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    占者の街    
       
第六章 占者の街 悪党の場合(4)

   

 シュアラスタの、滅茶苦茶に混乱した脳が誰かの面影を拒否する。真紅のコートに返り血を浴びた目の前の女が誰だったか必死に思い出そうとしながらもシュアラスタはギャレイに向き直り、薄い唇に儚い笑みを浮べた。

「俺は、間に合わなかったんだな…」

 胡乱な瞳でゆっくりと見回されて、ギャレイとその手下は一瞬全身を硬直させた。

 灰色がかった緑の瞳は、そこにいる全員を見ているようで見ていない。それが、ギャレイの仕掛けた催眠術というよりも、もっと異質で異常な何かだと仕掛けた方がようやく気付いた時、シュアラスタは音もなく、本当に静かに、一歩踏み出していた。

         

        

 極彩色に混ざり合った風景。その中で真っ赤な血のドレスを纏った女性が、健やかな微笑で眠りについている、幻影。

 彼女の眠りを妨げてはいけない。

 彼女が長い間求めた安寧を乱してはいけない。

 だから……。

        

        

「全員死ね」

 囁いて、ニィ、と口の端を吊り上げるのと同時に、シュアラスタは銃口を撥ね上げた。

 ズダン! と銃声一発。横に飛び退いたギャレイの肩を掠った弾丸は壁を抉って停まり、身構えていた残り五人の黒服が瞬時に展開して長剣を振り上げ、拳銃を無造作に差し上げたままのシュアラスタに襲い掛かる。

 最初に剣先を突き出していた男を最小限の動きで躱したシュアラスタは、伸ばした左腕を男の腕に絡めて逆手に捻り上げながら、背中合わせに交差してその背後に回り込んだ。肘と肩を極められて呻く男の首筋に銃口を押し付け、囲む黒服を睨んで、無造作に引き金を引く。

 バッと血飛沫。ごっそり肉を抉り取られて悲鳴を上げる暇もなく、男の首が千切れて床に転がる。

 直後、銃口は次の黒服をポイントしていたが、なぜかシュアラスタはにやにやするばかりで引き金を引こうとしない。首のない死体を腕に絡めたまま数歩後退して窓に近付き、引きずっていた死体の背中を膝で蹴り上げるのと同時に身体を反転させ、その反動で、浮いた亡骸を……窓から外へ放り出す。

 ガラスの砕ける音。きらきらとした破片と真紅の飛沫が宙に蒔き散らかされ、それら突き破った首のない男が、前庭を目指しまっ逆さまに落下して行った。

  

   
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