蒼井上鷹 06

ホームズのいない町

13のまだらな推理

2008/03/29

 今、蒼井上鷹が静かなブームだ。『九杯目には早すぎる』『二枚舌は極楽へ行く』に続く、双葉ノベルスからの待望の第3短編集が到着した。ショートショートを交互に挟んだ全13編。タイトル通りシャーロック・ホームズのファン向けの趣向がてんこ盛りである。

 各編のタイトルにパクられたものだけでなく、あのエピソードやこのエピソードを連想させる趣向がちらほら。「まだらの紐」などの有名なエピソードから、ややマイナーなエピソードまで取り入れているので、全部気づいた人はかなりのシャーロッキアンだろう。もちろん作者の蒼井さんも。まったく知らない人には辛い趣向ではあるが。

 もう一つの趣向は各編の繋がりである。『二枚舌は極楽へ行く』でも同様の趣向が見られたし、伊坂幸太郎さんなど他の作家にも例があるが、多くの登場人物や事件が干渉し合い、繋がりが大変強くなっている。逆に、各編の独立性は低く、単独で読んでもすっきりと終わらないのが難点といえば難点か。実質的には一つの作品である。

 そうした趣向以外にも、蒼井さんの芸の細かさが際立っている。特に人物造形は興味深い。意欲は認めたい。しかし、純粋にミステリーとして評価すると傑作とまでは言えない。改めて思うのだが…どこか凝るポイントがずれているんだよなあ。幻の食材を巡る悲喜こもごもや、運送会社の人間模様などは、ネタとしては面白いのだが…。

 最後の「もう一本の緋色の糸」が、全体の解決編となっている。納得はしたけれど、帯にあるように皆が皆「不完全な推測」をし合うおかしさに特徴があるのなら、敢えて不完全なまま終わらせて、読者に好き勝手に推測させておくのも手だったかもしれない。

 何度も言うが、蒼井さんの才能は疑っていない。蒼井さんが描き出す人物は、気が弱くてどこか憎めない。名探偵はいないが、親近感がある。群雄割拠のミステリー業界にあって、決して知名度が高いとは言えないが、他の作家にはない味わい深さは大切にしてほしいし、必ずや武器になるはずだ。今後も長い目で見守っていきたいと思う。

 ちなみに、全13編中、唯一他との繋がりがわからない「赤い〇(わ)」が、最もよくできている。僕の見落している繋がりがあるのなら誰か教えてください。



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