銀色の長い髪を揺らして、輝く六枚の翼をふわりとまとうように背にした青年が微笑んでいる。漆黒の、異なるかたちの翼や角をもった十三人の女悪魔が、しなやかな肢体をかれにあずけ、頬に、首筋に、胸元に、くちづけを落とす。女たちに向かい微笑むかれのやさしげな表情に胸が軋んだ。
「銀の翼はすべてのものに愛される──魅惑の翼」
誰かの低い声が、耳許でささやいた。
「それが混沌の魔法。あれはすべてのものに愛される」
だから、わたしは──。
「そうだ、あれはすべてのものに愛されながら、誰も真のあれを見ることはできない」
目が覚めたとき、わたしは泣いていた。
そして、わたしはなぜか、かれに別れを告げることを決めていた。
Scene 4
それはすべてに愛される銀の翼
「それじゃ……本当に好きな奴が現れたらオレのことを呼んで」
悪魔サンはそう告げて、口ごもるわたしに背を向けた。一度も振り返ることもなく、それはもう、あっけないくらい、あっさりとした別れだった。
このまま、わたしが呼ばなかったら、かれは二度と現れないだろう。あのひとは、すべての人に愛される、やさしい悪魔だから。すべての人にやさしいのは、誰のことも特別じゃないから。
次に恋をするときは、ふつうの、少なくとも翼なんか生えてないひとにしよう。
そう思いながら、わたしはなぜか泣きつづけていた。
ああ、目が赤い。今日から新しいクラスなのに。
学校に着くと、掲示板のまえに人だかりができていた。
新しいクラス分けが発表されている。
わたしはB組で、担任は神崎先生。ちょっとまえのわたしだったら、それだけでウキウキしていたはずなのに、いまはうれしくともなんともない。絵里とまた同じクラスになったのは、さすがにうれしいけど。
赤い目が気になって、ちょっと伏し目がちに教室に入ると、見覚えのある男子と偶然目があった。
えっと、この人はたしか──そう、まえに荷物を運んでくれた──地味な人だ。ふうん。また、北条くんとオタクの三田村くんと一緒なのね。偶然ってすごいかも。
「悠乃!」
「あっ、絵里、おはよ」
絵里はわたしの赤い目を見て、ちょっと表情を変えたけど、すぐになにもなかったみたいに話しはじめてくれた。
「また一緒のクラスでよかった」
「ホント。クラス分け見るまでドキドキだった」
そこで、絵里は少しだけ声をひそめた。
「ねぇ、今年も……山本くんたちと一緒だよ」
「山本くん?」
誰だっけ。絵里がわざわざ名前を出す人なのに、ピンとこない。
「まさか、悠乃。まだ、覚えてないの?」
「うーん……人の名前、覚えるの苦手だし」
ここで絵里はもう一段声のトーンを落とした。
「いつも北条くんたちと一緒にいるじゃない」
ああ、なるほど。絵里は北条くんが好きだから、遠回しに別の男子の名前を言ったんだ。
「あの地味な、山本くん?」
「そうそう。いいかげん、覚えてあげなよ」
「うーん、でも、しゃべったことないし」
彼はなんだかとても、影がうすい。
絵里がもの言いたげにわたしを見たとき、神崎先生が教室に入ってきて、彼女は自分の席へと戻って行った。
絵里との会話に夢中で気がつかなかったけど、わたしの右隣は空いたままだった。
新学年早々、お休み? 遅刻?
空いた席を見たあと、ふいに顔をあげると、悪戯っぽく笑う神崎先生と目が合った。ああ、やっぱり好みかも。ちょっとだけ、浮上できそう。
「今日は二年生からこの学校に編入してきた仲間を紹介するぞ。美瀬くん、入ってきて」
み、せ? ってことは、もしかして……わたしの隣?
ドアを開けて入ってきた男子を見て、クラスの空気がざわめくのがわかった。
金色の髪、緑の瞳。
どこか──かれを思わせる整いすぎるほど端正な顔立ち。すらりとした立ち姿。
「美瀬竜也です。どうぞよろしく」
美瀬くんはそう挨拶して、花がほころぶようににっこりと笑った。
「席はそこの、水梨と三田村の間だ。それから、水梨」
突然、名前を呼ばれて、わたしははっとした。
「あとで美瀬に校内を案内してやってくれ」
「はっ、はい」
美瀬くんは席に着くと、わたしのほうを見て、またきれいに笑った。
「案内よろしくね、水梨さん」
驚くほど濃い緑色の瞳に胸がざわめいた。