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    占者の街    
       
第二章 日常的に、悪党どもの場合(3)

   

 なぜバスターというのはああ不真面目なんだろう、とネルは小首を傾げながら、帰りにバスターズのマスターから受け取って来た封筒の中身をデスクに広げ、思った。

 入っていたのは、見た事もない大きな弾丸がひとつ、中身の空っぽになった紙巻き煙草の箱、機械油の銘柄を書きつけたメモ。それと、ネル・アフ・ロー殿、と書かれた、手紙。

 一抹の不安を抱えつつその手紙を開きながら、ネルは保安官詰め所に戻って既に数十回目かの深い深い溜め息を吐いた。

 正直、幸運だったのではないかと思う。

 勝手な言動をダーグに咎められて彼らの担当をひとりで任されたのも、考えようによっては、無駄な気を使う心配がないと思って諦めればそれまでだ。確かに美男美女も大男も少年もそこはかとなく口が悪いし思ったことをづけづけ言うが、それさえくよくよ気に病まなければなんとかやって行けるかもしれない。

 だが、決定的に何かとんでもない人たちと係わり合いになってしまった気がする。

 それでもネルは、まだ見習いだったけれど、それなりに保安官という職務に燃えていたりもしたから、手渡された「窃盗団検挙」という仕事を一生懸命解決しようと、短い溜め息…出来ればこれで最後にしたい…で胸にわだかまった不安を吐き出し、広げた手紙に視線を落とした。

「…えーと…」

 つらつらと読み進む、マスターに書きつけてもらった手紙。保安官の威信なんてあってないようなモンは関係ないが、と前置きしながらもシュアラスタは、ネルの申し出た、「占者館」絡みだという事を踏まえてあまり派手な行動は極力慎む、という契約の付加事項にも同意してくれた。そのため、自力での捜査が難しい場合に備えて細かな準備物を要求して来たのだが、マスター経由で指示された幾つかの品が何に必要なのか、ネルにはさっぱり判らなかった。

「弾丸を五箱? 殺しはないだろうけど、これは習性かな。機械油は、何かの整備にでも? 紙巻き煙草…はあの人の嗜好品だろう! まったく…」

 ここまではいいとして、その後に書き付けられた幾つかの要求品の用途は皆目見当もつかないが、ネルはそれを早急に支度しようと心に留め、最後の一文で、今度こそ、眼球が零れ落ちそうなほど目を見開いた。

「……領主主催の晩餐会の護衛に約二時間の契約で、一人金貨八〇! 準備から撤収までの拘束だと、最低その三倍! 金貨の護送警護で二週間同行させたら…ひとチーム五〇〇以上…。ど…どういう基準か判らないけど…」

 判りたくもないけれど、と、ネルはさっきの決心を忘れて、大きく溜め息を吐いた。

「………一週間でひとり金貨二〇〇枚ってのはもしかして、破格の安さ、なのかな」

 あはは…、と力なく笑って、ネルは手紙を投げ出しデスクに突っ伏した。

 やっぱり幸運だったのかもしれない、と、泣きたいながらも頭を掠める。何せこの町、いや、大陸西部の大抵の場所では、一ヶ月家族四人で金貨三〇枚もあれば慎ましく普通の生活が送れるのだから…。

 世の中間違ってる、とネルは、なんとなく、あの嫌味なくらい様になったシュアラスタのウインクを思い出していた。

       

「ま、俺たちゃ保安官と違って貰った分だけの働きしねぇと、信用どころか命までなくしかねない訳だ」

       

 だから、殺しはないって…。とネルは、保安官見習いネル・アフ・ローは。本気で思っていた。

  

   
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