東野圭吾 32


天空の蜂


2000/05/08

 本作は、『白夜行』が刊行されるまでは東野作品として最長だった。文庫版で600pを超える大作である。しかし、長さを感じさせずに一気に読ませる、クライシス・サスペンスの傑作だ。

 最新鋭の大型軍用ヘリが何者かに乗っ取られ、高速増殖原型炉「新陽」の上空でホバリングを開始する。しかも、ヘリには爆発物が満載され、子供が取り残されていた。犯人の要求は、日本で稼動中のすべての原子炉の停止。要求が受け入れられない場合、ヘリは「新陽」に落下する…。

 本作には、特定の主人公はいない。大型軍用ヘリ"Big Bee"の開発担当者、高速増殖原型炉「新陽」の関係者、子供の救出に挑む航空自衛隊員、犯人を追う刑事たち…。様々な立場の人間たちが登場し、それぞれの思惑が交錯する。

 大変失礼な言い方だが、ここに挙げた職業は、いわば汚れ役である。一般人にはその職務を理解されず、常に糾弾される立場にある。しかし、皆自分の職務に誇りを持っている。それぞれの人間たちの一本気な姿勢が、緊迫した中にも爽快感を与えている。また、色々な専門用語が続出するが、さらりと読ませてしまうところはさすがだ。

 ノベルス版の著者のことばによれば、本作は「もんじゅ」のナトリウム漏れ事故の前に書かれている。なるべくニュートラルな立場で書くように努めたが、事故の後に書いたならその立場は違ったものになっていただろう、と東野さんは述べている。その後、日本初の臨界事故により犠牲者まで出てしまったのは記憶に新しい。

 本作に関する限り、こうした事故が起きる以前に書かれたことはプラスに作用したと言えるだろう。原発反対という立場に偏って書いたなら、これほど読者に爽快感を与えてくれる作品にはなっていなかったかもしれない。ただし、なるべくニュートラルな立場でとは言いながら、日本の原子力行政の実態について詳細に言及しているのも注目される。

 本作の作中における経過時間は、わずか10時間程度である。限られた時間の中で奔走し、緊急事態の回避に挑む男たちのドラマは、読者に時間を忘れさせる。東野ファン以外の方にも、是非とも読んでほしい。

 なお、本作は真保裕一さんの『ホワイトアウト』と吉川英治文学新人賞を争った作品である。栄冠は真保さんに譲ったが、僕は本作の方が圧倒的に好きだ。



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