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    占者の街    
       
第四幕 夜も昼もなく、悪党の場合(4)

   

 いや、関係ないのではないのだが…。

「そういやぁ途中でよ、シャオリーのヤツに会ったぜ」

 途端、ルイードがぎょっと顔を上げる。

「シャオリー? って、シャオリー・ジャオジャイマか?」

 しかし、問い掛けたのはシュアラスタだった。

「あぁ、シャオリー・ジャオジャイマとカーライル・ロウゥエンだよ。にーさんは会った事ねぇのか」

「まぁ、西部でうろついてたんだから名前くらいは聞いた事もあるし、ジャオジャイマはどうか知らないが、カーライル・ロウゥエンは元々東部で認証されたバスターだろ? 向こうが俺を知ってるって可能性は…」

 あるんじゃないのか? と続くセリフを口の中で呟き、シュアラスタは横目で様子のおかしいルイードを窺った。

 少年は、なぜか色の薄い瞳を見開いて、居心地の悪そうな顔をしていた。華奢な肩をますます縮めて小さくなり、苦笑いともなんともつかない奇妙な笑みを可憐な口元に貼り付けている。

「それがどうかしたか?」

 だからといって少年を問いただすわけでもなく、シュアラスタが平然と話をヌッフに振る。さっきヌッフとルイードがチェスに見せた無関心と同じように、ルイードの妙な反応はチーム・ジェイフォードに関係ないのだ。

「ハルパスの野郎に呼ばれてこの付近をうろついてるらしいぜ、あの二人」

 懐を探って取り出した葉巻を分厚い唇に乗せ、ヌッフはシャオリーとの一連の会話を面白くもなさそうに三人に話して聞かせた。が、当然、彼女の下着の一件でカーライルとモメたのは、内緒にしておく。

「ふうん。リングマスター・フロッグが吊るされてたなんてね。別にこっちは探してたワケでもないから、実質的に無駄足踏んだんでもないけど、中にはいるんでしょうね、そういう被害被ってる連中も」

 チーム・ジャオジャイマを全く知らないチェスが、目の前に置かれたワイングラスの縁を指でなぞりながら、テーブルに片肘を突いてやる気なく言い置いた。

「で? そのチームって、なんなの?」

「クラスAA(ダブルエー)の赤だよ。シャオリーはそれこそオレより前からバスターだってぇ女狐なんだがな、見た目が見た目だけに、悪党連中からも薄気味悪がられてる。おまけに相棒はあのカーライルと来てるしな」

「………今では、ですけど」

 腕を組んで淡々と述べたヌッフ。その最後を受け取って、テーブルの上で細っこい指をしきりに組み合わせていたルイードが、ぽつりと、呟いた。

「? 知り合い?」

「顔見知り、程度です。僕は」

 何か、話したいのだとチェスは思った。極端に瞬きの回数が減ったルイードが、じっとチェスの顔を見つめていたから。

「……バスター・ロウゥエンの事は、殆ど知りませんけど」

 そこでやっとルイードは表情を崩したが、その笑みはひどく硬い。

「僕ね、バスター・ジャオジャイマに…その………。ものすごく、嫌われてるんです」

 緊張した声で囁き、視線をチェスからヌッフに移動させるルイード。それが何を意味するのか判らないチェスはしかし、問い掛けるような真似はせず、ただ、言いたい事があるなら勝手に言えばいい、とでも言いたげな冷たい瞳で少年を見つめただけだった。

「近くに来てるって事はいつか顔を合わせてしまうかもしれないので、先に言っておきます。バスター・ジャオジャイマは、僕が悪党にならなければ、ヌッフの相棒になるはずだったんですよ。でも、僕はバスターになってしまったし、ヌッフは、僕を見捨てなかった。だから…その………」

「ふうん。まぁ、あんたたちの昔話になんか興味ないわ」

「ルイと同じ理由で、オレもにーさんにひとつ言っとく事がある」

 それまで、しきりに視線を揺らすルイードを睨んでいたヌッフが、不意に沈んだ声で呟く。

「つまりオレは、ルイと組むためにシャオリーと「別れた」んだよ」

「…あんた、意外とオンナ関係派手よね…」

 テーブルに頬杖を突いてにやにやしながら、チェスがわざとからかうようにそう言った。

 別に、ヌッフの昔のオンナが出て来たところで何か問題があるのか、とも思うが、少し前ならいざ知らず、今は少々…問題があるのだ。

 口を閉ざした三人の目が、無意識のうちにシュアラスタを捉えていた。腕を組み、薄い唇に紙巻を載せ、憮然と中空の一点を睨んだきりぴくりとも動かない、シュアラスタ。

 その整った面影に微か被るのは、穏やかな日溜りと同じ淡い金色の長い髪と、新緑の輝きを内包した華やかな緑色の瞳。都会的で、楚々とした美しさに芯の強さと少々の強情を混ぜた、可憐とも強固とも取れる、かわいらしい女性…。

 その彼女は、ほっそりとしていて姿勢が良い。若い女性にありがちな浮ついた雰囲気はなく、落ち着いていて、頭もいい。父を領主に持ち、東部最大級の領主区をこの世から消えてしまった兄の代わりに継ぎ、いつ迎えに来てくれるのか、もしかしたら一生来てくれないかもしれない「恋人」を待ち続ける、その女性。

…それが、突如行方不明になり、現在は「死んだもの」として扱われている兄に対して出来る唯一の償いだ、と彼女…リンカーフェス・ヘルファイファーという名の女性は、少し恥ずかしそうに笑った。

 チェスはその女性を、好きでいたいと願った。

 だからここで、シュアラスタはヌッフの何気ない告白に苛烈な嫌味を言わなければならないのだ、彼女の中で。それでチェスはシュアラスタを罵り倒し、いつものように「くだらないわ」と吐き捨てて、笑い飛ばさなければいけない。

 なのに、シュアラスタはじっと虚空を睨んだままで口を開こうとしなかった。まさか自分の「役割」を忘れているワケでもあるまいし…、と周囲の三人が顔を見合わせた途端、気紛れで、ワガママで、でも頭だけは格段にいいと噂の男が組んでいた足を解いて弾けるように立ち上がり、傍らでぎょっと顔を上げたチェスの顎をひっつかんで、問答無用、どころかなんの前触れもなく、本当にいきなり、ラズベリーの唇から掠め取るようなくちづけを……。

 ガッ!

「って! なんなのよ、あんた!」

 奪った途端にぶん殴られた。

「殴るな。脳のバランス崩れたら判った事まで忘れそうだ」

 殴られた割には機嫌良くそう言ったシュアラスタが、にっこりチェスに微笑みかける。

「俺のコト愛してる? 相棒」

「えぇ、もちろん」

 その笑み。灰色がかった緑の瞳が閉じ込めたのは、限りなく企みを含んだ薄暗い光。それに気付いて微笑み返したチェスが停滞無く囁くと、シュアラスタは吐き出すように笑った。

「ハッ! 嘘だと思うと即答して来やがる。ヤな女」

「ふんだ。そういうあんたも本気じゃないんだから、おあいこでしょ」

「それもそうだな」

 ハハハ、と適当な笑いでこの寸劇に終止符を打つなり、シュアラスタはづかづかヌッフに近寄って彼を椅子から叩き落した。

「邪魔だ、筋肉、ここ空けとけ。何やら面白くない告白があったらしいが、俺にゃそんなモン関係ねぇ。てめぇが昔どこで何をしてようが、俺の知ったこっちゃないからな。それでも懺悔しときたいってんなら、今すぐ出かけて…二度と戻ってくんな、あほう」

 似ているようで、似ていない。その女性と…シュアラスタ。

「それからルイ。お前が誰かに嫌われてようがなんだろうが、それも俺にゃ関係ないでしょ? それともお前、俺が誰かの陰口に惑わされるほどバカだとでも思ってたのか?」

 あの…、と目を白黒させながら何かを言い募ろうとしたルイードの襟首を掴んで椅子から引きずり下ろした少年の衣服を均してからドアに向き直らせると、シュアラスタは上機嫌で彼の背中を…突き飛ばした。

「なんでも良し。俺にはひとつも関係なし。さっさと、てめーのスイートハートとやらを上から引っ張り出して来い」

「…? バスター・ジェイフォード?」

「…にーさん…?」

「何が判ったってのよ」

 きょとんとした三人に問われて、シュアラスタはげたげた笑い出した。

「何がって? 最初から言ってたろう。俺が知りたかったのは、ハルパスの目的と、ミディアがどこに消えたか、だよ」

 くすくす笑いのまま大袈裟な仕草で腕を組んでからシュアラスタは、ぽかんとするチェスたちとマスター・エコーの顔を順番に見回して、わざとらしく肩を竦めて見せた。

「初志貫徹。知ってるか? お前ら」

  

   
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