アールズフォーク


アールズフォークのメリット

 アールズフォークは英国のアールズ氏が考案した物でサイドカーとの相性が良く、サイドカーの装着が多かった旧型BMW (1955〜1969年のR50からR69S、インチダウン参照) ではアールズフォークが標準仕様でした。
アールズフォークのメリットとは以下のようなものです。

 
1.ホッピングの防止
2.ハンドルを軽くする
3.ハンドルシミーを抑える
4.理想的なサス強化を実現する
5.制動時のノーズダイブを抑える

 

ブレーキキャリパーは
FJ1200の物
(ホンダのハンガーピン
ブレーキは使えない)

フォーク下部で連結して
剛性を高めている

 
<ホッピングの防止>

 サイドカーのコーナリングではソロのオートバイと異なりフロント及びリアのサスペンションに横荷重が掛かります。
フロントがテレスコピックフォークの場合はフォークに曲げモーメントが発生し、アウターチューブ、インナーチューブが横方向に曲げられ、時に円滑な伸縮の作動が出来なくなり、最悪の場合には全く作動しなくなります。
これをホッピングといいます。

私は1965年頃にソロのホンダCS90で実際にホッピングを経験した事があります。
この時は60km/h位で路面の突起に乗り上げた直後にフロントフォークが伸びきってしまい、そのまま固着してしまいました。
次の瞬間着地しましたがフロントフォークが全く作動しないため着地の衝撃をうまく吸収出来ず前輪はポンポンポンと3回も弾みました。
まさにホッピングそのもので、これがもしサイドカーの高速コーナリング中に起きたとしたら前輪はたちどころにコーナリングフォースを失ってクルマはあさっての方へまっしぐらでしょう。

 ホッピングはフォークの剛性が低かった昔のサイドカーでは深刻な問題でした。
現代のオートバイはかなりフォークの剛性が高く且つ精度も高いので完全なホッピングを起こす事はまれでしょうがオイルシールの破損などが起き易くなります。
テレスコのサイドカーに乗っている人でしょっちゅう自分でオイルシールを交換しながら乗っている人もいます。
アールズフォークでは2本ショック式のリアサスと同様に、ショックユニットに掛かる荷重は純粋な軸荷重だけですからこうした問題が解決されます。
横荷重はアームが受け持ちます。

 ところで上でテレスコに横荷重が掛かるのが良くないと書きましたが、ソロのオートバイでフロントブレーキを効かせた時にもテレスコに横荷重は掛かります。(横と言うより前後ですが)
この場合にはなぜ大丈夫なのかと言うと、ブレーキによりテレスコに発生する曲げモーメントと自重により発生する曲げモーメントは逆方向であるため互いに相殺するためです。

 
  これは本物のホッピング

<ハンドルを軽くする>

 アールズフォークの装着により前輪のトレールを小さくする事で操舵力を小さくする事ができます。
テレスコの剛性と精度が向上した現代のサイドカーではホッピングの問題よりもこのハンドルを軽くする事の方がアールズフォークのメリットは大きいと言えるでしょう。

 トレールとは下の図でeの事です。

 前輪はステアリングヘッドに挿入されたステアリングステムを回転軸として左右に回転します。

この回転軸と路面との交点がAです。
Aから接地点までの距離がトレール eです。
走行中にハンドルが少し左に切れたとすると、接地点は右に移動します。
この時回転軸より接地点は後ろにありますから接地点は自動的にもとの位置に戻ろうとします。
これがハンドルの自己復元作用です。
トレールが大きいほど自己復元作用が大きくハンドルは重くなります。

 オートバイは曲がる時に車体をバンクさせますが、この時にはスラストフォースの効果で小さな舵角で曲がる事が出来ます。
このため小さな舵角でもハンドルが安定するようにオートバイのトレールは大きめに設定されています。
これに対しサイドカーでは操舵だけで曲がりますからハンドルの切れ角が大きくなり、ソロのオートバイ用に設定されたトレールはサイドカーにとっては大きすぎる物となります。

 さらに、低速もしくは停止状態でハンドルを左に切ったときには接地点自体は動きませんから車体が左に動きます。
この時の車体の動きもトレールが大きいほど大きくなりますからハンドルも重くなります。
ソロのオートバイで停止時にハンドルを切った時にも車体が動きますが、車輪が前後輪しかないソロのオートバイではさほどハンドルが重くなるという事はありません。
つまりサイドカーでは側輪の存在のためにハンドルが重くなります。
従って、側車側コーナリングで側輪浮上した際にはハンドルが少し軽くなります。
これにより側輪浮上を感じ取ることが出来ます。

 アールズフォークではトレールを好みの大きさにする事が出来ます。
現代の大型オートバイではトレールは100ミリ前後ですが、通常これを40〜60ミリ程度にする場合が多いようでデュエットでは40ミリになっています。

 
トレールとキャスター
車種 トレール(mm) キャスター
(deg)
CBX 120   27.5
CBX750F  93 27
ST1100 101   27.5
CBR1000F 117 28
VFR750F  96    28.2
GPX750R  97 27
FZ750  94   25.5
GSX-R750 107 26
CB450  80 26
セロー 102   26.5
 
 中小型車ならいざ知らずナナハン以上のサイドカーでテレスコのままではハンドルがかなり重く、私も以前のCBX750FBサイドカーでは乗り始めの頃に箱根の山中を走り回った翌日、朝起きたら腕が上がらなくなっていたと言う事もあります。

このCBX750FBサイドカーを雑誌で売りに出したときには若い女性からも「買いたい」と連絡がありましたが、私はその女性に売りたい気持ちは山々でしたがアールズフォークが付いていないので女性には無理でした。

よくせっかく作ったサイドカーを「こりゃーとっても手に負えない」と言ってすぐに売りに出すと言う人が昔からいますが、このハンドルの重さが一番の原因ではないかと思います。
また実際に腕が悪くなってサイドカーに乗るのをやめたと言う人もいます。
私自身もそうでした

アールズフォークはかなり値の張るアイテムですがサイドカーには大きな効果をもたらす物ですから側輪ブレーキの次に価値のある物だと思います。
(せっかくアールズフォークを付けるのだったらついでにリアサスも硬くしましょうという事に当然なるでしょうが)

 ケンテック・ロイヤル、ハーレー、ドニエプル、長江、R51(旧々型BMW)などではスラントキャスターを採用してトレールを小さくしています。
これはフロントフォークの角度をステアリングステムよりも寝かせて上図で言えばA点はそのままに前輪だけを前に出すと言う方法です。
またインチダウンにより小径ホイールを装着した場合にもトレールは小さくなります。
キャスターをθとすると、

 インチダウンによるトレールの減少量=外径の減少量×tanθ/2

キャスターを27度とするとtanθ/2は0.25ですからこれはそこそこの効果があると言えるでしょう。(外径3インチ減少でトレール19mm減少)
OHTA BMW GTUではアールズフォークは付いておらず専らインチダウンによってハンドルを軽くしていますがそれなりの効果があったようです。
ただし当時の車は前輪が19インチでした。現在は17インチが主流ですからインチダウンの効果は当時ほどには望めないでしょう。

<ハンドルシミーを抑える>   

 ハンドルシミーとはステアリングハンドルの振れの事です。
シミーは最近のソロのオートバイでは見られなくなりましたが、70年代までの物では少し距離を走るとシミーが出る事がよくありました。
ただしこれはさほど大きなものではなく、ハンドルを手で抑えていればさほど不都合を感じる事はありませんでした。
サイドカーではシミーが発生しやすく平坦路では何でもなくとも路面の段差に乗った瞬間にハンドルが振れ出すと言う事があるようです。
大抵はシミー防止用のステアリングダンパーが装着されています。

 CBX750FBサイドカーの時にシミーとは如何なるものかを知りたくてステアリングダンパーを外して走って見た事があります。
ゆっくりと加速していき40q/hまでは何も起きませんでした。
次にアクセルを戻して減速に入ったところ徐々にハンドルが振れ出し両手で抑えても抑え切れないほど振れは激しくなり危険を感じるほどでした。
この時は車速が30km/h程度でしたから大したことはありませんでしたが、これがもし100km/h以上の速度で発生したら大事故につながる事は必定でしょう。
ただしシミーは低速で起きやすく、高速では起き難いものとされてはいます。
(勿論高速では本当に起きないのかどうか試して見た事はありません)

 シミーはかつてオート3輪でも問題となったもので、上で述べた自己復元力による一種の自励振動です。
左に切れたハンドルが自己復元力で戻ってきた際、戻りが強すぎて右に切れすぎ、次にはまた左にさらに大きく切れる、という事を繰り返すものです。

自己復元力の強さ、つまりハンドルの戻りの強さ(速さ)は速度にほぼ比例しますから、低速でのシミーは周期の大きい(振動数の低い)もので、高速でのシミーは周期の小さいものとなるはずです。

CBX750FBサイドカーでの低速でのシミーは2Hz(1秒間に2回)程度の振動数でした。
サイドカーは左右非対称でしかも側車の取り付け剛性はさほど高くありませんから車体全体の剛性もあまり高くはありません。
通常自動車の車体の固有振動数は10Hz程度とされていますが、サイドカーの横方向の固有振動数はこれよりかなり低いもの(恐らく2Hz程度)と思われます。

低速での2Hz程度のシミーは車体の左右の振れとなりますが、この時車体の横方向の曲げや捩りの固有振動数と一致してシミーが増幅されるのではないかと思います。高速ではシミーの振動数が車体の固有振動数より高くなるためにシミーが増幅されないものと考えられます。(これは私の私見です)

この考えからすると車体の固有振動数が高いドマニなどはトレールを大きくすると高速でシミーが出ることとなります。

シミーの起こる原因はハンドルの切れ角がさほど大きくないソロのオートバイ用に設定された大きなトレールがもたらす大きすぎる自己復元力ですから、(自己復元力と、側車の取り付けによる車体全体の剛性の低下もありますが) アールズフォークの採用でトレールを小さくすればシミー防止に大きな効果があります。

かつてオート3輪ではシミー防止のために負のトレールを付けていたとも言われていますが(「中村良夫自伝」三樹書房161P)負のトレールで大丈夫なのか詳しい事は不明です。
「負のトレールを付けた」というのは単にトレールを減じていたという意味かもしれません。

シミ―の出易いサイドカーではシミーが出てからこれを手で抑えこむという事は難しく、シミーの出始めのところで抑え込むようにするのが得策で、このためステアリングダンパーを装着します。
また経験的に側車の後部に重量物を積むとシミーが小さくなると言われています。

ステアリングダンパーが走行中に突然外れるという事はかなり危険な状態となる事が予想できますから、常日頃から取り付け部分の強度に問題がないかチェックする必要があります。
この強度のチェックの問題ですが、こうした部分が壊れる時は繰り返し荷重による疲労破壊を起こします。

疲労破壊というものは、その寿命の大半は金属内部のマイクロクラックの成長に費やされ、この段階では外部から識別する事は出来ません。
マイクロクラックが大きくなって目に見えるクラックとなってからは、亀裂の成長と共に応力集中が加速的に大きくなり、亀裂がある大きさになって断面積が小さくなった段階で大荷重が掛かると一瞬で最終破壊に至ります。

それまで何事もなく作動していた物が実はその間にマイクロクラックが成長していて、ある日突然壊れると言うのが疲労破壊の恐さです。
御巣鷹山に墜落した全日空機の場合は離着陸のたびに圧力隔壁に繰り返し荷重が掛かって亀裂が成長したものでした。

従がって疲労破壊による事故を防ぐには簡便な方法としては日頃から亀裂探傷剤を用いて目に見える亀裂が出てきた瞬間を見つけると言うのが有効な方法ですが、私はさらに簡便な方法として時々わざと大荷重を掛けてやり(ハンドルを強く左右に振る)壊れるはずの物であれば早めに壊してしまおうと言う方法を採っています。
(さらにこの部分に付いては強度計算もして大丈夫であることを確かめています)

 <その他>

テレスコでのサス強化にはバネを強化してオイル流動口の変更、高粘度オイルへの変更などの方法がありますが、この方法では減衰性能の強化は十分とは言えません。
(無理をして減衰性能を高めるとオイル漏れの原因にもなります)
十分な減衰性能の物を得るにはアールズフォークにして最適なショックアブソーバーを装着するのが理想的です。 

さらにアールズフォークの採用により制動時のノーズダイブを小さくする事ができます。
ノーズダイブを小さくすることは側車側への転覆(前転)を起こし難くすることにもなります。

制動時には制動により前部荷重が増大しますが、テレスコではこの他にキャスターをθ、制動力をFとするとFsinθの軸荷重がテレスコに発生し、これによりノーズダイブを増幅します。
キャスターを26度とするとsinθ=0.43ですからこれはかなり大きな値です。
これに対しアールズフォークではリーディングアームが水平であれば制動力の成分がショックユニットに掛かるという事はなく、制動による前部荷重の増加の分だけです。
アールズフォークのリーディングアームは通常水平よりわずかに上向きとなるのが良いようです。

 コーナーへのアプローチでノーズダイブを殆ど起こさず、しかも全くロールもせずにミズスマシのようにコーナーを回っていく、というのが典型的なサイドカーのコーナリングです。

アールズフォークのサス強化

 SC9サス強化でバネ定数を20〜50%高くすると述べましたが、これはサス形式を変えないときの話です(テレスコのままで強化するなど)。
フロントサスをテレスコからアールズフォークに変更する際にはバネ定数を例えば30%高くしてもサスの硬さは30%硬くなる訳ではありません。
同じバネ定数の時にはアールズフォークのほうがサスは柔らかくなります。

 前輪に掛かる鉛直上方向荷重をFとした時、キャンバーをθとすると、

 
テレスコに掛かる軸荷重      = Fcosθ
アールズフォークに掛かる軸荷重 = F/cosθ
 
よって
 
アールズフォークのサスの硬さ/テレスコのサスの硬さ = cosθ
(同じバネ定数の場合、サス形式の違いによる分)   
 

キャンバーを27度とすると cos(27)=0.89=0.79 となり、サスは21%も柔らかくなります。

さらにアールズフォークではショックアブソーバーの下部取り付け位置が車軸より後方にありますからレバー比の関係でさらにサスは柔らかくなります。
この分は約5%ですから結局

 
アールズフォークのサスの硬さ/テレスコのサスの硬さ=0.95cosθ
(同じバネ定数の場合、サス形式の違いとレバー比を考慮)  
 
上の式からアールズフォークに変更してサスの硬さを30%高くする時には、キャンバーを27度としてバネ定数は
 
1.3/0.95cos(27)=1.3/(0.95X0.79)=1.73
 
となりバネ定数を73%大きくする必要があります。
なおここで言うバネ定数とは厳密には空気バネの効果を含んだものです。
 
BMW R75 軍用サイドカー

Baujahr 1940〜1944

いわゆる旧々型ですからアールズフォークではありません。

   
Schuco (独) 1/10
   

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