サス強化とサイドカーの力学


子供にとっては格好のゆりかご

Kさん宅ご次男はる君(5歳)

1999.9 

 

サス強化の必要性

 サス強化が必要な理由として、側車の取り付けにより本車のサスへの負担が増えるから、という事が昔からよく言われますが、仔細に検討して見ると側車の取り付けでサスへの負担はさほどには増えていない事が分かります。
ソロのオートバイで45度のフルバンクで走った場合、サスの負担は静止時の1.4倍となります。
ソロでウィーリーをした時は後輪の負担は静止時の2倍以上となります。
一方サイドカーのコーナリングで側車輪が浮上し、全重量が本車に掛かった場合は、側車の乗員1名としてソロの静止時に比べ(横Gによる荷重増を考慮に入れて、ロールによる荷重減を考慮に入れず)約200sの荷重増となり、これはソロの静止時に比べて1.7倍程度です。

 この程度の荷重増であればノーマルのサスでも耐えられない事はありません。
特に側車に人を乗せない場合には全く問題ないという事になりますが、サス強化が必要な理由は他にあります。

 それは主として側車側コーナリング時の車体のロール(傾き)を抑える事で、ロールによる重心の外側への移動を抑え、側輪浮上を抑えるという事です。
さらに強化サスにより重心を下げる事が出来ます。

ここでちょっと側車側コーナリングにおけるサイドカーの力学を考えて見ましょう。
下のように決めます。

 
W ・・・ 総重量   G  ・・・・ 横G
w ・・・ 側輪荷重   Gmax ・・ 横G限界値
h ・・・ 重心の地面からの高さ      t   ・・・・ トレッド
b ・・・ 本車接地軸を含む鉛直面(静止時はほぼ車体中心面)から重心までの距離
     (本車接地軸とは前後輪接地点を結んだ軸の事)
 
hとbはサイドカーの重心の位置を表しますが1名乗車でおおよそ

h=50 (cm)    b=25 (cm) (静止時) 

bは車体のロールにより減少しhも少し変化します。
側車側コーナリングでは重心に対し、鉛直下向きの力(重力)Wと本車方向への横向きの力(遠心力)WGの二つが作用します。
この二つの力の合力は、Gが小さい間はほぼ下向きですがGが大きくなるにつれて本車接地軸の方に向いていき、

WG/W=b/h の時にこの合力は重心位置から本車接地軸へ向かう力となりGは最大値となります。
この合力が本車接地軸よりも外へ向かうという事は側輪浮上するという事です。

 よって

 横G限界値   Gmax=b/h

ただしbは限界速度で車体がロールした時の値です。
(hも少し変化しますが無視します)

この式から重心が低く、重心が本車から離れていれば(ロールによる重心の移動が少なくなり)横Gの限界値は高くなることが判ります。

車体が10度ロールしたとすると、上の数字から言えば

b≒25−50sin10=25−50×0.174=25−8.7=16.3

ロールがなければ Gmax=25/50=0.5 と、ただでさえ低い限界横Gが

10度のロールで Gmax=16.3/50=0.33 と悲劇的な数字になります。 

上の計算からサイドカーにとって車体のロールが大敵である事が分かります。

サス強化の最大の目的は側車側コーナリングでの車体のロールを抑えてbが減少する事を防ぐ事です。

 念のため同じ計算を側輪荷重の方から見てみます。

静止時において重力Wは本車接地軸を回転軸として車体を回転させようとする力となりますが、側輪荷重はこれとは反対方向に回転させようとし、両者が釣り合っています。
この二つの力の本車接地軸廻りのモーメントが釣り合っている事から、

Wb=wt  よって  w=Wb/t

コーリングにおいて重心に対して遠心力が掛かるとこの遠心力は WGh のモーメントで側輪荷重と同じ方向へ車体を回転させようとしますから3つのモーメントの釣り合いから

Wb=wt+WGh よって w=(Wb−WGh)/t=W(b−Gh)/t

コーナリングの限界とはw=0になる事ですから b−Gmax.h=0

 よって Gmax=b/h

となり先程と同じ結果になります。

ノーマルサスではコーナーの手前で側輪が簡単に浮上するため速度をかなり落とす必要がありますが、サス強化によりロールが少なくなるとグッと踏ん張るようになります。
高速道路のコーナーでも安定性は格段に良くなり、屈曲の多い区間でも追い越し車線をかなりのペースで走る事が出来ます。
実際にはこうしたステージではポルシェやGTRの方が速い事は事実ですがパッシングをかけられた事は1度もありません。
全力で走るサイドカーにパッシングをかけるような無慈悲なドライバーはどこにも居りません。

側輪荷重wは通常60s程度ですが、ドライバーの体重移動により増やす事が出来ます。
60sの体重を30cm側車側に移動できれば、t=140cmとして
60×30/140=13で側輪荷重は13kg増えて73sとなり約22%増加させる事が出来、限界横Gも22%高くなります。

通常のクルマで限界横Gを22%も高めようと思ったら完全なレーシング仕様に作り直すしかありませんが、サイドカーでは肉体労働でそれが可能なのですからこれを利用しない手はないでしょう。
なお車体のロールが小さい方が良いのですから側輪の伸び側のストロークも小さい方が好都合です。

サス強化の実際

サス強化の内容は前後サスのスプリングをバネ定数の大きい強化スプリングに交換する事と、できればダンパーも強化します。
強化スプリングの目的はロールを少なくする事と車高を少し下げる事です。
ダンパー強化はスプリング強化に対応して必要となるものです。

フロントのテレスコは分解できますからストローク量の変更やオイル流動口の変更が出来ますが、リアのショックアブソーバーはまず分解できませんからダンピングアジャスターを強にする程度ですが、より本格的にはショックアブソーバーその物を交換します。
またフロントについてもアールズフォークにして最適のショックアブソーバーを装着するのが最善です。

テレスコのままバネ強化する場合、強化スプリングのバネ定数はノーマルの物に比べ通常20から50%程度高い物とするようですが、これは車種によりまちまちでFJ1100ではノーマルスプリングのままでも大丈夫という話を聞いたこともあります。
なお、アールズフォークにする場合はサスの構造の違いのため更に強いバネが必要になります。(SC10アールズフォーク)

強化スプリングは出来ればプログレッシブ特性の物を用います。
これはバネの巻きピッチが不均一になっているもので、小さな荷重で少し縮んだ時にピッチの密のところが潰れてその分全体の巻き数が減少しバネ定数が上がるという物で、小さな荷重はソフトに吸収し大きな荷重には強く耐えるという物です。

 バネ定数は下の式で求める事が出来ます。

    バネ定数 k=Gd/8ND    ただし  P=kδ )

 
P ・・・ 荷重 (バネ力)   d ・・・ 線径
δ ・・・ 変位 (縮み量)   D ・・・ 平均径=(内径+外径)/2
G ・・・ 剛性率(バネ鋼は8,000kg/mm   N ・・・ 巻き数
 
 バネ定数で重要な事は線径の4乗に比例し、平均径の3乗及び巻き数には反比例するということです。
この事が分かっていれば異なるバネにした時にそのバネの特性値からバネ定数がどのように変化するかが分かります。
(線径、平均径、巻き数、自由長をバネの特性値といいます)

ただし、ショックアブソーバーの剛さはバネだけではなく、ショックアブソーバー内の空気による分もあります。
(空気バネの効果、これはテレスコピックフォークで大きいようです)
したがってバネ定数を2倍にしてもサスの硬さは厳密に2倍にはなりません。

≪ 強化スプリングを作る際の自由長の決め方 ≫

 
L ・・ 自由長 LX ・・ 強化スプリングの自由長
LG ・・1Gでの取り付け長さ LXG ・・強化スプリングの1Gでの取り付け長さ 
k ・・ バネ定数 kx ・・ 強化スプリングのバネ定数( 1<x 
 
 ここでLXGは自分で最適値を決めます。  

=LXG+P/kx  また L=L+P/k この2式から

  L=LXG+(L−L/x

  強化スプリングを作る際は通常は線径dを大きくします。
dを10%大きくすると=1.1=1.46でバネ定数は約50%大きくなります。
通常外径か内径のいずれかを同じにする必要があります。
外径を同じにする場合、dを10%大きくすると有効径Dは1%程度小さくなり、これによりバネ定数はさらに3%程度大きくなります。(1.01=1.03)

 ノーマルスプリングの端部を切って巻き数Nだけを小さくしてもバネ定数を大きくする事は出来ますが、この場合ストローク量を確保しようとするとノーマルスプリングでは発生しなかった過大な歪がバネに発生します。

もともとノーマルスプリングはストッパーに当った時の荷重以上の荷重を掛ける事は問題がありますから、端部を切ってバネ定数を上げても所詮前より大きい荷重を掛ける事は出来ません。

 ノーマルスプリングのままでカラーを入れるという事がよく行なわれますが、この場合巻きピッチの密のところが潰れた分だけ巻き数Nが少し減少しますからその分だけ初期のバネ定数が少し大きくはなりますが、肝心の大荷重に対しては殆ど変わりありません。
またカラーを入れた分本車のキャンパーが小さくなりその分bは大きくなりますが、逆に本車側コーナリングはその分限界が低くなります。

 強化スプリングはサイドカーショップや街のバネ屋さんで作る事が出来ますが、あるバネ屋さんで作った方で法外な料金を請求されたという話もありますから御注意下さい。

コーナーでの限界速度

 コーナーRと限界速度の関係を調べましょう。以下のように決めます。

 
F ・・・ 遠心力 R ・・・ コーナー半径
m ・・・ 質量 ω ・・・ 角速度
V ・・・ 速度 g ・・・ 重力加速度
 
F=mRω     V=Rω だから F=mV/R

さらに F=WG  W=mg だから F=mgG  G=b/h だから  F=mgb/h

よって  mV/R=mgb/h   V=bgR/h   

よって  V= ルート[bgR/h]

ここに g=9.8m/s=9.8×60÷1000km/h=127,008km/h

よって  V=ルート[127,008bR/h] (V:km/h、R:km)

この式より200Rでは

 
R=0.2(200m)の場合
  b/h V(km/h) 備 考
普通のサイドカー 0.5 112  
普通のサイドカー
(30cm体重移動)
0.6 123 総重量365kgとして
60×30÷365=5、b=25+5=30
b/h=30/50=0.6
レーシングニーラー 1.0 159 横滑りしないとする
上の表から体重移動が重要であることが分かります。
 

力学と単位系(補足)

 このホームページでは工学単位系を使っています。

 工学単位系とは日常生活及び工学分野で使う単位系で1円玉の重量(1円玉に掛かる重力の大きさ)を1gとする単位系です。
これに対し物理学で使う単位系はCGS単位系及びMKS単位系です。
CGS単位系では1円玉の質量を1gとします。
MKS単位系では1円玉1,000個の質量を1kgとします。

力学の基本法則である運動の法則ではF(力)=m(質量)×α(加速度)、重力の加速度は980cm/s=9.8m/sですから

工学単位系では1円玉1,000個の質量は  F/α=1kg/9.8m/s=0.102kgs/mです。
CGS単位系では1円玉に掛かる重力の大きさは m×α=980gcm/sです。
1gcm/sを1d(ダイン)と定義していますからこれは980dです。
MKS単位系では1円玉1,000個に掛かる重力は9.8kgm/sで、これは9.8N(ニュートン)です。

1円玉1,000個
  質量 重量
工学単位系 0.102kgs/m 1kg
MKS単位系 1kg 9.8kgm/s=9.8N
 
 高校の物理ではCGS単位系及びMKS単位系を使いますが,これまで日常(工学単位系で)重さが1kgだったものの質量が1kgになる事で頭がこんがらかってしまう人が多いようです。
上の表がすんなり分かる人は少ないと思います。
力学は物理の最初に出てきますが、この事を理解するのに多大の労力を要するために物理が嫌いになる人も多いようです。
物理を専門に研究する場合はCGS、MKS単位系が必要なのは確かですが、それは理学部の専門課程に入ってからですから高校では工学単位系で教えた方がよいと前々から思っています。
実際に工学部の機械科専門過程あるいは自動車メーカーでも工学単位系を使っている訳ですから、高校と大学の教養課程でMKS単位系で習ったのはなんだったのか(必要なかった、不必要に混乱を招いた)と思います。
(自動車のカタログなどでトルクはkgmで表しますがこれは工学単位系です)

 

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