い保安官は、気を取り直して、こほん、とひとつわざとらしい咳払いをした。

「その通りです。無能な者を無駄に養って置けるほど、この地区だって裕福じゃありませんから。でも、それではますます効率が悪くなってしまうんです。今だってぎりぎりで、なんとか交代時間をずらして窃盗団の捜査と一般の職務を両立させてるんです。最近やっと予算を割いて、保安官数名を補充したばかりなんですよ!」

「……正直者はバカ見るぜ、小僧」

「バカでもいいです!」

 ネルは語気荒く吐き捨てて、膝の上で拳を握った。

「ボクがバカでもいいんです…。でも、この町をあの「館」に乗っ取られる訳には行かないんです」

 この町は、一風変わっている。

「当然、保安官の人数減少を補う組織が必要になる。それを見越して占者館が追記してきたのは、現在館の護衛だけを行っている自警団を、有償で町に貸与してもいい、という内容でした」

「堂々巡り? じゃないわね。寄付を減らして賃貸料金取ろうってんだから、丸儲けってトコかしら?」

 肘掛の上に腰を下ろしていたチェスが、関心なさそうにしながらも呟く。それに対するシュアラスタの反応は冷ややかで、微かに俯き、微かに口元を歪めただけだった。

「別に、飛び切り悪い話にも聞こえねぇな、オレにゃぁよ」

「ですよね。保安官といっても、そう立派な職業でもないのが今のご時世ですから。市民は自分の財産と生活を守ってくれるなら、保安官でも、自警団でも、それこそバスターだっていい訳ですし」

 ねぇ、とルイードが、ネルに同意を求めるような仕草を見せる。

「……、絶対にいいワケないです。内容じゃないんです……」

「あーん、じゃぁアレだ。せっかくありついた仕事がなくなるかもしれねぇって…」

「だから、違います!」

 自分の膝をぽんと叩いてからネルに指先を向けたヌッフを思いきり睨みつけ、保安官見習いが続けようとした。

  

   
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