美瀬のヤツがそう言って、オレに向かってからかうような笑みを浮かべた。
「やだ、美瀬くん。ジミーじゃなくて、地味よ。……あ、ごめんなさい」
悠乃サン、キミの中のオレの認識が『地味な人』なのはよくわかりました。
Scene 9
ジミーくんと呼ばないで
「聞いてないぞ、オレが主役なんて」
悠乃サンのところから自分の席に戻る途中、オレは北条にうったえた。映画部の作品は文化祭で上映されることになっていて、毎年、行列ができるほどの人気がある。なのに、オレを主人公にするなんて、そんなの誰が見るっていうんだ。
「昨日、三田村がちゃんと言ったじゃないか。ま、ジミーくんは水梨さんに見蕩れてて、それどころじゃないみたいだったけどな」
「ジミーくん言うな! って、その地味なオレを主役にしてどうすんだよ?」
ああ、空席ばかりの小ホールが目に浮かぶ。スクリーンには大きく映し出されたオレの顔。華がないことこのうえない。
「よし、決めた。タイトルは『ジミーくんの地味な日常』だ」
北条は人なつこい笑みを浮かべて歌うように言った。
「人の話を聞けよ。阿呆なタイトル考えてないで、質問に答えろ」
「テーマを率直に表現した素晴らしいタイトルじゃないか。そうだな、質問の答えは放課後、部室で」
北条がふふんと笑って手をひらひらと振るとすぐに、担任の神崎があらわれてホームルームがはじまった。
嫌だ。映画なんて。
一時限めの化学の授業を受けながら、オレはそのことばかり考えていた。
あれは観るもので、断じて出るものじゃない。北条と三田村が二年になったら自分たちで映画を撮りたいといっていたのはもちろん知っている。
映画部には映画をつくるのが目的の製作部員と、オレみたいに安い部費で映画のDVDを観るのが目当てのお気楽部員がいる。お気楽部員は、週に一度だけ金曜日に行われる必修の部活動にしか参加しない。奴らと仲良くなったのは、その必修部活の時間になんとなく話をして以来だ。それでも、オレはずっとお気楽部員のままだった。奴らが映画をつくるなら、さすがに機材運びくらいは手伝おうと思っていたけれど。
それが。なんで、よりによってオレが主人公なんだ? そのうえ、悠乃サンがヒロイン?
ここでオレはようやく、あることに思い当たってひどく滅入った。
あいつら──オレと悠乃サンを接近させるために、今回のことを仕組んだのか?
「で、なんだっけ? ジミーくんの質問」
ずずずっと、いささか不調法に日本茶をすすりながら、北条がにやりと笑う。そんなふうに笑っても、嫌味がないのがモテ男の真骨頂か。
「だから……ジミーくん言うな」
オレはぼそぼそと抵抗した。
今週いっぱい学校は半日カリキュラムだ。だから午後の部室は春うらら、射し込む陽もおだやかで、悪友たちともおだやかに過ごしたいと願ってしまう。
「いいじゃん。ジミー山本。クレジットはそれにする?」
三田村がやけにうれしそうに、ノートパソコンに向かっている。
「嫌だ、そんなの。ジミー大西みたいじゃないか。どうせなら、もっとかっこいい……って、違う。オレは映画になんか出ねぇぞ」
「なんで?」
ぼそぼそと抵抗するオレに、すかさず北条が訊ねた。
「ふつう、映画の主人公になって欲しいっていわれたら、もっと喜ばない?」
北条は春の陽射しみたいににこにこと笑った。そんな女殺しの微笑みなど、男のオレには通用しないぞ。
「そりゃ、北条だったらうれしいんだろうけど。オレはうれしかない」
視線を手に持った湯呑みに落とした。うすい緑色の茶はすっかり冷めている。
「だから、なんで?」
「だから……わかるだろ? オレはせいぜい通行人のエキストラがいいとこなんだよ。その他大勢のオレなんか撮ったって、そんなもの誰が観たい?」
ああ、なんか腹が立ってきた。
「映画をきっかけにオレと彼女を親しくさせたいとか。そんなの、もういいんだよ。彼女のことはあきらめたんだ。決めたんだよ」
吐き出すように言った。言ってしまって、すぐに後悔した。
おだやかだった空気が翳る。こんなのは好きじゃない。
「それは誤解だ、山本」
北条の、いつになく真剣な声にオレは顔をあげた。
「はじめにおまえありき、なんだよ」
顔はいつものように笑っているが、目は真面目だった。これほど、真剣な北条は見たことがない。
「オレと三田村はおまえの映画が撮りたいんだ。な?」
言って、北条は三田村を見た。
「そう。山本じゃないと、ダメダメ。水梨さんは、山本にあわせたんだよね。ジミー山本、あんまり演技とかできそうもないし。ヒロインが水梨さんなら、まんまでいいし」
三田村もいつになく真面目な顔で、わかりやすいことを言った。
「大丈夫。悪いようにはしないって。映画を観た人はみんな、おまえのことが好きになるよ、絶対」
北条はそう断言してから、小声でつけくわえた。
「共演者も、きっと」
悠乃サンと逢えない夜は長い。
最近のオレは、太陽が西に沈むと自然に悪魔になってしまうから、よほど意識していないと人間の姿を保てない。悪魔の姿で自分の部屋には居づらくて、昨日と同じビルの屋上にやってきた。
結局、北条も三田村も、どうしてオレじゃないといけないのかは言ってない。ただ。あいつらが、なぜか本気でオレの映画を撮りたいらしいのはわかった。
それなら、仕方ないか──そう思ったとき、夜目にも明るい銀の髪が風になびいた。
そうだった。あいつらが撮るのは人間に化けたオレなのか。
翌日、登校するとすぐに、北条が声をかけてきた。
「決心はついた?」
オレが返事を渋っていると、悠乃サンが近づいてくるのがわかって、思わず北条の後ろに隠れた。
まったく。オレはガキか。
「昨日の話なんだけど、ちょっと確認してもいい?」
「なんなりとどうぞ」
ふたりのやりとりは実に堂々としていて、オレには眩しいかぎりだ。
「映画ってどういうストーリー?」
「ジミーくんの、とことんジミーな日常」
……ちょっと待て、北条。とことんはないだろ、とことんは。それに、ジミーくん言うな。
「あの……その、ラブシーンとか、ないよね?」
悠乃サンが眉根をよせて、さも嫌そうに訊く。
だよな。オレとラブシーンなんかしたくないよな──悪魔ならともかく、オレとじゃ。
もういいよ。北条たちには悪いけど、断ってくれ。
「大丈夫。水梨さんは寅さんでいうマドンナ。主人公の憧れの人。でも、ジミーくんはキミを見てるだけで、告白もできないダメ男だから」
「北条っ!」
それって、まんまオレじゃねーかよ。
ここで、はじめてオレの存在に気づいたらしい悠乃サンと目が合った。つい、視線をそらして、うつむいてしまう。
ダメだ。こんなんじゃ印象最悪だ。
断られる。きっと、断られる。
「わかった。それなら、わたしも映画の仲間に入れてくれる?」
……えっ?
顔をあげると、悠乃サンがほんのり笑って、こちらを見ていた。