ロードスターについて

09年5月3日


この国の魂

立花啓毅

ニ玄社(2006)

 
ロードスターはエランの真似なのか

1089年に発売になったユーノス・ロードスター(現在はマツダ・ロードスター)について、これはロータス・エランの真似じゃないのかという声がだいぶありました。当時のカー・マガジンでもロードスターとエランを2台並べて比較するなどしていました。この車のプロジェクトリーダーだった立花啓毅さんは自著「この国の魂」の中で、この点について次のように書いています。

「ところでユーノス・ロードスターは、巷ではロータスエランに似ているという声もあったが、それは見方を間違えている。ロータスを設計したコーリン・チャップマンには、レーシングカーも含めて、人間性を無視した設計思想があったように思う。だから、エランと初代ロードスターとはまったく別の方向にある。」

若い頃にエランにあこがれていた私としては、これは違うんじゃないですか、といいたいですね。確かにチャップマンの作ったレーシングカーには軽量化を追及するのあまり強度に問題があったクルマがあったとされています。ジム・クラークがホッケンハイムで事故死したことについても、中村良夫さんはクルマに問題があったんじゃないかと疑念を呈しています。スーパーセブンの場合もS2まではフレームの強度が不足しているという見方もあります。しかしエランについては特にそうした問題はないと思います。それにレーシングカーの場合もあの時代ある程度のリスクを伴うことは仕方のないことであって、人間性を無視したというのは言いすぎだと思います。

立花啓毅さんはMGやヒーレーなど英国車が大好きなようですが、エランについてこのような否定的な考えを持っておられたことは意外でした。

私はロードスターはエランのスポーツカーとしてのエッセンスをそのまま現代に活かした車だと思います。分かりやすくいえば真似たということですが、ただし私はそういう真似が悪いこととは思っていません。悪いどころか昔あったいいものを現代に再現するということはあっていいことだとも思います。

ロードスターが発売された頃、サイドカーで箱根に行ったら、遠くにロータス・エランが見えました。私は必死になって走って追いついて良く見たら、それは発売されたばかりのロードスターでした。本当にそっくりだったんですね。真似か真似じゃないのかということは、製作者にまねる意思があったかどうかで決まるものではありません。非常に良く似ていればそれは真似だとされるのが世の中です。真似だと言われたくないなら、どのクルマにも似てないものを作ればいいだけの話です。ただし何回も言いますが、私は昔あった良い車のエッセンスを真似ることは悪いことだとは思いません。

ただし、立花啓毅さんは自著の中で車は凛々しくなければならない、ということを書いています。真似たクルマ(あるいは真似たと言われやすいクルマ)をわたしは悪く言うつもりはありませんが、凛々しいものとも思えません。昔の車にはさほど拘らない若者にとってバリューフォーマネーという事になるんでしょうね。

 
なぜ日本車は愛されないのか

立花啓毅

ネコパブリッシング(2003)

 
 
ロードスターという名称

私はこの車名は良くないと思います。ロードスターというのはオープン2シーターのことです。より正確にはスーパーセブンのようにドアを持たないオープン2シーターのことですね。普通だったら1600ロードスターと言う車名になるんじゃないんですか。124スパイダーとか911タルガとか2000GTとかありましたね。GTRはまあぎりぎりセーフですか。べレット1600GTRもありましたが。

ロードスターをそのまま車名にされてしまったら、他の会社はロードスターという名称を使うことが出来なくなります。まさにロードスターの独り占めですね。こういうことは法律云々ではなく良識で決めるべきことではないですか。今後ホンダGTとかフィアット・スパイダーとか出てきたら困ります。人と話をするときにも「ロードスター」といったときにマツダ・ロードスターのことを言ってるのかロードスター一般のことを言ってるのか分かりにくくて紛らわしいです。

ロードスターの頃からこういう名称の決め方がでてきたんですね。会社名でも非破壊検査とか光通信とか、最近では生産技術などという名前の会社もできました。本来なら日本非破壊検査とか東京光通信とかにすべきなんですね。早い者勝ちみたいな風潮は良くないと思います。市の名前でも奥州市などというのもあるんですね。あんた一人で奥州を独り占めするつもりですかといいたくなります。

 
愛されるクルマの条件

立花啓毅

ニ玄社(2004)

 

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