第四章 ナルシスト達の出会い

       ひとり静かな月光の洩れる林の中を散歩していたら
     どこからともなく優しい口笛の音がする ふりかえって見ると
          そこには一人の美しい青年が佇んでいた

人生経験に乏しく、想像力の強い若い恋人達はしばしば相手の姿に自らの心を投影し、その美しさに陶酔することがあります。
啄木と節子、二人の出会いは 節子が盛岡女学校、啄木が盛岡中学校の学生、共に十四才の頃といいます。
それまでの節子は人から好感を持たれるものの、あまり目立たぬ存在でしたが、啄木と恋を語りだしてから見違えるほど美しくなり、バイオリンを習い、作文が得意になりました。
二人の間に交わされた手紙はいずれも長い文章であったといいます。
中学校入学後の啄木は文学に傾倒し、雑誌「明星」を愛読し、与謝野晶子の歌集「みだれ髪」に刺激され、目覚しい活躍を始めました。
さらに節子との恋手紙の交換は啄木の歌人としての才能をより顕にし、耀きを増しました。

             第五章 障害

やがて二人の仲が人の口の端にのぼるようになるにつれ、二人はその反動に悩みます。
節子の将来を案じた両親は妹を節子に同行させることもありました。
しかしこれが巧妙にはぐらかされ無効だと知ると、ついに節子を半軟禁状態に置き、説得したといいます。節子は啄木からの恋手紙を思い浮かべ、啄木の言葉をいくども反芻して真実の愛を信じたのでしょう。
両親がいくら文通を規制しても、世の中には恋文の仲立ちをする人もいるのです。

また、啄木も文学と恋愛との傾倒により学業がおろそかになります。
旧制中学校でも高学年になると、学習内容は高度になり、適性のない教科は理解できなくなります。
窮地に追い込まれた啄木は数学の期末試験で不正行為を働き、譴責処分を受け、落第必至の状態になってしまいました。
ついに 啄木は 明治三十五年 「文学で身を立てる」 という美名のもとに盛岡中学校を退学してしまいました。

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