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    占者の街    
       
第三章 占者の街……嘘吐きどもの場合(9)

   

「……。ふうん」

 そこだけ妙に素っ気無く、心持ち乱暴に呟いてすぐ、(偽)保安官は指で挟んで持ち上げていた小さな蓋を本体に被せ、きっちり元通りにしてから、うやうやしい手つきで女主人に押し返した。

 目の前で絶え間なく笑みを浮べている塗り過ぎの口紅みたいに真っ赤で艶めいた、堅い木の実。といっても、乾燥させて中身をくり貫き、植物油を塗り込んで水分が逃げないように加工された、冷菓子用の器なのだが。

「保安官もこの町にお住まいになるのでしたら、是非憶えておいて下さいましね」

 今まで訊ね歩いた窃盗事件の被害者宅としてはかなり上流階級に属するのだろう、立派な応接室の立派な応接セットに不慣れなネルは最高潮に居心地の悪さを感じ、なのに、占者館と大手の取引きをしているらしい荷役商の女主人と、初日から板に付いていた保安官面が三日目でますます様になっているシュアラスタは、平然と談笑している。

「シロップ漬けのフルーツを中に沈めたりもしますわ。そうしますとね…」

 シュアラスタの押し戻した器を手に取って、女主人はご機嫌で話し続ける。その内容に興味があった訳ではないが、占者館の情報としては平凡だが悪くない。

 シュアラスタとネルがこの屋敷を訪ねたとき、女主人は丁度占い師に返礼の品を持って行こうとしていたのだ。そう、チェスとルイードがぶつかったエイミ同様、真新しい花篭に果物と小麦の入った麻袋を入れて。普通ならば「これから占い師の方に詣でるから」と断られてもおかしくないのだが(この町の保安官は権威がないので…)、さすがにここでも、シュアラスタの好青年然とした笑顔と柔らかな物腰、それにやっぱり、いっとき視線を逸らせなくなるような男前ぶりに軍配が上がったのか、女主人は籠を手にしたまま二人を応接室に案内してくれた。

 彼女が商人であったのも幸いしたかもしれない。商売人というのは、どんなに小さなチャンスも逃さないものだ。そう、例えばそれが直接商売に関わらないと判っていても。

 女主人は。まぁ、三十代後半、暗色のドレスがそれなりに似合う、それなりの美人だった。独身でそれなりに商売も順調。使用人数人を抱え(従業員はまた別)運送と荷役専門の小さな会社をやっているのだが、あの占者館と専属契約を結んでいるらしく、暮らしぶりは裕福といって差し支えない。

 被害届を出した経緯などをなんとなく聞き出し、そろそろ帰ろうか、というところで女主人は、急にシュアラスタにあれこれ質問を浴びせ掛け始めた。長い金髪を品よく巻上げた女性らしい髪型とか、色が白くて卵型の輪郭の優しげなところとか、そのくせ意外と大胆に胸元の開いたドレスだとかが悪くないので少々付き合ってみるか、という具合で話に乗ってみたものの、結局、素っ裸にしたってうちの相棒にゃ叶いそうもねぇな。という結論を通過して、現在に至る。

 つまり、シュアラスタは退屈していた。

 そんな彼に気付かないのか、女主人はシュアラスタの押し戻した器からもう一度蓋を取り、何やら説明を続けている。

 女主人の話は、大体こうである。その、木の被子で作られた赤い器は、数年前から流行り出した。返礼品というと、それまでは果物と穀物だけという、今より華やかさに欠ける品揃えしか許されていなかったからだろうか、ある占い師への返礼にその器が使われて間もなくすると、それはすぐに建物外周を囲む露天で売られるようになっていた。

 木の器。植物の茎を煮詰めて取ったゼラチンを甘くして固めた、地味なデザートを飾る器。中身の方は淡く緑色がかった柔らかい食感と清しい香りが人気で(その植物の成分によるらしく、普通ゼリーに使用されている無味無臭のゼラチンと混同してはいけない…らしい)、大抵の果物との相性も悪くなく、大陸ではレストランに入れば必ず置いているし、あのバスターズにさえ常にストックがある。

 その器が爆発的に流行し始めたのが二年半ほど前からだ、と女主人は言った。興味が無いまでも、小耳に挟んでしまった情報は無視出来ない、というのがシュアラスタ最大の問題であり、君が最悪に手強いところでもあるよね。といつかハルパスが言っていた通り、シュアラスタは退屈しつつも、籠の中に二つ程紛れ込んでいたデザートの薀蓄(うんちく)をさっきから黙って聞いているのだ。

「最初、どちらの占い師の方に返礼されたのかは存じないのですが、詣でる方から口コミで広がったんですのよ、このかわいらしい器。わたし個人としましても、緋色というのも気に入ってますし、何より、果物や穀物と違って、自分の手で作って差し上げられる、というのも、うれしゅうございますわね」

 それに……、シュアラスタは完全な作り笑いで頷いた。

 占い師てのはそんなにありがたいモンなのか? と内心呆れつつも、判らないでもない、という冷静な部分も残っている。あの占い師が犇めき合って寝起きしている巨大な住宅群は、この町に確実な利益をもたらしているのだ。目の前の女主人が商人で殊更恩恵を預かっているとすれば、この態度も頷ける…のだが。

(だからって、正直気味が悪ぃけどな)

 シュアラスタが短い溜め息を吐いても、興が乗ってきたらしく、女主人は構わず話し続ける。

「シロップ漬けのフルーツの水分をよく切って、中に沈めますのよ。そうしますとね、淡い緑の表面にオレンジや赤が薄っすら浮かび上がって、とても綺麗なんですの。中身を詰め込み過ぎても品が無くなってしまいますので、その辺りのバランスが難しいところですわ」

 満面の笑みを適当な相槌で受け流し、シュアラスタは、いつこの女主人を黙らせて退去しようか、そればかり考えていた。

  

   
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