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    占者の街    
       
第二章 日常的に、悪党どもの場合(4)

   

「で? どういう風の吹き回しなのか、そろそろ教えてくれない?」

 契約書にサインして、ちょっと青い顔で退散したダーグとネルの背中に後で保安詰め所に出頭すると告げたきり、シュアラスタは何か考え込むような顔で肱掛椅子に収まったままぴくりとも動かなくなった。

 今回も、筆頭契約者はシュアラスタ・ジェイフォード。チェスは第二位契約者。付加事項としてヌッフ・ギガバイト及びルイード・ジュサイアース、という、四人が同じ仕事を請け負う時の常套スタイルを取った。

「どうって?」

 ゆっくり目に見える速さで弧を描いた、紙巻きの載った薄い唇。チェスは小さく、ふん、と鼻を鳴らして、ヌッフもルイードもハルパスも消えた室内、つい今しがたまでネルの座っていたソファに腰を下ろした。

「なに企んでんの、って事」

「…儲け話かな」

 背中で背凭れを突き放して身を起こし、シュアラスタは妙に乾いた笑いを漏らした。

「? いかにも面倒そうな仕事じゃない、さっきのアレ。あんたが地道な捜査好きだったなんて、知らなかったわ、あたしでさえ」

「違う、チェス。…………ハルパスだよ」

 肩を竦めて見せたチェスにはっとするような笑顔を向け、シュアラスタは立ち上がった。

「タイミング良過ぎる」

「…いつもの事でしょ? 判定員がどこからともなく現れて、あんたを、監視するのなんて」

「あんたを」の部分にやたら力を入れたチェスが、肩を震わせてけらけらと笑う。こうしていれば文句なし大陸一の美人だというのに、普段の不機嫌さと口の悪さで二割以上ソンしてるよな、と思いつつ、シュアラスタはそれでも彼女が大陸一の座から下ろされることはない、と自分に言い置く。

 だからこそ、チェスは自分の相棒でいられるのだ、と。

「まぁ、そりゃぁそうなんだが…」

 わざとチェスの意見を肯定しつつ、シュアラスタはコートを脱いで肱掛椅子の背凭れに引っ掛けた。

「それしちゃ、納得してないって顔ね」

「そ。なんでヤツがひとりで、ちょうど保安官の来ている時に俺たちに姿を見せたのか、が判らない」

 言いながら、ごく自然にチェスの左隣に腰を据え、シュアラスタはそのまま…ごろりとソファに寝転んだ。

 余った長い足を外側に突き出し、後頭部をきっちりチェスの太腿に乗せて、燃え尽きそうな煙草を唇から離す。その光景はいかにも仲睦まじい恋人同士のようだが、重ねて言う、この二人は絶対に、死んでも、転地がひっくり返っても、恋人同士ではないのだ。

「まさか、だから保安部の仕事受けたんじゃないでしょうね」

 咎めるでもなくさらりと言いのけられて、シュアラスタは微かに苦笑いした。そうだと言ったら確実に顔面をひっぱたかれそうだが、違うというには漠然とした理由しか…思い浮かばない。

「どうだかね」

 仕方がないので当り障りなくいつものようにふざけて肩を竦めると、チェスはふっと赤い唇から笑みを零して、ばか、と囁いた。その声がひどく眠気を誘い、シュアラスタは機嫌よくくすくす笑いながらゆっくり瞼を閉じる。

「ところでお前、占い信じるか?」

「まさか」

「でも、ここの占者(せんじゃ)様の占いは大陸一当たるらしいぜ」

「ふうん。悪いけど興味ないわ」

 一体何を言い出すのか、と呆れてそっぽを向きつつ、チェスが座面に流れたシュアラスタの長い髪を視野の片隅に引っ掛けたまま、小首を傾げる。

「そういうあんたは信じてるワケ?」

「……まさか」

「じゃぁ」

 なんでそんな話? と続けかけたチェスの頬に、白くて細い指先がそっと触れる。それに驚いた訳でもないだろうが、押し黙り、挑むようなグランブルーの瞳をシュアラスタに向けると、彼もまた、あの灰色がかった緑の瞳でじっとチェスを見上げていた。

「この町全部が胡散臭ぇ」

 囁くように吐き出して微笑み、シュアラスタはチェスの髪を指先に絡ませて、そっと唇まで引き寄せた。

  

   
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