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    占者の街    
       
第五幕 占者の街 占者の場合(2)

   

 円形の巨大な館。その中心は地上三階まで吹き抜けになった、待合室だった。中央に伸びる大階段を上がった二階と三階部分は、外周に沿って小さな個室が幾つも並んでおり、そこで占い師たちはお客と接見する。四階と五階は程度のいいアパートメントで、従者の大半は町から雇われているので皆家に帰るが、どこかから流れ着いて来た占い師とその側近たちは、このアパートメントフロアに住まっている。

 いつもなら、朝日とともに開かれる正面大扉。するとすぐに、半日以上待たされると知りつつもやって来た大勢の来訪者で溢れ返る、待合室。気分を落ち着かせるための香が焚き染(し)められ、所々に置かれたカウチやソファに、小さなラウンジ。一見すると、ホテルか何かのサロンに見えなくもない。

 しかし今日、そこは無人だった。

 気が付けば、忙しく歩き回っているはずの使用人の姿も全く無い。

 無人の館に、レディ・ポーラ・フィルマと女の足音だけがやけに響く。

「……あなた、皆様はどちらへ?」

「前庭です」

 言いながら、女は全身を使って重い樫の大扉を引き開けた。

 途端、視界に溢れるのは朝のさわやかな光。町中が輝いて見える、至福のとき。しかし今日彼女を迎えたのは、広い前庭を埋め尽くした館の住人たちの不安げな瞳だった。

 その間を掻き分けて進む黒衣の女に着いて歩くレディ・ポーラ・フィルマの姿に、皆一様に安堵の表情を見せる。

 女は一直線に、正面アーチを目指していた。時折、両脇の占い師や使用人から溜め息のような「レディ」という囁きが漏れるのに微笑んで見せながら、彼女は、その瞬間まで自身を疑う事は無かった。

 そう、ぱっくり割れた視界の先に、彼らの姿を見るまでは…。

 ミムサ・ノス。占者(せんじゃ)の町。しかし、彼女の暴走した理想と情熱は、今日、崩壊する運命にあったのだろう。

 残念ながら、自らの運命見る事叶わぬ占い師どもは、それに気付いていなかったけれど。

 最初にレディ・ポーラ・フィルマの目に飛び込んで来たのは、キャメル色のロングコートを纏った気障な男だった。長い髪に、趣味の悪い派手なシャツに、紫煙をくゆらす、でも、相当な二枚目。それから、真紅のショートコートを着た、びっくりするような美女。人形か何かのように整った顔と豪華なピンクゴールドの髪にグランブルーの瞳が、ひどく印象的だった。それから、髪まで白を基調にしているような、可憐な少年。もしかしたら、少女なのかもしれないとさえ思える。その後ろには、見上げるようなモヒカン頭の大男が、自慢の筋肉を誇示するにふさわしい嫌味な革のベスト姿で突っ立っていた。

 集められた館の住人と対峙している奇妙で派手な一行は、まだいた。先述の大男から少し離れた場所に、カーキ色のインバネスを着た、これもまた目を奪われるような長身痩躯の若い男が腕を組んで直立している。その後ろにはなぜか、無表情に周囲を見回す男と、飴玉みたいなオレンジ色の服を着た、飴玉みたいな黄色い髪の少女までいた。

…それからもうひとり、ミムサ・ノス保安部の制服を着た、見知らぬ少年。

 案内してきた黒衣の女が脇に下がるのを待ってからレディ・ポーラ・フィルマは一歩踏み出し、慇懃に頭を垂れた。

「おはようございます、バスターの方」

 その丁重な振る舞いに、背後の占い師どもから低いざわめきが上がり、正面のバスターたちからは…………失笑。

「しかしながら、皆様とお話するまえに、正規の手続きを……」

「あんたあほか? 俺たちゃ、客じゃねぇんだぜ? 受付して待合室で待てとでも言うつもりか?」

 顔を上げ、キッと睨んでる来るレディ・ポーラ・フィルマの視線など毛ほども気にかけた風なく、正面の男、シュアラスタは紙巻を地面に吐き捨てて笑った。

「規律ですわ、バスターの方。館には館の規律があり、この敷地に踏み込んだ以上、館の規律は護っていただきます。それが例え、あなた方であろうとも」

「断る」

「保安官!」

「見習いでしょ?」

 搾り出すように呻いてネルに視線を移動したレディ・ポーラ・フィルマをからかってなのか、シュアラスタがわざわざそう付け加えた。途端、彼の背後に点在する悪党どもが、暢気に笑い声を立てる。

「一体どういう事なのです!」

 ヒステリー気味に言われて、ネルは本当に当惑した。何せ彼自身、責任がある、と言い張ってシュアラスタに着いて来たものの、これから何が始まろうとしているかは何も知らないのだ。

「ひとつ訊く。あんたの規律とやらは、ここに入館するモンの前歴不問、てので、間違い無いか」

「………それが、何か」

 怒りを露にしつつも、レディ・ポーラ・フィルマはしっかりと答えた。それを受けてやる気なく肩を竦めたシュアラスタの視線が、背後のハルパスに流れる。

「ここに流れ着くまで何をしていても、占い師だと自己申請すれば入館できるというのは甘いと思うかい? シュアラスタ・ジェイフォード」

「あぁ」

「赤屋根で客待ちする間の手慰みで占いを覚えるというのは、少なくない話なんだよ。なんなら、わたしもやって見せようか?」

 女性的な白皙を俯かせて呟き、ハルパスはくすくすと笑った。

「レディとしては、ありったけの親切心なんだろう、それがね。前歴不問と言う事はつまり、そういった境遇を経た女性もここではただの「占い師」で通るのだから。ねぇ、シュアラスタ・ジェイフォード、だとしたら、君は大いに賛同してやるべき…愚行だろう?」

 嫌味ったらしくゆっくりと顔を上げ、作り物のような碧眼に蔑んだ笑を湛えてシュアラスタを見つめる、ハルパス。

「………てめぇは流れ弾に注意しとけよ」

 忌々しげに吐き捨てて正面に顔を向け直したシュアラスタの横顔を、チェスも少し笑う。

「あなた方は…何をしにここに来たのですか!」

「あんたの規律は間違ってたってのを、証明しにさ。レディ・ポーラ・フィルマ」

 言い置かれて、レディ・ポーラ・フィルマは口を噤んだ。

「そろそろ、謎解きと行こうか」

 シュアラスタはにっと唇の端を持ち上げて言い放ってから、新しい紙巻を載せた。

  

   
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