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    占者の街    
       
第三章 占者の街……嘘吐きどもの場合(6)

   

 保安官見習いが訪ねて来て仕事を請け負い、それから三日目のお昼過ぎ。今日もチェスとルイードは、バスターらしからぬ衣装に身を包み町の中を歩き回っていた。

「ここで何件目?」

「えーと、十二件目です」

 ぽそぽそと囁き合い、何もなかったような涼しい顔で通りを歩き、左右を確認して、目的の家の裏手に回り込む路地を探す。

「どこも大体道の構造は変わりないのね、この町。大通りは東西南北に二本ずつ、それから少し大きい通りが何本か走ってて、通り抜け用の小道があちこちを繋いでる。袋小路が少ないかしら?」

「そうですね。まぁ、特筆すべき事といったら、どこの通りからも町の中心にあるあの「占者館(せんじゃやかた)」が見える、ってトコくらいでしょうか」

「……物は考えようじゃない? ルイ。どの通りも、どこも、あのお屋敷から見える、って事でもあるわ」

 言って振り返り、あのけばけばしい建物を見上げて、チェスは蔑んだような笑みを口元に零した。

 問題の屋敷は、せいぜい二階建てがいいところの風景を見下すように聳(そび)えていた。補強された鉄骨剥き出しの外観に三角屋根が何本も突き出し、中央には鐘突き塔もある。

 異様だった。

「ここも今までの家と大差ないですね、やっぱり。例えば盗賊が忍び込んだとして、それが昼夜を問わず、だとしたら、それこそ、家人にも近所の住人にも、通りすがりの旅人にも姿を見られずに抜け出すのには、この街の裏通りは少々明る過ぎるくらいです」

「この町、家の表には軒があるんだけど、裏はないのよね、どこも。左右どちらを見ても垂直な壁しかなくて、細い路地まで綺麗に掃除されてるじゃない? 普通、裏通りっていうと汚くて薄暗いモンだけど、そうじゃないのはなんでかしら?」

 チェスとルイードが町を歩き回って調べているのは、盗賊がいた場合の逃走経路なのだ。人目につかず確実に町から出る、もしくはその場から離れる事が出来るかどうか、を、彼女たちは三日もかけて検証していた。

「それはですね、やっぱりあのお屋敷のせいらしいですよ」

 両腕を伸ばして家と家との距離を測りながら、ルイードが空を見上げて言った。それが終わるのを、片方の壁に背中をつけて腕を組み待っているチェスが、「?」と無言で小首を傾げる。

「町には美観も大切で、その美観により気持ち良くお仕事が出来るんだそうで」

「……誰、そんなわがまま言ってんのは」

 チェスの呆れた溜め息に苦笑いを向け、ルイードは、ぴ! と人差し指を立てた。

「ミムサ・ノス占術者協会筆頭の、レディ・ポーラ・フィルマだそうです」

「はぁ、占い師の親分ね」

「そう言う風に言うと、眉を吊り上げて怒るらしいですけど」

「あたしの知ったこっちゃないわ。勝手に怒らしときなさいよ、そんなの」

「もっともですね」

 などとやたらバスターらしく見ず知らずの占い師をコケ下ろして、二人はまた歩き出した。

「どうだろ。逃げようと思えば逃げられない事もないけど、十五件全部で一度も怪しい人物が目撃されてない、ってのはおかしいわ。それほど巧妙に逃げ切ってるのか…」

 そこでチェスは、ふと心に浮かんだ言葉を言いあぐねて、口を噤んだ。

「どうなのかしら…」

 疑念。

(だとしても、十七件も? あの屋敷の中の二件を引いても、十五もだわ。そんな事、あるのかしら)

 黙り込んだチェスの横顔をちらりと見上げたルイードが、くすっ、と肩を竦めて笑う。

「なによ」

 憮然と見下ろされて、少年が慌てて首を横に振る。

「いや……。そういうタイミング、っていうか、物の言い方っていうか…、それが最近、バスター・ジェイフォードに似て来たなぁと思って」

「バカがうつったのかしらね」

 もしかしたら怒られるかもしれない、と身構えたルイードをよそに、なぜかチェスはそう素っ気無く答えて、でも、何かしら思うところがあったらしく、ラズベリーの唇にはっとするような瑞々しい微笑を浮かべた。

 それが、とても美しい。バスターらしい派手な衣装でない今だからこそ、シュアラスタが妬ましくなるような、極上の笑顔だと少年は思った。

 昔は……、ルイードがまだルイード・ジュサイアースでなく、チェスがチェス・ピッケル・ヘルガスターでなかった頃、彼女がこんな風に笑えるのだと、誰も思っていなかっただろう。

「ここ、アパートメントなのね」

 何やら曖昧な笑みで黙り込んだルイードから目を逸らし、両側から迫ってくるような家の壁を見上げたチェスが、溜め息みたいに呟く。それは少年に問い掛けているというより自分に言い置いているように聞こえて、ルイードもなんとなくチェスと同じ壁を見上げた。

「あ、そうか。だから窓が、妙な間隔で……」

 判を押したように同じデザインの窓が、まっ平らな壁に等間隔で口を開けている。先には注意していなかったので気付かなかったが、よく見れば、全ての窓に掛けられたカーテンが、ものの見事にばらばらだった。

「ますます…」

「人目をはばかるには不向きですねぇ」

 チェスの言葉を受け取って答えつつ、ルイードはもう一度保安詰め所から貰ってきた紙片を広げた。ここがアパートだとしたら、どこの部屋の住人が訴えを起こして来たのか確認する必要があるからだ。

「えーと」

「どこ?」

「二階のぉ」

 チェスとルイードは一枚の紙片を覗き込みながら、数歩進んだ。

 途端、かちゃ、というドアロックの外れる微かな音がしたかと思うなり、今まさに二人が通り過ぎようかという位置にあった小さ目のくぐりが勢いよく中から外に開かれ、誰かがいきなり飛び出して来た。

「わぁっ!」

「!」

「きゃっ」

 小さな悲鳴と息を飲む三つの気配は、殆ど同時。間を置かず、どすん、と地面に尻餅を突いたルイードと、そのルイードを回避しようとしてバランスを崩し前のめりに転びそうになった若い娘と、その娘を抱きとめた拍子に背後の壁に体当たりし…更には娘の抱えていた花籠の痛烈なアタックを腹部に食らったチェスが、これまた同時に呻く。

「きゃぁぁぁぁ! ご、ごごご、ごめんなさいっ! あたしったらなんておっちょこちょいなんだろう、もう! あの、あ、あのっ、大丈夫ですか?」

 これが男だったら蹴り返してもよかったが、今は普通の旅人を装っている以上そうも行かないし、相手は一応女性のようだし、と手を抜いたのが災いしたのか、下手な悪人どもの打撃より的確にボディーに入った花篭の一発に、チェスは思わずその場にしゃがみ込んでしまった。

 不覚以外の何ものでもない。ここにシュアラスタがいなくて本当によかった、と彼女は、娘の気が逸れているうちに、地面に蒔いてしまった紙束を集めてポケットに突っ込むルイードを窺いながら、心配そうに除き込んでくる娘に頼りない笑みを見せた。

「すみません、わたしの方こそ…」

 涼しい声が、息を詰まらせながらもしっかりと滑り出す、ラズベリー色の唇。印象的なグランブルーの瞳が間近で微笑むと、娘はなぜかぱっと頬を赤らめ、いきなりチェスの手首を掴んで、ついでに(……)、見られて都合の悪いものを隠し終えてようやく立ち上がったルイードの襟元まで引っつかみ、今出て来たばかりのドアを振り返った。

「お礼に、休んで行ってくださいっ!」

「……………。」

 それは…お詫びじゃないのか? という突っ込みを入れる間さえ与えられず、二人は強引に、極めて強引に、一見普通の町娘に攫われてアパートメントに引っ張り込まれた。

「…………不覚だわ…」

 比較的明るい、と直前チェスとルイードが言っていた裏路地に、チェスの苦々しい呟きだけを残して。

  

   
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