■ 前へ戻る   ■ 次へ進む

      
   
    占者の街    
       
第三章 占者の街……嘘吐きどもの場合(1)

   

 ゴルドン・オーソン領主区南端に近い、ミムサ・ノスという町。人口約五千人、前述の通り、街道と街道が複雑に入り組んだ地区特有の雑多で規模の大きい町。とは一風変わった、陰気で……もしかしたら厳かと表現されるべきなのかもしれないが……、どこか空々しく、背中を丸めた住民が人目を忍ぶように通りの片隅を歩いているような、何か、とてつもない秘密を内包しているような場所。

「……秘密なんていっても、あれじゃ秘密でもなんでもないじゃないのよ。ばっかばかしい」

 今日はいつもの真紅いショートコートではなく、町娘が着ているようなとは行かないが(何せ、その派手な顔立ちのせいで普通の衣装がまったくもって似合わないのだ)、ちょっとお洒落してデートに出かける金持ちの娘、程度の豪華さを持った枯葉色のワンピースにワイン色のショールを引っ掛けたチェスが、大通りに立ち並ぶオープンカフェのパラソルに収まり、面白くなさそうに呟いてグランブルーの目を眇めた。

「アレ自体は秘密じゃないですよ。……人の秘密を見て、商売にする所ですね」

 チェスの向かいでレモンソーダをすすっていたルイードが、ストローから可憐な唇を少しだけ浮かせて、何か含むように口の中で言う。少年が答えを期待して窺うチェスの視線の先は、丁度ルイードの背後、この町の中心にそびえた奇妙な建物だった。

 ミムサ・ノス占術者協会総合会館、通称「占者館(せんじゃやかた)」。

「占いって、自分の事占(み)て貰うんじゃないの?」

「色々ですよ。自分の事も、他人の事も、失せ物から探し人、果ては婚礼の日取り生まれた子供の名前から命名式の日から引越し葬式創立旅の出発」

 一気にまくし立てて一度言葉を切り、ルイードはふーっと息を吐いた。

「とにかく、ここの占者(せんじゃ)様はなんでも占てくれるそうです」

「…………………自分で決めりゃいいじゃない、そんなの」

 何か余程不満な事項でもあったのか、チェスは呆れたように深く嘆息してそう吐き出し、すっかり冷えた紅茶を手に取る。と、こちらはこざっぱりとした紺色ジャケットに白いシャツ、普通のスラックス姿の、文字通り学校帰りの坊ちゃん風衣装に身を包んだルイードが、ぷ、と小さく吹き出しつつも懐から手帳を取出した。

「それを占って貰う人がいるから、この町はやって行けてるんでしょう?」

「まぁね。他人の趣味趣向にとやかく言うつもりはないけど…」

「けど、なんですか? ミス・ヘルガスター」

「……怯えるくらいなら、最初から頼んなって事かしらね」

 白いクロスも眩しいテーブルに両肘を突き、チェスは何か考え込むような顔で占者館を見つめていた。

 人口約五千人。歪んだ楕円形に近い町は、低い煉瓦の上に鉄条網を張り巡らせた厳しい外壁に囲まれ、陰鬱に、作り物じみた陽気さを表通りにだけ蔓延させて、進路を見失った旅人を招き入れる、ミムサ・ノス。占い師の町。普通、町の中央には「代理執行館」という領主直属の役所が置かれている場合が多い。もちろんこれも例外があるし、チェスの知るある大規模な街ではこの役所が至るところに点在しており、領主所有だという建物に「市民相談室」なる、もっと柔らかい印象の施設が置かれている場所もあったし、別の村では、新品のバスターズがさも居心地悪そうにでんと鎮座していた所もあった。

 だが、この町は異様。

 例えば役所の機関だとかバスターズだとかいう施設は、結局のところ公共的に市民の生活を保護する立場にある。正直、村のど真ん中にバスターズもどうかと思うが、そこはそれ、村の実情を調べれば頷けない事もない、という具合だ。

(……そうか、だからあの陰気な屋敷が町を見下ろすみたいにあそこに建ってるのね)

 ルイードがせっせと地図の確認をしている。それをいい事に、チェスはぼんやりあの異様な館(やかた)を眺めていた。

(この町は、占い師に頼って大きくなった。だから役所でも保安部でもバスターズでもなくて、あの、占い師たちがひしめき合ってる得体の知れない建物が、町の中心に鎮座してるんだわ…)

 ミムサ・ノスという町は、街道と街道を結ぶ枝線の途中、細い抜け道の中間地点に存在する町だった。なだらかな丘に針葉樹の小さな林が所々点在するありきたりの風景に囲まれた、ごく普通の農村と言っていいだろう。とはいえ、肥沃(ひよく)な大地が無尽に広がっている訳ではないから、大抵の農家は高原ぶどうなどに代表される果物と、小麦と豆を細々作っている程度だ。

(確かに、あの調書を見る限り、もっと規模の小さい、飛び込み旅篭が適当な数あれば十分、て程度の町でしかないわね。なのにここには今もひっきりなしに旅人が訪れるし、それなりに滞在もするし、金貨を落として行く…。そう、珍しい、占い師の集合住宅があるから)

 別に占い師が珍しい訳ではない。ただ、協会を組織して自ら館を建て、そこに詣でれば登録している占い師の全てが選び放題。というシステムは、他にない。

(だからって、ただ集団なら面白半分で話題にはなるでしょうけど、すぐに廃れて終わるわ)

 そう、ミムサ・ノスの「占者館」が今もこの町に君臨している理由は、その占いがよく当たるから客足が途絶えない、という継続的な存在意義を見事にクリアしているからなのだ。

 すっかり渋くなった紅茶を喉に流し込み、チェスが眉を寄せる。舌先に細かい砂でも絡めたような感覚に思わず苛ついた溜め息を吐き出して、きょとん、と見上げてくるルイードの大きな灰色の瞳に捕まった彼女は、苦笑いとも何ともつかない複雑な表情で小首を傾げた。

「あと、どれくらい残ってんの?」

 一瞬何か問いたげな顔をチェスに見せ、でもルイードは、彼女が話題を変えて来たのに質問を引っ込めて無邪気な笑顔を作り直した。陰鬱な語らいをするつもりなどまるでなかったし、第一、彼女の溜め息と同じ感慨を少年はとうの昔に抱き終え、勝手に納得して、さっさと考える事をやめたのだから。

 結局、どうでもいいのだ。そういう風に思って、そう振る舞って、それで問題などないのだ。…誰も、彼らを咎めないのだ。

「半日で四軒終わりました。回るのは、占者館の分を引いて、全部で十五軒。今日は日暮れまでに全部で十軒やっつけられれば上出来ですね」

 余計な数字だとは思えないが、面倒ではある。チェスは思わずガラの悪い溜め息を漏らし、ロングスカートの裾を盛大に翻して足を組み替えようとした。

「うちのバカは朝から保安官詰め所に「出勤」するわ、筋肉はどっか消えるわ、あたしとあんたはこそこそ町嗅ぎ回らなくちゃならないわ…。今回の仕事、これでろくなオチじゃなかったら、絶対うちの相棒ぶん殴ってやるわ」

 忌々しげに吐き捨てたチェスの横顔を恐々窺いつつ、ルイードはその可憐な口元を引きつらせて、はしたないですよ、ミス…。と、出来れば彼女の気に触らないように、そっと控えめに注意した。

  

   
 ■ 前へ戻る   ■ 次へ進む