藤原伊織 06


蚊トンボ白鬚の冒険


2002/04/30

 待望久しい藤原伊織さんの新刊である。タイトルを見て思った、何じゃこりゃ? とりあえず期待して手に取る。読みながらさらに思った、何じゃこりゃ? そして読み終えて…。

 夢を断念した若き水道職人・倉沢達夫の頭に、奇妙な能力を持った蚊トンボ「白鬚(シラヒゲ)」が侵入してきた。シラヒゲがもたらした人間離れした能力で、オヤジ狩りに遭っていたアパートの隣人を達夫が救ったことが、すべての発端だった…。

 過去に闇を抱え、世間と距離を置いて生きる人間たち。主人公の達夫を始め、絵に描いたような藤原作品の人物像。それが悪いとは言わない。現に『テロリストのパラソル』や『てのひらの闇』では成功を収めている。一方で、『ひまわりの祝祭』は個人的には失敗作だった。そして本作は…これまた失敗作と言わざるを得ない。

 達夫は藤原作品の主人公としては真っ当に生きている。過去がどうあれ、水道職人として真面目に働いている。その彼が、なぜか裏社会の経済戦争に巻き込まれていく。どうも藤原さんは、辛い過去を持つ人間には平穏な人生を送らせたくないらしい。

 過去の闇という点では、達夫を取り巻く人物たちの方がずっと深い。関わってしまった達夫にとってはいい迷惑だろう。達夫が妙に義理堅い男だけに。もっとも、シラヒゲの能力がなければここまで深入りはしなかったはずだから、恨むべきはシラヒゲか。少なくとも、真紀が達夫に惹かれたのはシラヒゲとは無関係なのだから。

 突っ込みどころは数多いが、ラスト間際のある仕打ちはどうしても許せない。こうしなきゃならない必然性をまったく感じない。この一点だけでも本作は失敗作だ。クライマックスを盛り上げる趣向のつもりなんですか、藤原さん? 

 藤原伊織という作家に対する信頼が、僕の中で揺らぎつつある。達夫と蚊トンボ「白鬚」(なぜ蚊トンボ?)の掛け合いなど、台詞回しの面白さだけは相変わらずと言っておきたいが…『テロリストのパラソル』の壁は未だに高い。



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