第四話 政界失楽園

激しい性交を終えると、久木と凛子は堅く抱き合ったまま 共に青酸カリの入った赤ワインを飲みほした。
二人はともに狂おしいほど愛し合い、燃えていた。いわば愛の頂点にいた。
これ以上生きたとしてもやがて惰性や怠惰にながれ、愛は次第に色褪せていく。今以上の至福にたどりつけることはあるまい。
それゆえに二人はこのまま共に死にたいと望んだ。そして今の至福を永遠に封印したいと願った。
おまけに、二人はこの愛を成就させるために周囲の人たちに多大な迷惑をかけ、悲嘆と嘆きと絶望を与えてきた。
二人の遺体は死して後も堅く抱き合い、検死に苦労したという。

平成十二年六月二十五日、衆議院選挙の結果、栃木一区の船田元は落選し、比例区でも当選できなかった。「船田王国」とよばれるほどの世襲の磐石な地盤、作新学園を経営する財力、プリンスと呼ばれた程の組織力も「今まで尽くしてくれた妻を捨てるのか」という女性スキャンダルを忌避する選挙民の離反を食い止めることは出来なかった。
世に「一バツ会」というものがある。
若くして結婚した貧しい男が努力の甲斐あって財をなし、糟糠の妻にあきたらず、麗しい妻と再婚した者達の集まりである。
概して世間はこの場合、男に好意的である。
船田元は若い頃からプリンスと呼ばれ、この「一バツ」の連中とは毛並みが異なる。だからこそ、世の顰蹙をかったのであろう。
選挙民が代議士に求める素質は妻を離縁することなく、他の女性をうまく愛する能力である。
はしゃぎまわる船田元と畑恵の関係は「失笑園」であって断じて「失楽園」ではない。
これを「失楽園」と呼ぶことは、久木と凛子に対して失礼であろう。

         BACK HOME TOP NEXT