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    占者の街    
       
第六章 占者の街 悪党の場合(2)

   

 四階から五階、最上階の上級占い師たちの個室があるフロアに行く階段は、四階までの階段の丁度反対側にある。回廊状に建物を半周する廊下を駆けて来る気配に、シュアラスタはくわえていた紙巻きを足元に落とした。

「あら? 待っててくれたの? いいコね」

 全身に返り血を浴びたチェスが姿を現すなりそんな軽口を叩き、シュアラスタは片眉だけを吊り上げて彼女を見下ろした。

「派手だなお前。それ、何?」

 言い放ったシュアラスタの視線が、コートが裂け掌にまで細い血の筋が派生している左腕に注がれていると判って、チェスはわざとそれを差し上げて見せた。

「三階から飛び降りたらこうなっちゃったの」

「あっそ」

 別に特別な事でもないのか、シュアラスタは意外にも素っ気無くそう言って、彼女から顔を背けた。

…………何か、注意してやれ。と、思わなくもない。

「ギャレイは?」

「部屋に逃げ込んだ。残りは、ヤツを入れて三人。ジャグラーと軽業師、催眠術師だ」

「まさにサーカスね。付き合ってらんないわ」

 肩を竦めたチェスに苦笑いを向けつつ、なんの警戒もなく最上階に続く階段に踏み込むシュアラスタ。一歩遅れて歩き出したチェスの剣も、鞘に戻っている。

 階段に危険は無いのか、あっても関係無いのか、二人は気負った風なく平然と五階に向かった。上った先にある大窓から光が射し込んでいるのを目にして、シュアラスタがまた新しい紙巻きを唇に乗せる。

 手で囲った先端で燃える、青白い炎。それから立ち上ったのか、嗅ぎ慣れない微かに甘い香りがシュアラスタの背中を見つめるチェスの鼻腔を通り過ぎ、彼女はおや? と眉を動かした。

 いつの間にマッチの銘柄を変えたのか。ついさっきまでは、いつもと同じ、あの気障ったらしい蒼いアゲハチョウの箱をちらつかせていたのに。

「…どっち?」

「うん、左」

 肩越しに放り出されたマッチの軸をなんとなく目で追いながらチェスが問うと、答えたシュアラスタが、ようやく背中から拳銃を引っこ抜く。

 回転弾倉式拳銃。黒光りするシュアラスタ愛用の銃は、一般的に悪人どもや悪党どもの持っている拳銃に比べて一回り以上大きく、洗練された禍禍しさがあった。

 大陸で銃の製造技術を持っているのは、出入りの厳しく制限された南部レキサル帝国だけである。弾丸の方はその限りでなく、南部に近い小さな村数カ所で製造されて大陸全土に流通しているが、それにしても、「拳銃」というのはあまりポピュラーな武器ではなかった。何せ、レキサルから輸出されてくるそれには本当に紛い物みたいなおもちゃもあったし、ただ壁にかけて飾っておくための装飾品まである。それは偏に、製造技術だけでなく、整備技術もレキサル以外の場所ではあまり確立されていない、という、維持環境の致命的な不足にある。拳銃というのは見た目の武骨さとワイルドさに比べて、ひどく繊細な武器なのだ。

 シュアラスタは、拳銃の整備を毎日自分の手で行った。分解し、細かに整備し、組み立てる。

 拳銃というものを取り巻く現状をよく知らなかった頃、チェスは、特別に「ガン・ファイター」と称される気障な持ち主どもが皆、シュアラスタのように鮮やかな手並みで愛用の武器を整備しているのだと信じていた。偶然、そんな技術があるなら悪党などやめてガン・マイスターになればいいのに、という呟きを耳にしなかったら、チェスは一生その疑問を持たなかっただろう。

 型式番号も、製造工房特有の刻印も、ひとつの愛想もない、鋼の塊。表面に刻まれる微細な傷さえ許さないシュアラスタという男の手にあまりにも似合い過ぎたその拳銃が、なぜ彼の元に辿り着いたのか、たった一度問いかけたチェスに、シュアラスタは「貰った」とだけ答えた。

 貰った。バレル長もグリップも多分重量も完璧にシュアラスタに合わせて造られたような芸術品を、誰が、なぜ、彼に贈ったのか。

 それとも、彼自身が、その拳銃に見合った男になろうとして……成功したのか。

 謎は解けない。チェスに、追求する気もないのだが。

「ギャレイはシャオリーに渡すの?」

「下に逃げりゃシャオリーが吊るす、その程度」

 面倒そうに銃口の先端でがしがし頭を掻きながら、シュアラスタは撃鉄を挙げた。

「ふーん、そう」

 感心なく呟いて鞘から剣を抜き放ったチェスが、そこでちょっと笑う。

「あんたがそんなに親切だったなんて、知らなかったわ」

「惚れた?」

「まさか」

 あはははは、と弾ける様に笑いながら、二人は同時に廊下へ飛び出した。

 流れる、真紅のコートと血を浴びてますます輝くピンクゴールドの髪。右手に窓、左手に壁を見る形で廊下に踊り出たチェスが、全身を低く保ち滑るように移動する。

 その彼女と背中合わせのまま、後退するよう右に折れたシュアラスタの銃が吼えた。狙っているのは、階段右手から飛来する細いナイフ。いかに一直線に向って来るとはいえ、的の小さいナイフを撃ち落すのは至難の技ではないだろうか。

 と、そういう心配は、射的場であの巨大な的を外している素人にならしてやってもいいが、シュアラスタにそんな事を言ったら、逆にこめかみをぶち抜かれかねない…。

 嘘のような正確さでナイフを撃ち落しながら投擲してくる「的」の位置を見切ったシュアラスタが、短くチェスの名を口の中で呟く。それが聞こえたのかどうなのか、チェスは前方無人の廊下から意識を引き剥がすと、踵で思いきり飛び退きながら空中で百八十度身を捻る。

 立ち位置変わって、追跡者に向き直ったチェスと、前方に走りつつ神業で弾丸を込め換えるシュアラスタ。入れ替わったのは、シュアラスタがリロードを完了するまでの数秒を稼ぐためだった。

 その間も容赦なく襲い掛かってくるナイフを、チェスの振るう剣が次々床に叩き落す。その激突音は金属同士というよりも、澄んでいるが濃密で重い感じがした。

 前方に人影が飛び出して来たのを目に、シュアラスタは咄嗟にその場に踏み止まって体を開いた。その胸元をチェスが身を沈めて通過し、真横に伸ばされたシュアラスタの腕、その手に握られた拳銃が、見えないナイフ投げを威嚇するよう火を吹く。

 バカでかい轟音を背中に感じながら、チェスは爪先で床を蹴った。正面に忽然と現れた痩身の男が両手に握っているダガーが、やけに不気味に光る。

 左に水平に引き付けていた宝剣を振り抜きながら、チェスは男の懐に飛び込んだ。つもりだったが、瞬きする間に掻き消えた男の気配が頭上から降り降りて来るのに、反射的に身体を床に投げ出して、眉間を狙ってきた刃を躱す。

「軽業師だっけ? ちょっと面倒ね。ちょっとでいいから、じっとしててくれないかしら」

「いくらなんでも、そりゃ無理でしょ」

 全くもって緊張感なく、チェスの呆れた声にシュアラスタが答える。しかしその間もナイフを撃ち落し、間隙を縫って、時折視界を掠める白っぽい影に向けて弾丸を放つ。

「ラチ開かねぇぞ」

 吸い差しを唇に乗せたまま、シュアラスタが吐き出すように呟いた。どれだけのナイフを持っているものか、襲って来るそれに終わりが見えない。

 銃撃姿勢のままシリンダーを叩き出し、薬莢を落とすのと同時に弾丸を突っ込む。手首の微細な動きだけでシリンダーが銃身に納まったのを確認する間もなく、すぐに引き金を引く。

 投げつけられるナイフと同じ速さでそれをやるのだから、この男も相棒同様相当な非常識ではある。

「チェス、向こうに回れ」

 呟き。瞬時に、二人は飛び離れた。

 一度後退して間合いを整えようとする軽業師に向って、チェスが突進する。しかし剣は振りもせず、男が回避のために上空に舞い上がったのを空気の動きだけで感じながら、真下を通過。背後に回った所で、剣を振り上げる反動で身体の前後を入れ替え倒れながらも斬撃を繰り出す。

 片やシュアラスタは、飛来するナイフを躱してナイフ投げに肉薄していた。初めて目にしたそれは可憐な少女で、拘束服のような奇妙なスーツを小ぶりなナイフで飾り立てていた。

 手品のように出現したナイフが四本、軽い腕の振りだけで放たれ、シュアラスタに迫る。それを翻したコートの裾で叩き落としたシュアラスタも、廊下を転がるようにして少女の背後に回った。

 刹那、肩口に灼熱。少女が投げたのとは逆の手に隠していたナイフが、転がり抜けようとするシュアラスタの通過点に横たわった空間を突き刺し、それが、掠ったのだ。

「若くしてボンテージ趣味に走ったお嬢さんに付き合う程、女に困ってないんだけどね」

 微かに眉をひそめて、それでもシュアラスタは弾けるように立ち上がって、銃口を撥ね上げた。

 銃声。交錯する弾丸とナイフ。少女の放ったナイフはシュアラスタの右上腕に食らいつき、シュアラスタの撃ち込んだ弾丸は、少女の太腿を…ふっ飛ばした。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 大口径の弾丸を間近で受け、少女の大腿部が無残な肉片をばら撒きながら千切れ跳ぶ。意識を失えば楽だったろうに、少女は可憐な顔を苦痛と怨嗟に歪めて、血を吹き上げる足を抱え込むように全身を丸めたまま、廊下をのたうち回った。

 無言で腕のナイフを引き抜き、それと紙巻きを同時に床に叩きつけて、新しい紙巻きをくわえる。ここまで来てしつこく煙草もないのだろうが、それを止めないからシュアラスタなのだろう。

 マッチを擦る。隙を突いて、少女がナイフを投げつける。しかしシュアラスタは軽い動きでそれを避け、少女に銃口を向けた。

「捕まったのが悪い男なら人生に諦めも着いただろうが、あんな筋肉質のおばちゃんじゃ、悔やんでも悔やみ切れないね、まったく」

 言われて、そのやる気ない口調にやっと恐怖を感じたのか、少女が血まみれの手で頬を押さえ絶叫する。

「うるせぇ、あほう」

 相手がどんな姿をしていようともこの男の心に情け容赦などないのか、シュアラスタはそう吐き捨てつなり、少女の胴体のど真ん中に弾丸を撃ち込んだ。

 轟音と、時置かず全身を硬直させて仰け反った、少女。それを見下ろす灰色がかった緑の瞳は嫌になるほど冷ややかだった。

 続けて二射。浮き上がっていた背中が床に叩き付けられ、喉元に食らったとどめの一発で、小首を傾げるような……もっと直角だが……不自然な姿勢を取り、少女は、開ききった瞳孔でシュアラスタを胡乱に見つめた。

 床に穿かれた弾痕と、それに流れ込む鮮血。噎せ返るような血臭。

 シュアラスタは、なんの感慨もなくすぐに少女から視線を引き剥がした。

 目を細めて見遣った先では、長身痩躯の軽業師とチェスが対峙している。どちらも武器を構えたきり一歩も動かないのは、間合いを詰めあぐねているのか、それとも、攻撃するタイミングを狙っているのか、どちらにしても、ふたりの間に横たわった空間は殺気立ち、瞬き程度の不均衡が勝敗を決め兼ねないように見えた。

「………? なんだあいつ。いつの間に、あんな遠くまで移動したんだ?」

 ぶつぶつと不愉快そうに愚痴って、シュアラスタが歩き出す…。

 軽業師は、両肘を軽く張って握ったダガーを身体の前に、逆手に構えていた。まるで綱渡りするかのようにぴったり揃えられた両足と、伸び切った背筋。武器の構えとしては奇妙な感じさえしたが、だから余計に、張り詰めた全身がどの方向にどのタイミングで飛び出すのか読み切れない不気味さが在る。

 やや身体を右に開き、軽業師を斜に構える格好で佇むチェス。こちらも何をどう狙っているのか、宝剣の切っ先は軽く引いた右足の爪先辺りに下されたままだ。

 均衡。ぎりぎりの。と信じている男の細い眼の中で、血塗れの美女が、ゆっくりと微笑む。

 軽業師は、殺気と眼光でチェスを威圧しているつもりだった。立ち位置の入れ替わった瞬間の一撃以降彼女が仕掛けてこないのも、それが功を奏しているのだと思っていた。あの気安い構えも、どこから攻撃を浴びせられても対処出来るようにとの、細心の防御なのだと…。

 チェスはただ、シュアラスタが戻ってくるのを待っていただけなのだが。

 銃声が止み、静寂の廊下に堅い靴音だけが響く。

「じゃ、こっちも片付けようかしらね」

 弧を描いたラズベリーの唇で甘く囁き、チェスは軽く床を蹴った。

 軽業師も同時に動く。短い予備動作で身体の重心を垂直に上下させ、手にしたダガーの一方を真紅のコートに向けて投げつけながら、手足を縮めてその場に滞空した。

 高さ約二メートル。低い姿勢で一直線に走り込んだチェスの、薙ぎ払う真白い残光。それを足の下に感じながら恐るべき滞空時間を経て、軽業師は、手足を四方に伸ばし振り抜く反動で身体の前後を入れ替え、残していたダガーを、チェスの頚椎に突き刺そうとした。

 その眼前を、何かが横切った。

「おあ?」

 ごとん。と柔らかいものが床に落ちる音。放物線を描いて床に降り立ち、男はきょとんと自分の…手首を見た。

 だらだらと鮮血を吹き出す腕から離れて、床に転がったマネキンみたいに思える、自分の手首。

「はひ?」

 視線を上げて、廊下の真ん中に立つチェスを空ろな眼に映し、男はようやく気付く。

「い……いいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃっ!」

 チェスが、こちらに向き直っている。

 持ち上げた腕。その斬り口から溢れる体液の、生暖かさと臭い。ようやっとそれらが脳に到達して、身の危険を発令したときには既に、真紅のコートは男との間合いを詰め終えていた。

「うああああああああああああああ!」

 細長い顔をますます縦長にして絶叫する、男。

「自分の怪我が派手な割には、手応えないのが多いわね、今日は。結局、どいつもこいつも雑魚ばっかじゃない」

 ふん、と口の中で吐き捨てて、チェスは、右後方に流していた宝剣の切っ先で、男の胴体真ん中を、斜めに下から斬り上げた。

「おほほほほほほほほほ!」

 チェスの踏み込みが一歩及ばず、大きく後ろに跳ねすれすれで切っ先を躱した男が、常軌を逸れかけた気味の悪い哄笑を美女の白皙に吐きつける。しかしチェスは冷たいグランブルーの瞳でそれを受け流し、男の踵が床を捕える直前、摺り足でもう半歩間合いを伸ばすのと同時に手首の返しで刃を百八十度反転させ、全身を沈めつつ肘から斬り下した。

「ぷき?」

 ヒュンッ! と風が、男の顔面を上から下に撫でる。

「綺麗に割れてりゃいいんでしょ? ねぇ、ちょっと…?」

 両腕を頭上に広げて…まるで数週間も獲物にありつけずやせ細って力尽きる寸前の熊みたいに…、身を低くしたまま懐に半歩踏み込んでいるチェスに襲い掛かりそうに見える男の眼前で、彼女は暢気に後ろを振り返った。

「? なにぼけっとしてんのよ、そんな、廊下の真ん中で」

 ふうっと肩で息を吐いたチェスは、何もなかったような涼しい顔で、今だ硬直したきりの男をその場に取り残し、さっさと踵を返した。

「ぷりゃ!」

 長い髪が起こす、微かな空気の流れ。それに耐えられなかったのか、男の眉間がばっくりと裂け、全身が、左右別々に後ろに倒れ始めた。

「あわわわわわ…! ……………」

 滑稽な事に、左右の眼球を見事別々にぎろんぎろん動かしながら男が慌てて左右の腕を振り回すと、その腕の動きに合わせて離れ離れになった身体の切断面から、勢い良く鮮血が迸った。

 背後で、びしゃ、と嫌な水音。悲鳴はない。

「? ねぇってば」

 びくびくと痙攣しすぐに沈黙した軽業師の残骸を廊下に投げ出したまま、チェスは、大股でシュアラスタの眼前まで引き返した。

 立ち尽くし、首だけを壁の一点に向けて胡乱に睨む、様子のおかしい…シュアラスタ。

「ちょっとあんた! あたしの…。?」

 シュアラスタの真正面に立ったところで、ようやくチェスも気付いた。彼が見つめているのは、壁の一点、ではなく、開け放たれたドアだという事に。

「……ドア、なんてあった? 最初から?」

「え?」

 ゆっくり首を巡らせたシュアラスタに、きょと、と見つめ返され、チェスが首を傾げる。

「え? じゃないわよ。寝ぼけてんじゃないでしょうね」

 広げた掌でシュアラスタの頬を引っ叩こうとして、チェスは、……今度はチェスが、「え?」と呟き、きょとんとシュアラスタを見上げる。

 吸い差しを吐き捨てる、シュアラスタ。灰色がかった緑の瞳。懐から煙草を取り出し、軽く上下させたソフトケースから頭を覗かせた紙巻をくわえて、ふと、眉を寄せる。

「……あたしの腕。放さないとマッチが擦れないわよ」

「あぁ……そうだな」

 一瞬だった。脱力したように垂らされていたシュアラスタの左手が、いつ持ち上がっていつ動いたのか、チェスには判らなかった。とにかく、チェスがシュアラスタの顔に触れようとした刹那、それは間違いなく動き、差し上げた彼女の手首をやんわり捕えたのだ。

 言われてチェスの手首を解放し、シュアラスタは爪先を件の、いつからそこにあったのか判らない部屋に向けながら、ポケットからマッチを探し出して火を点そうとした。

 その手元に視線を落したチェスが……、思い切り悲鳴を上げそうになる。

「冗談よしてよ……」

 シュアラスタの手が、がくがく震えているのだ。どこをどう見てもほぼ普段と変わりないのだが、手だけが、紙巻に火を移すのもままならないほど、眼に見えて震えている。

 引きつった笑顔で後退ったチェスを、シュアラスタが突然振り返った。

 で、手招き。

「う…」

「逃げない逃げない。仕事、終わってないでしょ?」

 にっこり微笑む。

「あんたに任せるっ!」

 言い放ち、その場から逃げ出そうとしたチェスの脛を、シュアラスタがいきなり手加減無しで蹴り払ったではないか。

「! ったいじゃないのよ!」

「あはは、悪い悪い」

 どすんと肩から壁に激突したチェスが反射的にそう言った直後、眉間に冷たい鋼が押し当てられた。

 全身が、硬直する。

(…取り上げておけばよかった…)

「すぐ終わる。少し、大人しく待ってなさいね」

 銃を突き付けられたまま抱き寄せられて、ついにチェスは…観念した。

(ミディア…。絶対後で殴ってやるわ!)

 機嫌のいいシュアラスタに引きずられて室内に踏み込みながら、チェスの握った拳も…震えていた。

  

   
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